#32 迫り来る脅威

 夜九時になった頃。


 もうじきで消灯の時間なので、魔法少女達が各部屋で睡眠の準備を始めている。と言っても女子だけのトークをしたり枕投げをしたり本を読んだりと、お約束の女子タイムを好きにやっていた。


 そんな中である部屋は、


「ああ先生、回復薬を忘れてきたので粉塵をお願いします」

「はいっす」

「ああ丸呑みされた!!」

「今助けるよ!!」


 玲央と七葉達が、またもや携帯ゲームをしていた。

 今度はスマッシュヒッターズではなく、以前に夏樹もやったクリーチャーブレイクズ(携帯版)である。これもまた七葉達が持ってきたと言うので、ただいまプレイ中である。

 

 どう見ても廃人にしか見えない。そのせいか、そばで紗香達が「何て顔をしてみればいい?」と言わんばかりの困惑顔をしていた。


「……本当に好きなんだね、ゲーム」

「ゲームは至高。異論は認める。それよりも紗香さん達、もしよかったらやりませんか? 私の奴貸しますので」

「私はパスだ。ゲームをやると視力が落ちる」


 そう言いながら小説を読む藍。

 にべもなく断れてしまった玲央だが、それでも勧誘は諦めてはいなかった。現にその視線を紗香へと向かせる。


「えっ、私? 面白いのそれ……?」

「まぁ、結構面白いですよ。僕は後でいいので、一回だけでも」


 既に触れた事があるからか、夏樹が紗香を後押しする。

「そこまで言うなら……」と玲央からゲームを借りる紗香。初心者なので玲央が手取り足取り教え、それから実際に狩りをさせる事にした。


 それから数分後、


「ふむ、この素材が足りないんだね……後モンスターを五~六体倒すのか……」

「それと腹を集中的に壊した方がいいんですよね。あっ、ちなみに武器は棍棒の方がいいかと」

「うん、分かった。では早速ご飯を食べて装備を済ませて……」


 完全に洗脳されてしまっている。目がマジになっており、狩りをしている時にも怖い顔になっていたりする。

 藍もこれには唖然顔をしてしまう。一方で、面白さを知っている夏樹が喜んでいる。


「やっぱ紗香さんも、この面白さを分かってくれたかぁ」

「何故こうなったし……」

「「ゲームの力ですよ、ゲームの」」


 玲央と夏樹がハモって答えた。藍の開いた口が塞がらなかったのは言うまでもない。

 一方で紗香がゲームの素晴らしさを知った事に、玲央は嬉しく思っていた。今度はアニメや特撮で、さらに塗り潰そうとも画策をする。


 ――ドンドンドン!


「! 何だ……?」


 その時、誰かがドアを叩いてくる。すぐに藍が扉を開けると、そこにはさっき部屋を案内した少女が立っていた。

 ただ相当走ってきたのか、ハァハァと息を荒立ている。話すのも一苦労のように見えた。


「ハァ……ぜ、全員集合と本部長から……指示が……場所は最初のホールで……」

「だそうだ。彩光達、とっととゲーム終わらせて行くぞ」

「ごめん、もうちょっと……今モンスターが第二形態に……」

「あんたまで熱中してどうするんだぁ!!」


 いつもならここでリーダーシップを発揮する紗香が、この始末である。

 結局藍が強引にやめさせ、玲央達をホールまで連れて行った。その時に紗香が「もうちょっとだったのに……」と嘆いているが、無視されてしまう。

 

