#34 正義の味方
「早く!! 早く避難して下さい!!」
街には未だ逃げ遅れた住民がいた。警察官が急いで、彼らを安全な場所へと誘導させる。
海岸沿いの街中で、巨大な異形が暴れていた。アグレッサーと呼ぶ怪獣で、咆哮を上げながら家々を踏み潰している。
「グオオオオオオオオンン!!」
木造の家を破壊し、粉塵と木片を撒き散らす。まるで怪獣映画の一シーンのようである。
さらに進行を開始するアグレッサー。そうしながら街を蹂躙しようとした時、横から何かが現れた。
「食らいなさい!! 《スターショット》!!」
アグレッサーの頬に直撃した――が効果なし。さらに邪魔とばかりに腕を振るうので、七葉はこれを回避。
「わぁ!! こいつしぶといですね!!」
「それでも何としてでも仕留める!! 我が道を作れ、《アイスボート》!!」
家の屋根にいた紗香が飛び降りた。すると彼女の足元に氷が形成され、まるでボートのように宙を滑る。
氷のボートに乗りながら、アグレッサーへと《ファイアーバレット》を射出。しかし直撃しても嫌がるだけで、やはりダメージはなし。
「生半可な攻撃が効かない……ならば、《ファイアードラゴン!!》」
今度はファイアーバレットの上位魔法で応戦。進行するアグレッサーの腹に直撃させ、大爆発を起こさせる。
「グオオオオオオオオンン!!」
悲鳴を上げながら怯むアグレッサー。その身体が倒れ、家を粉々に破壊する。
それは威力がある攻撃なら通用する事を意味している。家に悪い事をしてしまったと思う紗香だが、一方で攻略の糸口は掴んだ。
「なるべく攻撃力のある奴を叩き込む!! それで一点に集中するしかない!!」
「あんたに言われなくても!!」
最初に喧嘩していた黒コートの少女が、太刀を振るった。切っ先から炎状の斬撃が放たれ、アグレッサーの顔面に当たる。
悶えるアグレッサー。しかし少女を睨んだかと思えば、下半身の触手を繰り出していった。少女は慌てながらも触手を回避する。
「オオオオオ……」
不意にアグレッサーが口を大きく開けた。その奥から赤い光が見えてくる。
そして少女へと向けた直後、何と火の塊が放射された。間違いなく火球のそれであり、少女も呆気に取られてしまう。
少女へと刻々迫ってくる火球。そのまま直撃をしてしまうかと思われた時、彼女の手を引っ張った者がいた。
火球が誰もいなくなった地面に直撃し、爆発。一方で、少女達が家の屋根へと飛び移る。
「何やっているのよ!! もし直撃したら魔法少女でもお陀仏よ!!」
「……あっ、うん……」
助けたのは他でもない、互いにいがみ合っていたお嬢様のような少女だった。まさかそうする事は思わなかったのか、黒コートの少女が放心状態になっている。
その様子を見て安堵した紗香だったが、すぐにアグレッサーへと向く。今メリュジーナと戦っているようで、ロボットならではの機動性に翻弄されている。
『ほらっ!! こっちだ!! こっちに来るんだ!!』
メリュジーナライフルで牽制射撃をしながら、海へと下がるメリュジーナ。気を引かせながら人口密集地から遠ざける作戦だ。
しかしアグレッサーは触手を伸ばすだけで、全く動く気配がしない。やむを得ず触手をかわし続けるメリュジーナだったが、何と肩に触手が貫いてしまった。
『しま!! うわああ!!』
触手ごと振り回されるメリュジーナ。そのままアグレッサーが地面へと激突させようとする。
しかし触手が切断され、苦痛の声を上げるアグレッサー、その間にも、宙を体勢を立て直すメリュジーナ。
「我が敵を斬れ……《サンダーソード》」
触手を斬ったのは紗香だった。ヤルングレイプともう片方の手から、電撃の剣を出している。
《アイスボート》で滑りながらアグレッサーへと接近。アグレッサーが触手を次々と繰り出すも、まるでバレエのように舞いながら回避する。
そのまま赤い左目へと《サンダーソード》を斬り付け、失明させた。
「ア゛アアアアアアアアアア!!!」
傷が出来た目を、アグレッサーが抑えながら悶える。
相当のダメージが出来た――すぐに離れようとした紗香だったが、そこに襲ってくる触手。それをサンダーソードで斬り裂いたが……
「グッ!?」
死角から来た触手が、彼女を叩き付けた。まるで鞭を撃たれたような痛みと共に、家へと吹っ飛んでしまう。
