#25 悪女の名を持つ者

「あっ、彩光さんと織笠さんですね。ご苦労様です」


 現場へと到着した玲央達に、そこにいた管理課職員が挨拶してきた。


 一瞬、どうやって大学に入ったと思った玲央だったが、管理課は魔法少女云々ではなく怪生物(つまりヴィラン)研究所という事になっているので、その事で大学に許可をもらったのだろう。そう納得しつつ、玲央は周りを見渡していった。


 事件が起きたこの教室には、机や被害者のと思われるバッグなどが散乱している。それがどんな恐ろしい事が起こったのかを、彼女に物語らせていた。


「最初ここで被害が遭い、その事立て続けに行方不明事件が起きたそうです。容疑者がどこに行ったのかも把握出来ず……」

「そうですか……玲央、この現場から敵の気配とか感知出来るか?」

「出来る訳ないよ。そもそもそんな事が出来たら、ヴィラン掃討楽になるし」

「それもそうだよな……」


 晃にそう突っ込んだ玲央が、再び教室を見る。

 今、職員達がヴィランの痕跡になる物を物色しているが、これといって目新しい物はないらしい。あるとすれば職員がすくっている粘液位か。


「どんな人が誘拐されたんですか?」


 夏樹がそう聞くと、メモ帳を取り出す職員。


「えーと……女性三人、男性三人。ちなみに共通点としては……大学の中で人気があった位でしょう」

「よく調べましたね……」

「我々管理課職員には、こういった聞き込み調査能力が必要なのです。これくらい朝飯前です」

「そうですか……まぁ、とりあえず二手に別れて捜そうか。何かあったら連絡という事で」


 夏樹の提案に、玲央は無言で頷く。

 それから玲央と晃がペアに、夏樹が一人になって怪物の捜索を開始。何か怪しい物がないかと捜す兄妹だが、特にこれといった物は見当たらなかった。


 ならばと外に行き、マンホールを調べようとする玲央達。ここなら怪物が開けた跡があるだろうと思ったが、それもまた見当たらない。いつしか彼女から「参ったな……」と独り言が出てしまう。


