エピソードⅨ

#43 災厄の影

 ある日の夕方頃である。


(この主人公、ヒロインさんを意図的に揉んでやがる。エッロい)


 玲央は、ベッドに寝転がりながら漫画を読んでいた。

 漫画は学校帰りに買ったもので、ジャンルは流行中の異世界ファンタジーである。今読んでいる所は主人公のラッキースケベシーンだが、玲央は全く気にしていない。


 そこにノック音が聞こえてくる。


「先生、入っていいですかぁ!?」

「うぃ」


 適当に返事した後、七葉が入ってくる。

 今の彼女は中学のセーラー服を着ている。さらに買い物でもしてきたのか、何かが入ったビニール袋を手にしていた。


「これ、学校帰りに買って来た『うんめぇ棒』です! よかったらどうぞ!」

「ああ、あざっす」

「どうもどうも。それよりも、本棚にはすごい漫画がありますねぇ。ちょっと読んでもいいでしょうか?」

「ああ、いいですけど……」


 うんめぇ棒と漫画を置いて、七葉をじっと見つめる玲央。

 その彼女の尋常のなさに、七葉が静かに息を呑む。


「漫画を読む際に重要事項。まず手を洗う、本を大きく開けない、うんめぇ棒を握った手で触らない……。それさえ守ってくれれば別にいいですよ」

「……あっ、はい!! 星野七葉、必ずやその約束をお守りいたします!!」

「よろしいです」


 潔癖症の気があるのか、汚れた手で触られるのは嫌なのだ。さらに兄に貸した本が大きく開いてみすぼらしくなったので、それも警戒している。

 七葉が漫画を選んで、楽しそうに読んだ。表紙からしてロボット物のようである。


「うわっ、いきなりエッチシーン……男ってこういうのが好きなんですねぇ……」

「エロは物語に置いて必要でもありますので」


 いきなりのラッキースケベシーンを見たようで、顔を赤らめる七葉。やはりというか、彼女はその辺には慣れていないらしい。


 やがて二人は静かにして漫画を読む事になった。玲央は漫画を全ページ読み終わったので、すぐに次の巻へと進もうとする。

 そんな時に、七葉から声を掛けられた。


「……先生は、『アレ』の事気にしてますか?」

「……アレ……アレか……」


 アレという妙なキーワード。しかしそれが何なのか、玲央はすぐに思い出す。




 それは黒いマレキウムと戦って翌日の事。これまで通りに管理課に集まった玲央達(と何故か手塚に呼ばれた七葉)だったが、手塚の様子がどこかおかしかったのである。


 まるで深刻そうな表情で、パソコンを打ち込んでいくのを玲央は覚えていた。


『実はデバイスのブラックボックスの解析を終わったんだけど、そうしたらメッセージが出たのよ』

『メッセージですか?』

『ええ。まぁ、これは口で言うよりも見た方が早いわね』


 そう言ってエンターキーを押すと、画面に文が表示された。

 黒い文字で連なったそれは、日本語で書かれている。


『警告。この文を解析した者は知らなくてはならない。

 もうすぐ、災厄の影が現れる』


『……災厄の……影……?』


 何とも不穏そうなメッセージ。それを見た紗香が呆然とした顔になる。

 それは藍達も同じだった。七葉に至っては不安な表情になってしまう。


『その災厄の影というのは……一体何ですか?』

『それが分かれば苦労はしないわ。もっとも、この黒いマレキウムとの関連がない訳でもないけどね』


 紗香に答えた後、手塚がある物を掲げた。藍が身に着けていた黒い腕輪である。

 藍自身が言っていたのだが、どうも学校の帰り途中に見つけた物という。それをはめた所、それから先の記憶が全くないらしい。


『昨日調べた所、彩光ちゃんのデバイスとほぼ同じの脳波送信チップがあったわ。マレキウムの時はここから最適な動きを送るんだけど、こちらは欠陥だったのかエヴォ粒子を保有する者を襲う仕様になっていた。

