エピソードⅢ

#13 芋長の芋羊羹

 夕焼けに包まれた、一つの中学校。


 ある街に存在するそれの名前は、真谷中学校。そこには他と同じようにテニスコートが設置され、また多くの女子部員が練習を行っている。


 ラケットで打つたびに響き渡る軽い音。汗水垂らして練習に励む部員達だったが、そんな時に部活終了のチャイムが鳴り出す。

 ここで彼女達が部活動を終了。すぐに校舎へと戻ろうとしていた。


「お疲れ様でした!!」

「お疲れ。君達は先に帰ってて。僕はちょっと素振りの練習をするから」

「はい! 部長、お先に失礼します!!」


 部長と呼ばれた少女に挨拶し、校舎の中へと入っていく部員達。


 誰もいなくなったコートで、部長なる少女は素振りの練習をしていった。振るうたびに飛んでいく汗、そして寄せ付けられない程の真剣さ。まさにその姿はスポーツ少女に相応しい物である。


「……ん?」


 だが不意に彼女が止まってしまった。一瞬だけ、右腕に何かが走ったような気がしたのである。

 だが確認するも、そのような物など見当たらない。気のせいだと思いつつも、再び素振りの練習をする少女。


 ――バチバチッ。


 再び弾けるような音。もう一回見ると、何と青白い電流が流れていた。

 静電気にしては妙だし、痺れも痛みも感じない。そもそも人間にこんな物が流れるはずがない。不思議な現象に、少女が思わず首傾げた……その時、


「ん? えっ!?」


 何と、目の前に巨大な物体が現れたのだ。

 ただ物体と言っても、まるでノイズのような表面で半透明にもなっている。それにノイズのせいで分かりづらいが、よく見ると人型のように見える。


 驚いてしまう少女だったが、人型は一瞬のうちに消えてしまった。右腕の電流も同じである。


「……何だったんだろう? 幻覚……? それとも疲れているのかな……?」

 

 いきなりの未知の現象に、彼女は戸惑うしかなかった。


 その彼女は気付いていない――遠くの方で見ている謎の人影を。人影も人型を見たのか何だろうと首を傾げるも、何でもいいやと言わんばかりに少女を見つめていった。


 その目的は……。




 ===




「さて彩光ちゃん、ここに呼んでもらったのは他でもないわ」


 第六ウィッチ管理課の教職員室。その一つのデスクに、手塚と玲央が向かうように座っていた。


 湯呑に入ったお茶を飲んでいる手塚に対し、玲央はデスクに置かれた芋羊羹をひょいひょい食べている。この羊羹は近くに置かれた箱から、名前は『芋長の芋羊羹』。 

 芋の風味を存分生かしたと評判の高い和菓子であり、玲央の大好物だと言うので手塚がわざわざ用意した物らしい。

 

「まずはこれ。先月の給料よ」

ほう、ふうひょうおお、給料あはまふあざます


 渡された給料を受け取ると、玲央が嬉しそうな顔をする。

 なお口に芋羊羹を詰め込んでいるので、ほとんど何を言っているのか分からない。


「どういたしまして。でもちゃんと飲み干してね。

 さて、次はあなたの変身アイテム『デバイス』。こちらで解析して分かった事があったけど……」


 手塚が片手に持っているのは、金属の腕輪。

 それは玲央がいつも右腕にはめている物で、魔装討女マレキウムになる為の変身アイテムである。これに興味を持った手塚が一週間借り、解析班に回していたとの事である。


 玲央にここに呼んだのも、彼女にその解析報告を伝える為だ。


「普通の状態から変身する事で身体能力が上がるし、特殊能力が使える。まぁ、これは他の魔法少女と一緒ね。

 ただ他と違うのは、このデバイスに変身する為のエヴォ粒子が含まれている事。次に変身者の戦闘を補助する一種のサポートシステムが組み込まれている事だわ」


 普通、魔法少女は自分自身にエヴォ粒子を保有しているらしい。それが玲央ではなくデバイスに含まれている事に、手塚が不思議に思っているようだ。

 そして後者には、玲央も思い当たる事がある。


「サポートシステムって言えば、戦う時に頭の中で思い浮かぶんですよね。ここはキックとかここはパンチとか……ムグ……」

「やっぱりね。身長が一回り上がるのも、その戦闘に適したフォルムにする為なのかも。それでこのデバイスのテクノロジーに関しては、我々の技術とはそう大差はないけど、未だその全機能が開放されていないらしい。もちろんブラックボックスも存在しているわ」

