#10 大群獣ネズミモンスター

 研究員の言う通り、道路を渡った先には浅瀬の川があった。

 

 それに沿って移動すると、次第に街から人気のない雑草だらけの場所へと変わっていく。そして藍がある物を見つけたのである。


「あれか……」 


 雑草のど真ん中にある一つの倉庫。手入れされていないのか古びており、窓が割れたままになっている。

 藍が倉庫へと近付いていき、観察しようと一周をしていく。玲央が後を付いていくと、ふと彼女が「むっ」と立ち止まってしまった。


「観月さん、どうしたんですか?」

「……倉庫の下に掘った後がある……となると」


 確かによく見ると、倉庫の壁の下に穴があったのだ。それも人間が通れそうなサイズである。


 それに対して何かに気付いたのだろうか、倉庫の扉へと向かう藍。見てみると扉が固く閉ざされていたが、何と彼女が蹴りを入れて強制的に開けてしまう。

 強烈な音に呆気に取られる玲央をよそに、倉庫の中が見えてきた。


「やはりな。奴ら、巣を作っている……」


 中も煤けており、錆びれた機材が置かれている。その中央に、巨大な穴が開いていたのだ。

 つまりさっきの穴はネズミモンスターが外に行く為の穴で、この穴はそのモンスターの巣穴という事である。いくら馬鹿である玲央でもちゃんと理解した時、藍が彼女へと言う。


「彩光と言ったな? お前はここで見張りだ。私一人で行く」

「えっ?」

「待機だと言っているのだ。もしネズミが来たら倒してもいいぞ」

「あっはい」


 藍と一緒にいるようにと手塚に言われたのだが、仮にも彼女は先輩で上司。指示をされたら従うしかなく、返事をする玲央。


 藍が「変身……」と口にすると、私服姿から漆黒のコートへと変化していく。そうして魔闘強女アルティメアに変身すると、その穴へと消えていった。

 一人残された玲央は、穴をただ見つめるだけである。


「……積んでたWEB小説でも見ようかな」


 暇でしょうがないので、懐からスマートフォンを取り出す。

 それからWEB小説を読もうとした時、ふと彼女が穴へと振り返る。藍に思う所があっての仕草だが、彼女なら大丈夫だろうと再びスマホへと向き直っていった。




 ===




 穴の奥は洞窟となっている。

 人間が通れる程のサイズであり、なおかつ薄暗い。しかしモンスターの中には暗闇を好む種類もいるので、藍は小型ライト(ご丁寧に可愛いキーホルダー付き)を常備していた。


 小型ライトで光を灯しながら先を進んでいく。その時の彼女の表情には、恐怖の色はなかった。


(あんななよなよした奴をよこすなんて……。手塚さんは私の実力を信用していないのか……)


 歩く途中に、苦い感情が出てくる。

 自分は一人だけで十分――なのに、どうして周りの大人達は一人にさせないというのか。それが理解出来ず、苦悩してしまう。


 それに、仮に相方がいてもあちらから逃げるのに。


『あんた性格暗いねぇ。何でこんな人と仕事しなきゃなんないのか……』

『あ、あの……顔が怖いです……』


 同僚であれ後輩であれ、誰もが自分を敬遠してくる。

 ならば最初から慣れ合う必要がないのでは? そう思って今に至るのに。


(手塚さん達教職員に分からせるんだ。私に仲間など必要ない位、強い存在だという事を……)