「……本当に真面目にやっているんだな」

「んん?」


 そんな玲央に、晃が話しかけてきた。

 それも妙にしみじみとした表情をしており、どこか奇妙さを覚えてしまう。


「いきなり何?」

「いやさ、今までゲームとか以外に夢中にならなかったお前が、こうして魔法少女として仕事をしている。それが意外と思ってさ……」

「……まぁ、仕事だし……。それにアキ君自身が言ったじゃん、『自分がやりたい事をやればいい』って」

「……そうだったな」


 そんな事を言ったなと言わんばかりな表情を、晃が笑みと共に浮かべる。

 それを見て、玲央も釣られてフッと笑ってしまった。よく兄を冷遇しがちな彼女であるが、何だかんだ彼との相性は非常にいい。


 だからこそ、こうして魔法少女を続けていられるのかもしれない。


「それよりも何も見つからないわ……ああもう疲れた……」

「本当にな。何か手がかりがあればいいけど……」


 手掛かりが一向に見つからない中、二人揃って近くのベンチへと座っていった。これだけ捜しても痕跡がないと、テンションが下がってしまうという物。

 しかし彼女達は気付いていない。その背後をゆっくりと迫り来る、謎の影を……。


「………………えい♪」

「「――アアアアア!!」」


 頬に冷たい物を触れられてしまい、悲鳴を上げる二人。

 さっと振り返ると、そこにいたのは異形の怪物……ではない。あの篠原琴音であり、その手には三つの缶ジュースが握られていた。


「お疲れ様。何か作業してたみたいだから、差し入れ持ってきたよ」

「何だ篠原さんか……驚かすなよ……」

「ごめんごめん、こういうドッキリさせるのが好きでさ」


 そう言いながら二人にジュースを渡す琴音。玲央は無言でお辞儀をしながら、それを受け取った。

 喉が渇いたので、すぐにジュースを飲む。そうして五秒も経たず、缶の中を空っぽにしてしまった。


「ごっそうさんです……」

「はやっ。それよりさぁ、二人して何してたの?」

「……ああ、ちょっとですね……すぐに終わるかと……」


 特に隠している訳ではないが、とっさにはぐらかしてしまう。

 さらにベンチから立ち上がり、二人へと振り向く玲央。いきなりの事で驚く二人に、申し訳なさそうに言うのだった。


「ちょっと離れます……。アキ君、ちょっと待ってて」

「お、おう……行ってきな」


 琴音が来たのだから、あまり兄と一緒に行動させるのは怪しまれる。そう考えた玲央が二人から立ち去り、怪物捜しを続行する事にした。


 その時、コトっと何か落ちた音がしたのに気付かないまま……。




 ===




「どうしたの、玲央ちゃん?」


 玲央が去るのを見て、琴音が怪訝な表情を浮かべる。

 もちろん一般人の彼女にヴィラン云々など言えるはずがない。晃もまた玲央のように、はぐらかすしかなかった。


「ああ、ちょっと探し物をしているんだ。すぐに終わると思うけど……」

「ふーん、ならいいけど」


 納得したのか、自分用の缶ジュースを飲んでいく琴音。

 そのまま会話が途切れたので、晃もジュースを飲み干そうとする。しかしその時、琴音が彼のすぐ隣へと座っていった。


 ピッタリと密着しており、柔らかさと香りさが晃の方へと……。さすがの彼も、これには内心動揺してしまう。


「探し物、見つかるといいね……」

「……ああ、そうだn……」


 返事しようと琴音へと振り向いた。しかしその視界に、とんでもない物が入り込んでしまう。

 ショートパンツから覗かせる、綺麗な生足。艶やかに足を組んだりしているので、晃の頬が赤く染まってしまう。


「……何、もしかして惚れちゃった?」

「い、いや! そういう訳じゃあ!!」


 そんな事を言ってしまうが、実際は琴音に惚れている方だった。

 それが恋愛感情なのかは彼自身でも分かっていないが、それでも彼女と付き合うのは悪くないとも思っている。ただ彼女からこう言われてしまうと、あまりにも緊張をしてしまうのである。


「……そんなに緊張しなくてもいいのよ?」

「……はいっ?」

「分かっているから。彩光君は…………私が好きなんでしょう?」


 次の瞬間だった。晃の手に、琴音の手がそっと置かれる。

 手に感じる柔らかさと暖かさ……それを感じてしまい、自分の鼓動が早くなるの感じてしまう。下手すれば過呼吸になるレベルであった。


「私ね……この時を待ってたんだ、二人きりになるの……。だから今、嬉しく思うの……」

「う、嬉しく……?」

「うん。それに私ね、あなたみたいな人が好きなんだよね。例えば……こことか……」

「えっ? うお!? 篠原さん……そんな所……というかここ外なんですけど……」

「大丈夫よ。ここは誰も来ない離れだし」

(そういう問題じゃないんですけどぉ!?)