「ムグムグ……ブラックボックスっすか」

「そう、どんな意図があって入れたのか、そもそも何を目的で作られたのか。そのデータはこちらにコピーしたから、あなたが活躍している間に解析させるつもりよ」


 説明をした後、デバイスを玲央に返す。彼女はそれを受け取り、今まで通りに右腕へとはめていった。


「それよりも今まで気になってたんだけど、その腕輪はどうやって発見したの? どう見ても自作とは思えないけど」

「ああ、学校で授業している時に見つけまして」


 あれは一ヶ月前――玲央がマレキウムとして活躍する、少し前の事。

 普段通り教室で国語の授業をしていた時、玲央はサボって美少女絵の練習をしていた。それで絵の休憩時に窓の外を見た時、小さい物体が上から落ちてきたのである。


 不思議に思い、休み時間に物体を取りに行った玲央。その時の物体が、マレキウムに変身する為のデバイスなのだ。


「あの時、何で上から落ちたかなぁって思うんですよね。まぁ、今となってはどうでもいい事ですけど」

「どうでもよくないような……まぁ、解析結果はそう長くならないと思うから、期待して待っててね」

「ほい」


 そう言った玲央だが、あまりそういう事には興味なかった。

 あるのはこの大好物である芋長の芋羊羹を食べ切る事。後は帰った後に食べれる兄の食事や、今後の趣味活動位だ。


 途端、そんな事を思っている彼女の元に、突如として来訪者が。


「手塚さん、エヴォ粒子反応です。それも魔法少女特有の物と」


 扉から入ってくる乙宗紗香。

 第六管理課に所属する魔法少女であり、玲央の上司。そして四つの属性魔法を操る魔光超女『エレメンター』でもあるのだ。

 彼女の報告に手塚が立ち上がる。一方で玲央は相変わらず芋羊羹を食べてばかりだが。


「新しい魔法少女ね! 今すぐ行くわ!

 ほら、彩光ちゃんも芋羊羹を食べていないで!!」

「えっ? あっ! ちょっ、最後の一個!! 一個!!」

 

 最後の一個を食べようとした時、手塚によって連れ去られる。

 彼が言ったようにマレキウム状態は身体能力が上がるが、今の玲央は見た目通りの体力である。男性の手塚に敵うはずなく、ずるずる引きずられてしまう。


 やがて三人が着いた先は観測室である。ここで現れたヴィランを発見し、魔法少女を派遣させる。管理課がいくつの地方に存在するのは、そうやって地方を監視する目的があるのだ。


 観測員達が多数のパソコンに向かっている。玲央達はその一つのパソコンへと近付いていった。


「ここです。南部20キロ先……どうやら学校の中です」

「ああ、それ私の学校ですわ」

「そうなんだ…………えっ、そうなの?」


 しれっと口にした玲央の台詞に、思わず二度見してしまう紗香。

 確かに画像には地図と一点の反応がある。反応がある学校と重なっているのが分かり、その学校の名前が『真谷中学校』なのだ。


「という事は、魔法少女はこの学校の生徒という事ね。

 じゃあ彩光ちゃんと乙宗ちゃん、明日でもいいからその反応と接触してもらうかしら? 魔法少女になりたいのならぜひとも仲間にしたいし、もし無理ならこちらでエヴォ粒子を抜き取って普通の人間として暮らせる事も出来るしね」

「なるほどっすね。じゃあ紗香さん、説明をお願いします」

「えっ? 私?」

「私、説明下手なんで。紗香さんなら説得出来ると思いますよ」


 ニコっとあまり見せない笑顔を見せる。

 だが言っている事は非常にセコい。仕事を暗に押し付けられた紗香が、やれやれと首を振る。


「まぁ、その方がいいかもね。じゃあ私、昼休み時間にあなたの学校に行くよ。下校時間だとその魔法少女に会えない可能性があるからね」

「不法侵入になりますよ?」

「……多分、大丈夫だよ。……多分」

(……いいのかなぁ……)


 新しい魔法少女を捜す為とは言え、色々とアレである

 今度は玲央が呆れてしまう。ただその二人の様子を、手塚は親のように暖かく見守っていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る