エピソードⅥ

#28 パワードスーツは身を守る為の物

 七月下旬……つまり夏休みの最中であり、その深夜の事だった。


「……スウ……スゥ……」


 ロボットなどのプラモや怪獣のフィギュア、そして大量のゲームが無造作に置かれた部屋。そこにあるベッドに、部屋の主である玲央が眠っていた。

 女の子にしてはだらしないTシャツを寝間着にしており、なおかつ下半身はパンツ一丁だけ。それもそのはず、今は夏なのでそれなりに暑いのである。


 ちなみに問答無用に冷房16度を付けようとしたが、晃がこれを禁止。まだ涼しい方だと言うので扇風機に付けられてしまったが、それでも玲央が不満を持ったのは言うまでもない。


 ――プ~ン


「……チッ」


 耳障りな音が聞こえてきた。その音に反応した玲央に、殺意が芽生える。

 間違いなく『蚊』である。静かな深夜だと羽音がとてもうるさいし、さらに暗いのでどこにいるのかも分からない。まさに脅威以外何者でもない。


 ――プ~~~~~ン


 蚊の音が玲央の耳元に近付いた。がむしゃらに自分の耳を叩く玲央。

 しかし失敗。どうやら逃げたようであり、未だあの音が聞こえてくる。完全に遊ばれているようだ。

 

