#27 この少女、お兄ちゃんっ子である

 やがて打撲音が消え、カラスの鳴き声がハッキリと聞こえてくる。

 リンチをやめた多くの幻獣が消えていくと、ボコボコにされてびくびくと震えているサル怪人が見えてきた。身体中がアザだらけで、鼻からも大量の血を垂らしているが、特に命に別状はないと思われる。


 それよりも聞きたい事がある。それは夏樹も同じか、未だ気絶していない怪人へと尋ねた。


「あなたが誘拐した人達、どこにいるのですか?」

「……だ、誰がそんな事ヲ……」

「それは困りましたね……それなら篠原さんにもう一度……」

「言う言う言う……! 場所は……近くの……工場…………ウッ……」


 最後まで言う前に、完全に気絶してしまった。しかし行方不明者の居場所は分かったので、これで一応解決となったという事になる。

 一方で夏樹が脅しをかけたのが珍しかったのか、玲央が意外だと思ってしまう。そんな彼女だったが、そこに琴音が呟くのだった。


「……彩光君、私決めたわ」

「……何を?」


 尋ねる晃。その直後に、琴音がヴェパールとしての姿を解除する。

 そうして元の女子大生へと戻っていくと、彼女が玲央達へと振り返っていく。決意が決まった自信満々の表情をしながら。


「最初、何でもいいから悪事をやろうと思ってたわ。でもさっきのあなたの言葉を聞いて、やっとすべき事が決まった……。

 ――それは怪人を倒す女怪人!! 闇を狩る為に生まれた、闇の力を持った異能者……結構いいでしょ!!」

「……お、おう、いいんじゃないかな……?」

「でしょう! これもあなたのおかげよ! ありがとう、彩光君!!」


 戸惑う晃の両手を、嬉しそうに包み込んだ。そうされた晃が驚いたが、徐々に頬が赤く染まっていく。

 その様子に対して、玲央は何か引っかかってしまった。何でなのかはよく分からない物の……それでもどこかつまらない感じが出てしまう。


「やっとスッキリしたわぁ……。という事で、今から怪人を捜してぶっ飛ばしてくるわ!! 

 という訳でこの辺で失礼! 玲央ちゃん達も魔法少女活動、頑張ってね!!」

「あっ、ちょっ……」


 夏樹が止める間もなく、そのままスキップしながら去ってしまう琴音。いかにも早変わりな行動力で、思わず夏樹達が呆然としながら見届けてしまう。

 もちろん玲央も例外ではない。ただふと思い出したかのように、横にいた晃へと振り向く。


「……ありがとう……か……」


 彼が琴音の言葉を思い出しながら、照れそうに笑っていた。その姿は、どう見てもデレデレしているようにしか見えない。

 そんな彼の脇腹を、玲央は肘で小突いた。少々痛かったのか、ビクンと大きな身体が反応する。


「いゃ! な、何だよ……?」

「……何でもない。それよりもさぁ、ステーキ奢ってくれるんでしょ? 夏樹さんも連れて行こうよ」

「……しょうがないな……。ところで怪人と行方不明者、どうすんだよ?」

「そこは管理課に任せるつもり。今から連絡するし」


 そう言って二人のそばから離れて、管理課に連絡しようとした。

 誰も聞こえないような、独り言を呟きながら……。


「……アキ君のバーカ……」


 ――この後、『エイプノイド』と呼称されたサル型怪人を管理課が収容。さらに怪人から聞いた場所から、行方不明者は大学からそう遠くない廃工場と判明。そこに気絶した美男美女が発見された。


 こうして大学事件は幕を閉じていった。一方でこの時に出現した、ヴェパールという女怪人というと……




 ===




 ――あれから一週間後の事だった。

 

「ヴィランネーム『ヴェパール』。本名は篠原琴音。今の所、三体のモンスターを撃破……ねぇ……」


 第六ウィッチ管理課にも食堂は存在する。今は昼時なので、そこには数多くの職員が昼食をとっている。


 その中には、玲央達魔法少女メンバーと手塚がいた。その手塚がタブレットを持っており、画面には琴音の経歴やヴェパールとしての特性、そして今までの活躍が記されていた。


「まさか女性ヴィランがいるとは思わなかったね……しかもヴィランを倒しているとは……」

「全くだ。そもそも手塚さん、本当にヴィランなのか? 魔法少女ではなく……」


 玲央の隣には紗香と藍がいる。二人とも任務が終わった後に琴音の事を聞かされ、意外感を抱いている。

 なお玲央はオムライス、紗香と藍は和食、夏樹はカレーライスと食べている料理が全然違う。それに玲央の方が、食べるスピードが非常に速かった。


「間違いなく性質的にはヴィランに近いわね。彼女から発する変異したエヴォ粒子が、その証拠よ」

「変異したエヴォ粒子……?」


 彼の説明を聞いて、藍が怪訝な表情を浮かべる。

 玲央達もそんな表情を浮かべると、手塚が頷いた後に付け加えた。


「エヴォ粒子は、保有者の感情によって変異する事がある。この時に攻撃的衝動などの悪意だったら悪性になり、それによって保有者をヴィランに変えるという訳。

 それで逆に正義感を持って、なおかつ強靭な生命力を持つ未成年女性だと魔法少女に。そうなると篠原ちゃんって子は、彩光ちゃんのお兄さんを独占したいあまりヴィランになった可能性があるわね」

「へぇ、そうなんですか……」

「そういう事よ織笠ちゃん。それよりも彩光ちゃん、起動出来なくなったデバイスの事なんだけど、どうやらブラックボックスに触れちゃってフリーズ状態になっているらしいの」

「……フリーズ?」


 玲央に起こった強制変身解除について、手塚が早急に解析をしていた。

 その報告を聞いて、首を傾げる玲央。


「あれよ、例えるならパソコンが更新状態になって使えない状態。十中八九、ブラックボックスが関係している事は間違いないわ」

「……そうなると、一体何が起きるんでしょうね?」


 ここで尋ねたのは、玲央ではなく夏樹である。

 玲央が黙って返事を聞こうとすると、手塚が困惑するように苦笑するのだった。


「……さぁてね。鬼が出るか蛇が出るか……時が来るまで待つしかないわね」




 ===




 日本から離れたどこかの海。

 

 その上に浮かぶように、ある一つの無人島が存在している。島全体が森に囲まれており、その薄暗い樹木の中には、あらゆる動物が生息していた。

 リスやネズミや鳥……皆、この森の中で食べ物を採ってきたり、眠くなったら寝床に行って睡眠をとる。そんな彼らにとって、まさにここは楽園とも言うべき場所だった。


 ――オオオオオオオオオオ……


 しかし突如として、森の中から響き渡る何かの音。


 気付いた動物達が、一斉にして音がした森の奥へと振り向いていく。そうすると再び聞こえ出し……やがて動物達が我先へと逃げてしまう。

 すぐに森周辺には、動物の姿が見えなくなってしまった。同時にさえずりや鳴き声も聞こえなくなり、不気味に静まり返る。


 そんな時でも、未だに響き渡るあの音。それを発しているのは何なのかは、誰も知る由などなかった……。

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