エピソードⅣ

#18 大人しい人を怒らせてはいけない

 厚い曇りに覆われている、この空。


 ある地上には、草むらが生い茂った人気のない場所が存在する。その草むらに囲まれているように、一つの廃工場が存在していた。


 経年劣化からか壁や床が錆びまみれであり、見るからに恐ろしい印象がある。もちろん内部も錆と埃に包まれ、周りには古びた機材が無造作に置かれていた。

 誰も近寄りたくないと思うだろう。しかしその中に、何らかの声がしてくる。


「おーよしよし、いい子だ。もうちょっと待ってな……」


 機材の山の中に、一人の男性がいたのだ。

 薄暗さの影響で、容姿がほとんど分からない。ただ彼がドライバーやねじ回しなどの道具などを使って、テーブルに寝ている何かへと弄っているのが分かる。


「よぉし、修理終わったぜぇ」


 作業が終わったようである。同時に、テーブルから何かが上体を起こす。

 赤いカメラアイが特徴的で、鋭い鉤爪を持った異形のロボットであった。が見たら驚くであろう……何せロボットは、ある学校を襲撃した敵その物なのだから。


「しっかしまぁ、パワードスーツの魔法少女がいたとはなぁ。今の時代には付いていけんわマジで」


 ロボットが離れた後、そんな独り言を口にしていく男性。


 近くに置いてあるタブレットを持って、ある映像を再生する。そこに映っているのは先程のロボットと、それと戦っている白いパワードスーツをした魔法少女の姿。

 男性はこの存在を認知しており、名前も『マレキウム』である事を知っている。あらゆる魔法少女の中でも、全く正体不明とされている存在。


「ハン、中々のテクノロジーとは思うんだが、いかんせん美しくないじゃん。

 という事で、……」


 ニタリと歪んだ口から、穏やかではない言葉が出ている。さらに彼の瞳がギョロリと動く。

 見ているのは、壁に掛けられた大きな地図。そのある場所に、男性が付けただろう赤い丸が記されてあったのだ……。


 


 ===




 今、紗香は第六ウィッチ管理課にいる。


 彼女は先日仲間に加わった織笠夏樹と共に教職員室に向かい、上司である手塚と合流。その手塚が、夏樹と初めての会話をしているのだった。


「第六管理課にようこそ。私が教職員で彩光ちゃん達の上司である手塚実。これからもよろしくね」

「よろしくお願いします」


 握手を交わす二人を、快く見守る紗香。

 テニスをやっている彼女がヴィラン退治をするという事に引け目はあるものの、それでもこれは夏樹自身が志願した事。そうとなれば彼女の意志を尊重するのが紗香の役目である。


「あなたが来る前に、早速コードネームを考えたわ。

 その名も魔動甲女まどうこうじょ『ラダーリウス』。どう? 悪くないと思うけど」

「良い響き……ありがとうございます。これからも頑張っていきますので」

「その意気よ。それよりも乙宗ちゃん、彩光ちゃんと観月ちゃん知らない?」

「ああ、二人で何かするから先に行っててと……ちょっと捜してきます」


 玲央と藍がいるのだが、どうやらどこかに行った模様である。

 彼女達を捜す為、一旦教職員室を出る紗香と夏樹。まず休憩室にいるのではと紗香が思い、早速その場所に向かう事をする。


 休憩室に到着すると、何かが聞こえてくるようになった。


『私達の巨大ロボ、マジックロイドはこんな事では壊れない!! ハアアアアアアアア!!』

「おおおお、凄い凄い凄い!!」

「やるんだマジックロイド!! 倒せ! 引き裂け!!」


 地デジの前に居座っている玲央と藍。彼女達が見ているのは特撮番組『魔法少女戦隊マジックジャー』だった。


 マジックジャーは小さい頃に見ていたので、紗香もおぼろげながらも知っている。またマジックジャーはとっくのとうに終わっているので、どちらかがDVDかBDを持ってきたのだろう。

 しかも休憩室の地デジを使っているので、完全に私的使用である。


「いやぁ、ここでマジックロイドが使っていたクラッシャードリル……あれがよかったな。敵を引き裂き、そして粉砕……最高と思わないか?」

「クラッシャードリル? それもいいんですけど、やっぱり最高なのはこの後の話に出てくるステッキソードと思いますよ? 特にあそこで一刀両断する所はCGじゃなくて着ぐるみ使ってますから、凄いリアリティと迫力がありますよ?」