 つまり観月ちゃんは、黒いマレキウムを動かす為のパーツにされていたという事なのよ』

『……やっぱり気絶している間に、厄介事が起きたんだな……』


 その話を聞いて、藍が肩を落とす。

 そんな事になったと分かれば、落ち込むのも無理はない。


『でもよかったよ、藍ちゃんが無事で』

『そうですよ観月さん。それにモンスターばかりをやってたおかげで、被害はあまりなかったんです。だから悔やむ事はないですって』


 そこに紗香と夏樹がフォローを入れたが、藍は肩を落としたままだった。

 これでは埒が明かず、玲央も何かを言おうとする。しかし不意に藍が顔を上げ、手塚に言ったのだ。


『……手塚さん、それを何とか出来ないだろうか?』

「何とかって……?』


 手塚が眉をひそんだ。

 対し藍の表情は険しく、それでいて覚悟があったように見えた。

 

『そのデバイスをどうにかにして制御したりとか。それもマレキウムなら絶対な性能を持っているはずだし、今後の重要な戦力になるはずだ。それにその腕輪如きに負けるようじゃ、アルティメアの名が泣くからな』

『…………』


 その話を聞いて、玲央は何も言えなかった。

 ただ彼女らしいと言えば彼女らしい。それを手塚も分かっていたのか、ゆっくりと頷いていった。


『……分かったわ。早急に何とかしてあげる。それと同時に、メッセージっぽいブラックボックスはまだあるし、追々解析していくわ。それまで待っててね』




 その話の後、手塚はメッセージの解析に急いでいるらしい。

 ただブロックが固いらしく、一週間そこらではすぐには出来ない。つまり気長に待てという事か。


「……まぁ、あんまり気にしていないですね」

「……あれ?」


 その話を思い出した玲央が、しれっとそう答えた。

 これには七葉の目が点になってしまう。その間にも玲央は続きの漫画を発見し、読書に入る事にしていた。


「災厄の影とかよく知らないんですけど、要は敵って事ですし。発見したら今まで通りにやればいいと思いますよ」

「……はぁ」

「それに私達なら何とかなるでしょうし、大丈夫ですよきっと」

「…………」


 自分達は強いと、玲央はそう信じていた。だからこそ謎の影がどうこうなんて、あまりに気にしていない。

 そのマイペースな玲央に対してか、七葉が苦笑をする。そして満面の笑みを彼女に見せた。


「ええ、我々なら何とかなりますね!! それよりも読んでみるとこれ面白いですな、ロボットバトルがいいですし」

「何せ細かいデティールに定評のある二大作者で……あっ、あんま漫画を広げないで……跡が付いてしまうんで……まじお願いします……」


 七葉が無意識に漫画を広げてしまったので、玲央が注意をしようとした。




 ===




 どこかの街に存在する路地裏。

 そこには無造作に置かれたゴミと、辺りに散乱している機材しか置かれていない。残飯もあるせいか、そこら中にネズミが見え、小さい鳴き声が聞こえてくる。


 そこは異臭が酷く、人間など入れない所であった。そんな誰も寄り付かない場所だったが……


 ――バチ……。


 電流が走ったような音がした。ネズミが何事と一斉に顔を上げる。

 するとある空間に、突如として放電が発生している。さらに中心には黒い点が出来上がった。


 ――バチバチ……。


 さらに放電が走る。その影響か、黒い点……いやブラックホールのような物が徐々に大きくなっていく。

 大きくなったブラックホールがそのまま全てを呑みこむ――ではなく、そのまま形を変える。最初は不定形だったが、それが何と人の姿になった。


「……俺は……誰だ……?」


 それは言葉を発した。どこか低い男性の声である。

 しかしその声には戸惑いがあった。自分が何者なのか分からないような雰囲気で、辺りを不安そうに見回している。


 やがて彼が路地裏をフラフラと歩く。足元では逃げていたネズミ達が見つめているのだが、もちろん彼が気付くはずもない。

 彼の姿が、どこかへと消えようとしていくのだった……。

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