 ある物を掴んでいるので、思わず跳ね上がってしまう。

 このままでは(ある意味で)昇天させられるだろう。距離を離れようとしても、彼女が力強いのか中々出来なかった。


「篠原さん……ちょ、ちょっと待って……」

「待てない。玲央ちゃんがいない事だし、見て欲しい物があるの……どうしても……」

「ま、まさか……いや、ここでそんな……」




「……何を見せるって?」




「「!?」」


 突如として降りかかった声。それを聞いて、二人が同時に前へと振り向く。

 そこにいたのは、何とさっき離れた玲央だったのだ。




 ===




 彩光玲央は見た。

 人目憚らず寄り添っている兄と琴音。しかも琴音が晃の凄い所(隠語)を掴んでいる上に、その表情が少し恍惚になっている。


「……どう見てもエッチですね、本当にありがとうございました」


 そうにしか見えないので、半開きをさらにうっすらとした冷たい目をしてしまうのだった。

 軽蔑とは少し違うが、まさか兄がこんな事をしているとはと幻滅してしまう。


「ち、違うんだ!! これは助けられて欲しい所だよ!! ところでどうして戻って……」

「スマホ落としちゃったから戻ってきたんだよ。そこに置いてあるみたいだし」


 焦る晃に対し、冷静に指を差す玲央。

 彼と琴音が見てみると、確かにベンチの上にスマートフォンが置かれている。恐らくはベンチから立ち上がる時に、ポケットから滑り落ちたのだろう。


 それよりも玲央の冷たい目が未だ止まらない。そうした表情のまま、彼女が琴音へと振り向いた。


「篠原さん、アキ君に何を見せようとしたんですか?」

「……ああ! ちょっと高いブラをね! ピンク色の可愛いデザインだから、ここで見せようと思って」

「こんな所で見せるなよ!!?」


 晃がさらに焦ってしまう。しかし玲央の方は未だに冷静であった。

 それは何故かと言うと…… 


「一瞬何かに変身しようとしたのを見ましたよ……何か隠してますね……?」


 あの時ハッキリと見たのだ、琴音の周囲に、黒いモヤが浮かんだのを。

 玲央が声を掛けた時には消えてしまったのだが、それでも確信はしている。篠原琴音はただの人間ではない――自分のような何らかの能力を持った人間だと。


 だからこそある種の警戒をしてしまう。そんな玲央に対し、琴音がやれやれと言わんばかりに首を振った。


「……彩光君に私の正体を知ってもらって、受け入れようと思ったけど駄目だったね……。これは心を許した人にしか見られたくなかったけど……仕方ない!」


 突如として彼女が立ち上がる。すると身体の周囲に、黒いモヤが発生するのだった。

 さっき見たモヤだと玲央が分かった時、それが衣服を包み込んで変化する。そうして普通の女子大生とは違う、全く別の姿へとなった。

 

「昨日言ったよね、良い事が起きるって……。これがその理由! これが私のもう一つの姿!!」

「………………………………」


 その姿に、玲央は驚きよりも呆れが出てしまう。

 黒いドレスを思わせる衣装であり、靴もまた黒いハイヒール。まるでそれは特撮戦隊か魔法少女に出てくる、悪女の衣装その物である。

 

 さらにチラリと見える胸元に太ももと、非常にエロい。その姿なのに恥ずかしがらない琴音が、ある意味では凄いとしか言いようがなかった。


「平常の姿は、知っての通り篠原琴音。しかし今の私は、世にも珍しい女怪人!

 その名も、悪女『ヴェパール』!!」

(自分で悪女って言っているよ……)


 もはやどこから突っ込めばいいのか分からない。


 ただエヴォ粒子を保有した女性は魔法少女になる確率が高いと教えられたので、まさか女ヴィランがいるとは思ってもみなかった。そういう意味で収穫になっている(ような気がする)。


「ご覧の通り悪女だから、あんまり見られたくはなかった……しかし見られたからには少しお仕置きをしてもらうわ。

 来て、我が子供よ!!」

「……!」


 その時だった。ヴェパールの影から何かが浮き出てくる。

 最初は黒い不定形であったが、やがて色が付いていき、姿も変わってしまう。一瞬にしてそれは、玲央が見覚えのある姿へとなり変わった。


「コボルト!?」


 犬の頭を持った小人――コボルトであった。


 ファンタジーに出ずっぱりの幻獣で、小鬼ゴブリンと同じように悪戯をする習性を持っている。そもそもゴボルトとゴブリンの語源が同じで、ファンタジー作家の影響で分かれてしまったらしいのだが。

 まさか伝説の幻獣を召喚した事に、思わず興味津々に見てしまう玲央。一方で高笑いをするヴェパールこと琴音。


「アハハハ!! 私は伝説の幻獣を実体化して、使役する能力を持っているの。もちろんドラゴンやグリフォンだって何のその」

「すげぇ」

「でしょう? という訳で、ちょっとビンタを喰らわせて失神させてもらうわ。……死なない程度には痛いけどね!!」


 彼女が叫んだ直後、ゴボルトが玲央へと跳躍させていった。

 熊の手のように広い手を大きく開き、咆哮を上げながら迫って来る。そうして玲央へと攻撃しようと……


 ――バキッ!!


「ギャアアア!!」

「………………えっ?」

 

 琴音の横を、ゴボルトが吹っ飛ばされる。


 それは何故か――玲央が一瞬にしてマレキウムへと変身したからなのだ。ゴボルトを跳ね飛ばしたハルベルトを携え、鋭い緑色の目で睨み付ける。

 突然の事態に、琴音は困惑するしかないのであった。


「……ええと……マジ?」

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