エピソードⅠ

#4 ※女の子はしてはいけません

 彩光玲央。真谷中学校二年生である、十四歳の少女。


 ごくありふれた女の子で、一見すると『同年代よりやや低身長』という事以外大きな特徴がない。そんな彼女であるが、実はある秘密がある。

 それはマレキウムという魔法少女に変身する事。世にも珍しいパワードスーツタイプで、詳細不明の希少な存在ともされている。


 ただ彼女は自分の事に無頓着である。特に興味があるのはオタクな趣味……ただそれだけだった。




「ただいまんもす」


 夕暮れとなったこの日。 

 真っすぐ自分の家へと帰って来た玲央。家と言ってもどこにでもある五階建てのアパートで、彼女はその三階に住んでいる。

 手にはロボットフィギュアの箱が入ったビニール袋。それを片手に居間に向かうと、いい匂いが彼女へと漂ってきた。


「おお、お帰り。ずいぶん遅かったじゃないか」


 キッチンに一人の男性が立っていた。精悍な顔立ちをしているが、茶髪が玲央によく似ている。

 彼は彩光晃さいこうあきら。玲央の兄であり、二十歳の大学二年生。玲央とは六歳も離れており、また大人びた姿からあまり兄妹とは認知されない。


 今、彼はエプロンを付けていた。家事が得意であり、夕食の準備を整っている所でもある。そもそもこの部屋は彼の物であり、玲央は居候されているに過ぎない。


「ああ、ちょっとね。それよりもお腹減った。今日何?」

「ったく、人が心配している時に飯の心配か……。今日はアジフライだ」

「おお、アジフライ」


 揚げ物が好みなので、非常に喜んでいる。

 テーブルに置かれたアジフライから香ばしい匂い。早速玲央はご飯の用意をして、兄よりもすぐに頬張った。

 

「うめー」

「おい、頂きますの前に食べるなとあれ程言ったろ? まぁ、それよりも何で遅かったんだ?」

「それなんだけどアキ君。実は第六ウィッチ管理課に行ってた。何でも魔法少女を管理する研究所だって」

「管理課? そんなの聞いた事ないな……。お前が魔法少女だというのと何か関係あんのか?」


 既に晃は、妹が魔法少女だというのを知っている。日常の合間に怪物と戦っている事も。

 だからか、そのまま話を続ける玲央。


「あまりおおやけにしていない秘密組織らしい。そこで色々と調べられた」

「……まさか生体検査とか?」

「な訳ないじゃん。この腕輪の事とか、ちょっとした体調のアンケートとか。まぁそれよりも、明日に話し合いをしたいって。アキ君と」

「はぁ……? 俺……?」

「うん。確か……手塚さんだったかな? その人がね、兄が妹の事を知っているなら直接話し合いって。基本は魔法少女自身で話し合う事らしいけど、出来れば保護者の方がいいって言ってたし」


 世間では魔法少女の事を『謎の怪物と戦う謎の存在』とされており、存在を否定する人も多い。

 自分を魔法少女だと隠す者もおり、そういう場合だと両親が知らないといったケースが多い。晃はその例外という訳だ。


「俺がその人……とね」

「うん、それで場所は近くのレストランらしい。だから頼んだ。そしてごっそうさん……ア゛ア゛ッ」

「さり気なくゲップ出してんじゃねぇよ。それにちゃんと皿は片付けて……」


 何か言いかけた晃だったが、聞こえない振りをしながら居間を出る玲央。


 すぐに自分の部屋へと入っていくと、そこにはとんでもない光景が待ち受けていたのだ。数多くのロボットプラモデル、数多くの漫画やライトノベル、テレビの横に無造作に置かれているゲーム機と大量のカセット。果てはタワーのように積み重ねられたアニメのDVD。

 

 まさにここはオタクの部屋。玲央の天国と言うべき場所でもあるのだ。


「……ん? しまった、『きどうフレンズ』始まっちゃう!!」


 時計を見ると、針が五時前になっている。すぐに玲央がテレビの電源を付けていく。


 チャンネルを変えて待機すると、やっと目的のアニメが始まった。内容は女性主人公物で、荒廃した地球を舞台に動物型ロボットと冒険するという物。

 さらにキャラが可愛く、なおかつロボットアニメよろしく戦闘が入っているのが特徴である。


(すげぇ、今回も戦闘作画いいわぁ……。それにやっぱフレンズ可愛いし、最高だわ……)


 まさに上機嫌。これこそが玲央という魔法少女の日常だったのだ……。 

 



 ===




 翌日となった。


 約束の場所であるレストランは、そう遠くに離れてはいない。そこで彩光兄妹と手塚が合流。窓際のテーブルに座る事となった。


「いやぁ、お兄さんがいるというので会おうと思ったけど、中々男前じゃない。あっ、そういう趣味はないから心配はしないで」


 コーヒー片手にそう語る手塚。その彼の前には彩光兄妹。

 なお玲央の方は、注文していた特大パフェを夢中で食べていた。それはもう誰が話しかけても無意味な程であり、それを知っているだろう晃はほぼ放置をしていた。


「はぁ……それよりも……手塚さんでしたっけ? 一体話というのは……」

「そうそう、その話に入らなきゃ。単刀直入に言うと、彩光ちゃん……いや魔法少女マレキウムは特異な存在とも言えるわ」

「特異な……」

「そう、今までに存在しなかったパワードスーツタイプ……我々第六ウィッチ管理課は色んな魔法少女の特性を調査かつ研究しているけど、その中でも彼女は実に興味深い。

 そこでだけど研究目的の為、彼女に管理課に所属させたいの」

「所属……ですか……?」


 そう言われて、晃が聞き返す。

 対し話を聞いていないのか、玲央はパフェを食べているだけで無反応であった。


「この腕輪とかそういうデータをです?」

「ええ、マレキウムの秘密を探る為にはどうしてもね。もちろんメリットもあって、我々は現れた怪物を迅速に察知し、速攻で叩くようにする。それは街の治安にも繋がる。

 それに給料もあるわ」


 ピタッ――。


 その瞬間、玲央のパフェを食べる手が止まった。彼女の顔がパフェから手塚へと上がっていく。


「手塚さん、給料はどの位で?」

「そうねぇ……ざっと月給十五万円弱かしら。活躍次第では倍にアップ……」

「ぜひ管理課に雇わせて下さい。私、頑張りますので」


 手塚の言葉を待たずに、テーブルへと叩き付けるように頭を下げる玲央。

 あまりの事だったので、飄々している手塚ですら呆気に取られている。しかし玲央の目から溢れんばかりの輝きが、彼女が本気だと知る事となる。


「そう言ってくればありがたいわ。すぐに管理課に案内……」

「いや、ちょっと待って下さい!! お前、金欲しさに入るんだろ? 絶対にそうだろ!?」

「当たり前じゃん。大体アキ君のお小遣い、安いもん。そんなんだからケチって言われるんだよ」

「中学生のお前にはあれで十分なの! 大体お前はな、趣味に金を使いすぎなんだよ。もうちょっと有意義に……」

「へいへい」


 手塚の前で軽い兄弟喧嘩が始まっていった。蚊帳の外になった手塚は苦笑をしてしまう。


 ただ怒っている晃に対して、玲央はうんざりでもしているのか説教を聞き流している。それは彼女がこういった事に慣れている事を意味していた。

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