「甘いわ彩光。ドリルだってわざわざ肉片を用意しているんだぞ? グロイはグロイが、こっちも迫力がある。全くこれだからニワカは……」

「迫力はステッキソードだって! しかも駅の中での戦闘なんですよね!! 何で分かってくれないですか!!」

「ああん? お前……だったら表で雌雄を決しようか!?」

「タイマンはしたくないですけど、ステッキソードが最高なんです!! むううう!!」


 実に下らない事で喧嘩をしているようだ。

 そろそろ見るに堪えなくなったので、すぐに介入しようとする紗香。


「はいはいそこまで。二人とも、討論をするのはいいけど喧嘩はやめなさい」

「ムッ、乙宗か……悪いが今は大事な話をしている。ほっといてくれ!!」

「そうですよ紗香さん。これは大事な……」


「喧嘩はやめなさい……分かった……?」


 この時、あれだけ興奮していた二人が固まる。

 紗香が笑顔になっているのだが、どう見ても笑っているとは思えない禍々しさを感じる。さらに右手に青筋が出来る程強く握られているのが、玲央達の目にありありと映られる。


 もし逆らえば命がない――そういう言葉が似合う姿だ。


「す、すいません……」

「すまなかった……やはりステッキソードもいいかと思います……」

「うん、よろしい。ほら、ここでは他の人達も使うから、視聴は中断して」

「「あっはい」」


 笑顔から殺気から消え、普通の微笑みへと変わっていった。それを見て安心したのか、そそくさにデッキからBDを抜き出す玲央達。


 あれだけ喧嘩寸前だった二人をなだめ、そう指示する姿はまるでお母さんのようであった。そんな彼女へと、夏樹が尋ねてくる。


「紗香さん、もしかして子供とか慣れてますか?」

「まぁ、下には弟と妹がいるからね。昔、両親が共働きする事が多かったから、面倒見る事が多くて……」

「やっぱどの兄妹も、年上が面倒見るみたいですね。自分の上が紗香さんじゃなくてよかったです……」

「それはどういう意味かなぁ? というか口振りからすると、兄妹がいるような台詞だね」


 玲央の独り言に何か引っかかってしまうが、それよりも気になる事がある。

 尋ねると、BDを片付けながらこくりと頷く玲央。


「言わなかったでしたっけ? 兄がいるんですよ。口うるさい所がめんどいんですけど」

「……口うるさいねぇ……」


 薄々感じていたのだが、どうも玲央には兄がいるようだ。

 しかも玲央の性格からして、兄は妹の扱いに困っている事だろう。心の中で、紗香はその兄に同情をするようになってしまう。


「ああ、やっぱりここにいたのね。ちょうどよかった」


 途端である。休憩室の元に手塚が駆け付けてきた。

 さらによく見ると、手元には数枚の紙が握られている。恐らく何らかの資料だと、紗香は何となくは分かった。


「まず彩光ちゃん、前にもらった変身アイテム『デバイス』のコピーデータ。あともう少しで、ブラックボックスが解析出来るようだわ。多分そう遅くならないと思うから」

「ああ、どうも。あざます」

「それでついさっき、例のロボットの解析結果が出たわ。やはりあのロボットにはエヴォ粒子を注入させる針があって、それで平野勝君をカテゴリー怪人……まぁ『ミュータント』と呼ぶ事にしてるけど、そういう奴にされるみたい。

 そしてそのロボットに関して、ある人物が浮上したって訳」


 手塚の持っている資料が、紗香へと渡される。


 早速拝見してみれば、表面には男性の写真が印刷されている。ボサボサ髪が特徴的な青年であり、目付きは鋭く、また耳にはピアスがあると、どこかガラが悪い。


韮澤凱にらさわがい。かつてウィッチ管理課の研究員だった男。およそ二年前に管理課がクビにして、今は消息不明よ」

「何故クビに?」

「その場に私はいなかったから受け売りだけど、かつて第十一管理課に所属していた彼は、エヴォ粒子に関する人体実験をしていたようなの。

 まぁ、人体実験と言っても自分自身にやるドMだったけど、さすがに発覚した後には首チョンって訳。本人は『給料が少ない!』って言ってたから、喜んで出ていったみたいだけど」

(……ドM……それに給料少ないって……)


 その辺はどうでもいいようなと口にしたかった紗香だが、面倒なのでやめにした。

 代わりにと言うべきか、藍が口を開く。


「という事は、今回の事件は……」

「そう、彼はロボット工学の資格を持ってたから、あのようなロボットを造れない訳がない。間違いなく彼の仕業ね、目的は知らないけど」

「…………」


 その話を聞いて、いつになく真剣な表情になる紗香。


 例の騒動の原因が分かった以上、韮澤という人物に警戒をしなければならない。そして日常を脅かす存在を駆逐するのが、魔法少女の役目。

 紗香はそれを胸に本腰を上げ、仲間達に指示を伝えた。


「さて皆、これから分散して街のパトロールをするよ。例のロボットが見つかったら即時破壊。後、玲央ちゃんは前みたいにゲームをやんないよう、私と一緒に行動する事。いいね?」

「えっ? ちょっとだけやっても駄……」

「いいね?」

「あっはい……喜んで引き受けます……」


 前の試しゲームが妙に時間が掛かったので、今度は禁止令を出しているようにしている。


 いつしか紗香がメンバー全員のリーダーとなっていた。最もこれは、手塚の指示だけではない。

 彼女の友達を放っておけない気質が、自然とそうさせているのだ。

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