 止まないウザい音に、玲央のイライラが増す一方である。このままでは身体中が刺され、朝まで痒みの地獄を味わう事になってしまうだろう。


「……魔装……」


 しかしある考えが思い付く。すぐに実行しようと、玲央が寝間着姿からマレキウムに変身する。

 いきなり変身してもお構いなしだろうか、再び蚊の音が聞こえてきた。しかし直後、玲央が右腕を突き出し、何もない場所で手を握った。


「……ふう……やった……」


 音が聞こえなくなっていく。そう、あの時に蚊を握り殺したのだ。


 マレキウムになれば身体能力と動体視力がアップする。聴覚もアップするので、飛んでいる蚊の位置を瞬時に把握出来るのだ。

 さらにパワードスーツが全身を包んでいるので、さらなる刺客が来てもすぐに返り討ちに出来る。玲央は一人ドヤ顔を浮かべた後、マレキウム姿のまま再び夢の中に入った。




 ===




 ――それから翌日の事である。


 ――ピンポーン。


「ほーい、今行きまーす」


 居間に呼び鈴が鳴り出す。それに気付いた玲央が扉を開けると、三人の人間がそこに立っていた。


「おはよう、玲央ちゃん」

「「おはようございます!!」」


 上司の紗香と、その弟達である和樹と春姫である。

 元気に返事する和樹達に「ども」とお辞儀をする玲央。弟達も同様にしたが、途端にある事に気付いたような顔をする。


「玲央お姉ちゃん、額に赤いのがあるよ」

「本当……どうしたんですか?」

「ああ、これ? 蚊に刺された」


 ちょうど額の真ん中に、赤い点がポツンとあったのだ。

 寝ている間に蚊に刺されて出来た物で、まるでインド人のビンディー(額に付ける赤い装飾)を思わせる。いずれにしても場所が場所なので非常に目立っていた。


「まるでビームランプみたい!!」

「違うでしょお兄ちゃん……大仏様の点みたいだよ」

「いや二人とも、どっちも失礼だよ……」


 どちらも赤い点にそっくりな人物を挙げている。もちろん紗香が呆れるも、玲央の方はノリでもいいのか、その人物達のポーズを取ったりするのだった。


「いやぁ、昨日は大変でしたよ。蚊が来たのでマレキウムに変身したんですが、また勝手に消え出してこの様です」


 実は昨日、握り殺した蚊とは別の一匹が出てきたのである。

 もちろんマレキウム状態で殺そうとしたが、玲央が気付かない間に変身解除されてしまったようである。すぐに変身しようとしたが失敗し、その間に刺されてしまったのだ。


 その話を聞いて、紗香がさらに呆れたのは言うまでもない。


「それでマレキウムを使うのはどうかと……。それよりもまた変身が出来ないって、例のアレのせいかもね」

「もうそろそろ更新してもいいと思いますけどね……。これじゃ蚊から自分の身守れないですし……」

「蚊じゃなくてヴィランじゃないかな……?」


 先日、手塚がデバイスを調べた所、変身解除されるのはブラックボックスに触れたからだという結果が出た。つまり何らかの更新状態にあるらしい。

 一体何が更新されるのかは未だ不明。その日が来るまで、玲央は待つしかない。


「それよりも玲央お姉ちゃん、早く行こう!! ヒーローショー見たいし!!」

「あっ、ゆっくりでいいんで……まだ時間ありますし……」

「ほいほい、今準備をするからちょっと待っててね」


 玲央は乙宗姉弟と遊ぶ約束をしていたのだ。

 行く場所はフォレストフレンドパーク。先日に和樹達が遠足しに行った遊園地であり、悪の怪人ヴラッドが襲来した場所でもあった。




 ===




 あの襲撃から数週間経ったフォレストフレンドパークだが、今は数多くの客で賑わっている。


 特に目玉とされているヒーローショーは実に人気で、既にヒーローの活躍を見ようと子供達が殺到していた(中にはオタクもいるのだが、それは別の話である)。そして今なお、そのショーが始まっているのである。


『悪を貫きを正義を成す!! ビーストレンジャー参上!!」

「ビーストレンジャーだああ!!」

「かっこいい……!」

「ビーストレンジャーあああああ!!!」


 現在テレビ放映している『魔獣戦隊ビーストレンジャー』。彼らのの登場に和樹と春姫、そして玲央が熱狂する。

 特に玲央は子供顔負けの声援を出しながら、先程買った『ビーストソード』という剣の玩具を振り回していた。彼女もこの戦隊のファンであり、紗香達と一緒にパークに来たのもショーを見る為なのだ。


 目の前で怪人と戦うビーストレンジャー。爆発あり、火薬あり、格闘ありと、まさに特撮に勝るとも劣らないショーに、子供達が魅了していく。


「玲央お姉ちゃん、本当にビーストレンジャーが好きなんだね」

「うん。戦隊をDVDとかで第一作から見てるし、特撮がマジ最高だからね。いやぁ、本当に最高」

「……どうして特撮が好きになったんですか?」


 和樹と話していた玲央に、春姫がそう尋ねてきた。

 それを聞いて、「ああ……」と思い出すかのように上を見上げる玲央。


「四歳だっけ……母さんがアニメ好きで一緒に見てたらオタクになってた。それから特撮を見てハマった感じ」

「確か彩光さんが言ってたね、お母さんがオタクって。やっぱりロボットのフィギュアとかを集めてたの?」


 今度は紗香が聞く。しかし玲央は首を振って、


「いや、腐女子ですよ。母さん」

「ふ、腐女子……?」

「男同士の恋愛が好きな人の事です。よくアニメを見て、勝手にカップリングを作ってハァハァしてましたよ」

「……そ、そうなんだ……。玲央ちゃんも腐女子だったりする?」

「いやいや、母さんとは違うのですよ母さんとは。まぁ、そんな母さんを見てきたんで、今ではすっかりこんなオタク体たらくになりましたよ。

 どれも全部最高ですから、やめられないんですけどね」


 玲央は趣味と言うのをこの上なく愛している。だからこそマレキウムとして、それらを守ろうとしているのである。

 その信念はこれから先、変わる事はないだろう。もちろんマレキウムで、人助けをやっているという自覚は捨てていない。


 そんな自覚がないと、目の前のビーストレンジャー……すなわち『正義の味方』に失礼だと思っているのだから。


『くそっ!! こうなれば……最終兵器ケルベロスブレイド!!』

「おお、ケルベロスブレイド!! 和君と春たん、あの最強の兵器だよ!!」

「おおすげええ!!」

「頑張って、ビーストレンジャー……!」


 和樹達と一緒にはしゃぎ、応援をする。


 その子供のような玲央の様子がおかしかったのか、あるいは微笑ましいのか。様子を見ていた紗香が、笑みを浮かべている。

 まるでお母さんのようで、どこか母性があった。


「……ん? メール……」


 そんな彼女がスマートフォンを取り出した。メールが来たようであり、内容を確認している。

 すると何故か、眉をひそめていく。スマホをしまった後、ショーに熱中している玲央へと話しかけた。


「玲央ちゃん、手塚さんからなんだけど……」

「ん、手塚さんから? 給料ですかね?」

「いやそうじゃなくて、明日に一日分の着替えを持って来てって。それから話があるとか」

「……着替えですか? 旅行かな……」


 今まで着替えを持って来いと言われた事がなかったので、玲央も疑問を抱く。

 何故手塚がそう言ったのか――その意味は明日になれば分かるのかもしれない。

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