屋根を突き破り、屋根裏へと転がる。ガラクタが無造作に置かれた場所ですぐに起き上がろうとするも、痛みが襲って一度崩れてしまう。
「……まだだ……」
だが、この間にも片目を失ったアグレッサーが暴れている。魔法少女達も、怪獣を止めようと奮闘しているのだ。
自分だけが休んでいる訳にはいかないし、何としてでも怪獣を倒さなければならない。紗香は気力で立ち上がり、再び両手から《サンダーソード》を出すのだった。
===
「…………」
管理課本部の個室にて、玲央はベッドに座っていた。
マレキウムになれないという事なので、それまではここで待機する事になっている。戦場から相当離れているが、マレキウムになればすぐに辿り着けれる。
(……何もする事ないな……)
その間、暇潰しにゲームをしていた事もあった。しかし珍しく数秒で終了。さらに漫画も読む気になれない。
理由は言わずもがな。それでもデバイスはまだ反応せず、どこかじれったい。
――コンコン
「そこにいるだろ? 入っていいかい?」
「ん? どぞ」
聞き覚えがある声が扉からしてきた。扉が開くと、やはりと言うか本部長のマサユメが入ってきた。
彼女が扉を閉めながら玲央を見つめる。無表情なのだから、玲央でも困惑してしまう。
「……どうしたんすか?」
「……確かあんた、彩光玲央って言ったね。ちょっと話をしていいか?」
そう言いながらマサユメが窓を見つめた。玲央はとりあえず彼女に応じる事にする。
「……いいですけど」
「あんた、自分の力についてどう思っているかね?」
「……?」
突然そう言われて。思わず眉をひそめてしまった。
それでも目的があるので、素直に答える玲央。
「人と友達と、アニメゲーム漫画といった趣味を守る事です」
「変わっているね……。しかしあんたは未だマレキウムに変身する事が出来ない。今言った目的が出来ないぞ……」
「…………それって……?」
マサユメの言っている意味がよく分からなかった。
改めて問うと、マサユメが窓から玲央へと振り向く。鋭い目つきを見下ろすようにしながら。
「何も出来ないこの
「それなら心配ないですよ」
その時だった。玲央が話の途中に遮る。
今度はマサユメが眉をひそめた。そんな中で、小柄な少女がその意味を語る。
「紗香さん達……じゃなくて先輩達は凄いですよ。趣味を守るっていう意地汚い自分と違って、人を守るという目的があって戦っている。
だから、私が変身出来なくても大丈夫なんですよ……」
「……もしかして羨ましいのか? 先輩達が」
「羨ましいと言うか……まぁ、色々と違うんだなって……」
あくまで自分は魔法少女の力を手に入れたオタク――そう玲央自身思っている。その辺が、使命に忠実である紗香達に絶対勝てない部分だ。
だから自分が行けないせいで仲間が危機に……というのが、ピンと来なかったのだ。それを気付いているのかいないのか、マサユメが意味深に頷き始める。
「あんたのような変わった魔法少女、初めて見たよ……」
「……でしょうね……」
玲央もまた窓を眺めようとした。あまりしない事だが、こういうのも悪くない。
しかしその時、部屋に青白い光が灯る。すぐに玲央が右腕を見てみると、デバイスが微かに光り出していた。
それが何を意味するのか、もう玲央には分かっている。
「……本部長、行ってきます」
「……その前に言いたい事がある」
「はい?」
窓を開けようとすると、そこにマサユメが声を掛けてくる。
玲央が何事とばかりに振り返る。すると彼女が懐からイヤホン型無線機を取り出し、玲央へと差し出した。
「あんたのような女の子は本当に変わっているが、それでも魔法少女には変わりない。だから自分を過小評価するのはよくない。
――あんたは立派な『正義の味方』だ。胸張って、正々堂々と仲間の所に行きなさい」
「……ありがとうございます……」
ほんの少しだけ、マサユメに笑みを浮かばせた。
無線機を受け取った後、玲央は変身をする。そうして小柄な少女から魔装討女マレキウムとなって、開けた窓に向かってスラスターを吹かす。
たちまち彼女が部屋から消えていった。スラスターの衝撃がマサユメに来たが、彼女は涼しい顔をしている。
「彩光玲央、あんたは大物になれるよ」
いなくなった玲央へと声を掛けながら。
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