#26 悪女、頑張り出す

「えーと……確かネットで噂になっているパワードスーツ魔法少女だっけ? まさかあなたがそうだったとは思わなかったなぁ……」


 地面に倒れたコボルトが、霧状に消滅していく。そのすぐ横で、ヴェパールこと琴音が冷や汗をかいていた。

 玲央が魔法少女だったいうのは、さすがに予測出来なかったのだろう。心なしかゆっくりと後ずさりするのだが、一方で玲央もまたゆっくりと近寄る。


 まるで凶悪な殺人鬼が人間を襲っているような構図であった。琴音の顔がひきつるのも無理はない。


「……ん?」


 だが、玲央が足を止めてしまう。

 違和感を感じたようで、それがしてきた右腕を見てみる。するとどういう事か、装甲がノイズのようにぶれていき、徐々に自分の生身が見えるようになってくる。


「えっ? えっ??」


 玲央が困惑している間にも、全身の装甲が消えてしまった。つまりマレキウムから普通の少女になってしまったのである。

 突然の事に呆然としてしまう玲央。すぐに再変身しようとしたが、何故かそれが出来ない。


「何で……? 魔装…………あれ?」

「……ククク、どうやら私の未知なる能力がそうさせたみたいようね……」

「いや、それはないと思いますよ……」

「だ、黙りなさい!! そんな子にはこれをくれてやるわ!!」


 顔を赤くしながらも、再び影から召喚をする琴音。

 そこからゆっくりと現れてきたのは、長く巨大な大蛇である。身体中に黒い鱗がびっしりと生えており、なおかつ尻尾にはもう一つの顔が存在していたのだ。


「アンフィスバエナよ。これであなたをしばらく丸呑みさせてもらう。色々とアレだからまさに地獄ね」

「……ああえーと……丸呑みプレイは……趣味じゃなくて……」

「大丈夫よ、優しくしてあげるから。という訳で、彩光君を悪の道に勧誘するまでは寝ててもらうわ!!」


 アンフィスバエナが大きな口を開き、玲央へと襲い掛かる。 

 マレキウムに魔装出来ない以上、今の彼女はただの少女なのだ。例え避けたとしても、アンフィスバエナの魔の手から逃れる事は……


 ――ズド!!


「ジャアアアアアアアア!!」

「なっ!?」


 突如として、アンフィスバエナに巨大な剣が突き刺さった。突然の攻撃に悶えるアンフィスバエナ。

 琴音も玲央も、剣が降って来た方向へと顔を上げる。するとそこから降ってくる巨大な影――それはラダーリウスこと夏樹が駆るメリュジーナだった。


『玲央ちゃん、下がって!!』


 聞こえてくる夏樹の合図。それを聞いて、玲央がすぐに下がっていく。

 メリュジーナの元にアンフィスバエナが襲い掛かろうとするも、これに対し翼ユニットのスラスターを噴射して回避。身体に刺さったブレードを引っこ抜いた後、勢いよく振り下ろす。


 身体の大部分を切断――そこから黒い影のような物質が放出する。さらに後方へと下がりながら、ライフルを発砲するメリュジーナ。

 着弾されたアンフィスバエナが崩れ落ち、瞬時に消滅。今度はそのライフルが、琴音へと差し向けられた。


『まさか篠原さんが怪人だったとは……残念です』

「その声はもしかして織笠ちゃん!? まさかあなたも魔法少女だったなんて……そもそもどうやってここに!?」

『玲央ちゃんのお兄さんが連絡してくれたんですよ。メリュジーナは空を飛べますから、場所も把握出来ますし』


 そう夏樹が口にした言葉に、玲央がすぐに晃へと向いた。

 確かに彼はスマートフォンを持っている。しかし自分のではなく玲央の私物なので、思わずイラっと青筋が立ってしまう。


「勝手に人のスマートフォンを使うんじゃありません」

「わ、悪い! 織笠さんの電話番号が分からなかったもんだから!! 後でステーキ奢るからさ!!」

「そういう事なら存分に使ってよし。まぁ、それよりも篠原さん、もう終わりですな……」


 変身出来ない玲央はともかく、メリュジーナがいればヴェパールなど敵ではない。

 宣言する玲央に、琴音は崩れ落ちていく。さらに年齢に似合わない程に、今にも泣き出しそうな涙目になってしまった。


「うぐう……せっかく一ヶ月前に覚醒したのにこれとか……。そうして好きな彩光君を悪の道に勧誘したかったのに……」

「悪の道って……何をしたかったんですか?」

「……具体的にはまだ決めてないの……。とりあえず怪人になったんだし、何か悪い事をしようと思って……。イケメンの家を不法侵入したり……さっきみたいに彩光君をメロメロにして服従させたり……玲央ちゃんみたいな邪魔な女性を丸呑みしたり……」

(地味に嫌な悪事だ……)

 

 実にしょっぱい悪事に、玲央達が唖然とするしかなかった。夏樹に至っては、呆れてメリュジーナを消す始末である。

 それで玲央は分かった。この人は悪党としては未だ慣れていないと。つまりヴィランの割には危険性はないし、更生の余地がある。

 