 彼女はプライドが高い。誰よりも誇り高い魔法少女でいたいと思うし、これからも強くなりたい。

 それをネズミモンスターとの戦いで証明するのだ。そうすればお節介焼の手塚も分かってくれて……、


「……!」


 目の前の闇に閉ざされた奥。そこから何かが聞こえてくる。

 最初、風の吹き抜ける音かと思っていた。しかし徐々にはっきりしていくそれに、やっと彼女は気付いた。


「……来たな、化け物が……」


 獣の唸り声だ。正体はもはや言うまでもない。

 藍が構えを取っていく。同時に奥から湧き出てくる巨大な影。


「ギイイイイイ!!」


 ネズミが巨大化したようなモンスター。あの子供よりも大きく、両目が赤く光っている。

 藍へと襲い掛かって来るモンスターの牙。しかし藍は寸前でかわし、モンスターの懐に入る。その直後に腹にアッパー。


「ギエエ!?」


 上へと吹っ飛ばされ、叩き付けられるモンスター。藍の前に落下すると、息絶えように動かなくなってしまう。

 しかし安心は出来ない。奥から次々とモンスターが現れてくるのだ。どれも奇声を発し、鋭い牙を覗かせている。


「ふん、掛かってこい雑魚……。

双龍牙拳そうりゅうがけん》、発動……!」


 その時、藍の両腕が赤く燃え上がる。エネルギーが甲高い音を上げ、拳をグローブのように包んでいく。

 超エネルギーを纏った拳を地面に叩き付けた。するとエネルギーが波動となってモンスターに向かい、直撃。吹っ飛ばされるモンスター。


 倒れる個体群の後、追加が迫って来た。それでも藍は双龍牙拳でストレート。次々と向かってくる化け物を倒していく。


「これで終わりだ!!」


 最後の一体となった個体を首を掴んでいき、殴りかかろうとする。

 だがその時、横から音がしてきた。何事と藍が振り向いた瞬間、足に傷が出来てしまう。


「がっ!?」


 血が噴出し、ネズミモンスターを離してしまう。

 藍が攻撃した者を確認するも、そこには誰もいなかったのだ。代わりに洞窟の壁に穴を開いているのだが、ついさっき出来たかのように土煙が立っている。


 攻撃した個体は穴へと潜った――そう推測した藍に、ネズミモンスターが襲い掛かって来た。すぐに拳を振るおうとする藍だったが、その前にモンスターに押し倒され、壁に叩き付けられてしまう。


「くっ……!!」


 背中に叩き付けられた痛みが襲う。その際に迫って来るモンスターの牙。

 それが藍の喉元へと近付き……、


「!? ギアアア!?」

「……!?」


 モンスターが突如として吹っ飛んでいった。

 見てみると、何とモンスターの腹には槍のような武器が突き刺さっている。そしてそれが飛んできた方向へと振り向くと、ある者が向かってきた。


「観月さん、大丈夫ですか?」


 他でもない、地上で待機しろと言ったマレキウムこと玲央だった。

 何故彼女が来たのか? 安心よりも疑問と、ほんの少しの怒りが増してくる。言動も荒くなってしまった。


「待機しろと言ったはずだ! 何故ここに来た!?」

「地上でWEB漫画読んでたら、穴から観月さんの声がしまして……」

「……くっ!」


 洞窟が反響して地上に響き渡ったのだろう。だから彼女が来たと。

 しかしそれが気に食わなかった。こんな自分が他人に助けられるなど、プライドに傷が付けられた気分である。


「助けた事には感謝する。だがここは私一人で十分だ! とっとと下が……」

「でも一旦退却した方が……」

「……!」


 玲央が洞窟の奥を見ている。藍も振り向くと、ネズミモンスターの大群が押し寄せてくるのが見えた。

 言うまでもなく立ち向かおうと構える彼女。しかし突如、玲央が藍を抱き抱えかと思えば、洞窟の外へと走っていく。


「な、何をする!! 離せ!!」

「怪我していますし、一旦戦略的撤退しましょう。その後にもう一回突入すればいいですし」

「私は大丈夫だ!! いいから離せえええええええええ!!」


 振り払おうとするも、マレキウム状態の彼女から逃れる事が出来なかった。

 彼女達の姿が洞窟が消えていく。その間に藍の叫びは響き、洞窟の中で反響するのだった……。

 



 ===




 結局二人は倉庫の外へと退避。一旦そこから離れる。

 なお逃げる者は追わない習性でもあるのだろう。ネズミモンスターはそれ以上追い掛ける事はせず、奥の巣穴へと戻ってしまったのである。


 藍が玲央により、近くにあった川へと案内された。しかしそこで、玲央を乱暴に突き飛ばす藍。


「離れろ、もう十分だ」


 玲央以上の不愛想な表情をし、川へ向かう藍。

 他人に介抱されるのが嫌だったのだ。この時、何か落としたような音がしたものの、彼女は気付く事なく川の水で傷口を洗う。


 深い切り傷が出来ているが、別に重傷といった感じではない。すぐに持っているタオルで傷を巻いて、応急処置を施した。

 これで一応戦える。巣穴に戻ろうと振り返ろうと……


「こ、これは!!」


 と、玲央が声を上げているのが分かった。


 振り向くと、彼女が藍の小型ライトを手にしている。しかもそれに付いているキーホルダーを見て、目を輝かせているのだ(パワードスーツなので本当は分からないのだが)。

 そのキーホルダーは黒い猫をデフォルメにしたようなキャラクター。どこか憎たらしいジト目が特徴的である。


「これってあれですよね!? ニチアサの『魔法少女戦隊マジックジャー』のマスコットの『マジ君』!! しかもこれ限定発売のキーホルダーじゃないですか!! これどうやって手に入ったのですか!?」

「……!?」


 驚くしかなかった。まさかの事態である。


 魔法少女戦隊マジックジャー。彼女の言う通り、ニチアサ(日曜の朝の事)に放送された特撮番組であり、五人の魔法少女の活躍を描いた物語である。昔に放送された物なので、今はとっくのとうに終わってしまったのが。


 それをこの少女は何故か知っていたのだ。しかも男子に人気な番組のキャラクターに対し、こんなにも目を輝かせている(ように見える)。 

 それが、藍にとっては


「ん? どうしました観月さん?」

「……ああ、いや。別に……」

「そっすか。もうちょっと見ていいですか?」

「あ、ああ……」


 マジ君なるキーホルダーを、まるで宝物のように眺める玲央。

 その姿に何とも言えない気持ちになってしまう。何故なら藍は……




 魔法少女戦隊マジックジャーの大ファンなのだから。

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