 それは晃も同じ事を思ったのか、琴音をどこか同情するような眼差しで見ている。そうして彼女のそばへと駆け寄り、その顔を覗き込んだ。


「篠原さん、あまり悪になりきれてないなら、無理にならなくてもいいんじゃないか?」

「……うぐ……彩光君?」

「……その、君が望む事をすればいいと思うんだ。今、何をやるのか何をすべきか……もしそういうのが無理だったら、無理に力を使わなくてもいいしな」

「……望む事……」


 その話を聞いて、琴音が何かを考え込む。

 そうして答えを出したのか、どこか微笑んだ顔で晃へと向けるのだった。


「それはやっぱ…………彩光君、あなたが欲しい♡」

「えっ? 人の話聞いてた……? ていうかそれと関係ないような……」

「よし! 早速付き合いましょう!! そんで大学終わったらラブホに行って、エッチな事して……ハァアア、ドキドキする!!」

「……あの……篠原さん……?」


 まさにポジティブとはこういう事か。さっきまで泣きそうだったのに、それはもう発情した顔をしている。

 これには晃はおろか、玲央も夏樹も呆れるしかなかった。


「……大丈夫ですかな、この人……」

「本当だね……。でもまぁ、彼女が事件の犯人みたいだし、これで解決だね。早速手塚さんに報告を……」

「……ああ、そうだった。それなんですけど……篠原さんが犯人じゃないかも……」

「……えっ? どういう事?」


 玲央が言い放った言葉に、夏樹が困惑をする。

 そう口にした彼女自身も、推測の域を出なかった。しかし、琴音が犯人じゃない証拠は一応ある。


「あの、ほら、現場に粘液あったじゃないですか。それを篠原さんのモンスターが垂らしてないから、そうかなぁって……」


 玲央が現場で見た、あの唾液か粘液のような物。実は襲い掛かったゴボルトもアンフィスバエナも、一度もそれを垂らしていないのだ。

 つまり琴音以外にヴィランがいる可能性がある。そう玲央は思っているのであった。


「でも、モンスターの中には粘液を出すタイプがいるんじゃないんかな?」

「……あっ、そうだった。どうしましょう……?」

「……ちょっと抜けているね、玲央ちゃん……。まぁ、一旦篠原さんを管理課に送って、それで様子を見るってのは……」

「ああ、なるほど」


 夏樹の言いたい事は分かった。つまり琴音を保護して、その間に犯人が見つかったら無実証明という事である。

 琴音の事はどこか引っかかる所がある玲央だが、さすがに収容所に突き出す程の敵意は持っていない。その作戦で行こうと思った……が、


「キイイイイイイイイイイイイ!!」

「「!?」」

 

 そんな玲央達に、奇声が聞こえてきたのだ。

 見てみると、何と異形の影が琴音へと迫ってきている。気付いた晃が彼女を捕まえながら回避、異形は彼らがいた場所へと着地した。


「ハアアアァハアアァア……めっちゃイイ女がいんじゃんかヨ……しかもイケメンと一緒にいるとハ……」


 それは何と、サル型の怪人だった。全身が黒い体毛の毛むくじゃらをしており、手足が非常に長い。

 顔はまるで酒を飲んだおじさんのように真っ赤になっており、あろう事か大量のよだれを垂らしている。それを見て、玲央達がやっと確信をした。


「夏樹さん、このヴィランですね……犯人……」

「うん、間違いなく……。そこの怪人さん、一体何で男女を誘拐に……?」

「ほほう、どうやら俺が犯人だと分かったみたいだナ……。大した女だなお前ハ……」


 この時、「いや、丸分かりですよ」と言いたげな夏樹だったが、面倒だったのか口にはしなかった。

 一方で、サル怪人が晃と琴音へと振り向いていく。いかにも嫌らしい表情をし、舌なめずりをするのである。


「実は俺はなぁ、両性愛者バイセクシャルなんだヨ。だから同じ大学にいる可愛い女といい男を見つけるとすぐに発情してしまウ。

 それで怪人化出来るとなって、ハーレムが出来るという夢が叶えられるようになったんダ。だからこうして誘拐しているって訳ヨ」

「……嫌だ、悪寒が……」


 限りなく変態だと言うのが分かってしまった。玲央が目的を聞かなければよかったと思っている。

 だが一方で、晃達へとにじり寄る怪人。変態が進むごとに、晃の顔が険しくなってしまう。


「くっ、寄るな変態!!」

「そう言われると、なおさら近寄りたくなるな……。そこのコスプレと一緒に誘拐させてもらうぞ!!」


 このままでは奴の餌食になってしまうだろう。変身したい玲央だったが、肝心のデバイスは未だに反応を示さない。

 そこにメリュジーナを出そうとする夏樹。しかし意外な事が起き、彼女が召喚をやめてしまった。


「……彩光君、どいて……」

「……!」


 晃をどかすように、琴音が前に出るのだった。

 そこにはさっきまでの泣き顔やとろけた顔もない。あるのは、決意に満ちた顔その物だった。


「……やっと分かったわ、今すべき事を……。私がすべきなのは……」

 

 その時、彼女の影から多数の盛り上がりが現れた。

 これにはサル怪人も足を止めてしまい、ほんの少しだけ戸惑いを見せる。


「あなたという変態を、彩光君から守る事!!」


 影から出た盛り上がりが変化し、多数の幻獣へと姿を変える。


 ドラゴン、グリフォン、サイクロプス、キマイラ……どれも有名どころの顔ぶれであり、玲央が思わず圧倒されてしまう

 そんな幻獣のいきなりの登場で、サル怪人の表情が恐怖へと変わった。にじり寄った足が、今度は逆に後ずさりをする。


「お、お前も怪人だったのカ!? こんな事を聞いて……グエ!?」


 逃げようとした怪人に、サイクロプスがアッパーをかける。よだれを垂らしながら吹っ飛ぶ怪人。

 さらにドラゴンがその怪人を捕まえ、地面へと叩き付けた。そして全幻獣がサル怪人を囲み、壮絶なリンチをかます。


「ア゛アアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「……篠原さん、殺さないようにして下さいね……」


 幻獣の血祭りに、夏樹が真っ青にしながらドン引きしてしまう。

 大学の離れに響き渡る打撲音。その間にも空が赤く、夕暮れへとなっていくのだった……。

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