 やがて目的地に着くと、最初と同じように魔法少女達がテーブルに座っていた。すぐに玲央達も同じようにすると、舞台にマサユメが現れる。


「寝る前だって言うのに申し訳ない。しかしあんた達でさえ、無視出来ない事態が起きてしまったんだ……」


 彼女が、手元にあるリモコンのスイッチを押す。そうすると背後にあった巨大スクリーンに、映像が映し出された。


 最初それを見て、真っ黒な映像だと玲央は思う。しかしよく見ると、それは海面を映した物だと分かった。


「……何か泳いでいる……?」


 紗香が最初に気付く。そう、海面に巨大な物体が泳いでいるのだ。

 巨大な棘か背ビレを思わせる突起物を生やしており、それをサメのように出しながら突き進んでいる。大きさに関しては、映像からは全く不明。


 誰もが映像を見てどよめいている。仮にも魔法少女である彼女達が、だ。


「先程、本部直属の魔法少女が撮った物だ。さらに今現在攻撃をしているが、未だ撃破されたという報告はない」

「……何なんですか、これは?」


 一人の少女が聞いた。

 映像を見ていたマサユメが、ゆっくりと玲央達の方へと振り向く。


「……ある無人島でこいつの反応を感知した。最初は非常に弱くて起きるのか起きないのかの状態だったが、今はこの様だ。

 名前は『アグレッサー』で、全長は約四十メートル。これまでのモンスターにはない大きさだ」

「……四十メートル……まさか……それでは!!」


 紗香がテーブルから立ち上がった。玲央達が何事かと彼女を見る。

 まるで何かを知っているような姿であり、表情には焦燥感が出ている。それに気付いたか、コクリと頷くマサユメ。


「『怪獣』。怪人、モンスターを超えるエヴォ粒子の産物だ」

「怪獣!? 嘘!!」

「そんなのがいるなんて……」

「てっきりモンスターだけだった……」


 一斉に口々言い合う魔法少女達。その中で、紗香が立ったまま口元を噛み締める。

 一体何を知っているのか、玲央は聞きたくなった。


「どういう事ですか、紗香さん……?」

「前に見た資料映像で言ったじゃない。『動植物がエヴォ粒子に適合するとモンスター化する。さらにこれらが世代交代を繰り返し、いずれ巨大化する』って。それが怪獣って事なの……」

「……すんません、紗香さんのテンション高めの説明しか覚えてません……」

「正直に言ってくれてありがとう!!」


 思い出したのか、涙目になってしまう紗香。

 確かに管理課に所属する時に、資料映像を見せられた事がある。ただ説明役の紗香の方がインパクトあったので、あまり内容は覚えていなかった。


「そこのお嬢さんの説明通りだ。奴は恐らく世代交代というより、地下に潜ってエネルギーを蓄え、あのように巨大化したのだろう」

「何故今まで殺らなかったのですか?」

「休眠状態に入っていたからな。逆に刺激するとすぐに目覚める恐れがある。だから様子見をするしか他なかったのだ」


 ある少女へと、マサユメが冷静に答える。

 そして彼女が、自分が立っている演壇へと手を付いた。鋭くも覇気のある目が、目の前の戦士達を見つめていく。


「ここにあんた達を召集したのは、この日に目覚めるかもしれない怪獣を退治させる為でもあった。だがもう一つある。それは、あんた達がこの合流会を経て、連携を取りやすくする為なんだ」

「…………」

「だがこれは危険な任務でもある。もし降りたいんだったら、すぐに帰っても大丈夫だ。私達は絶対に止めないからな」


 ――彼女の言葉と共に、ホールが静かになる。そんな中で、辺りを見回す玲央。

 お互いに顔を見合わせる少女達が見え、考えているのだと分かる。今までになかった怪獣を相手にするのだから、当たり前なのかもしれない。


 やがてあるグループが立ち上がり、ホールから去っていった。そしてまたあるグループが、さらに別のグループが、ゆっくりとこの場から去ってしまう。

 終わった後には、五十人以上もいた魔法少女がざっと十五人と半分になってしまった。それらを見て、マサユメはゆっくりと、何度も頷く。


「……残ってくれた者には感謝するよ……ありがとう。

 では早速だが外に集まってもらう。必ずアグレッサーを倒すんだよ」

「「「……はい!!」」」


 紗香達が一斉に返事をする。明らかに覚悟の表れだ。

 やがて本部直属魔法少女が、彼女達を外へと案内しようとする。ホールから人がいなくなろうとする中、ただ紗香達だけは残った。


「……玲央ちゃん……」


 未だマレキウムになれない玲央が心配だからだ。紗香達や七葉達が、心配そうに見つめてくる。

 しかし、玲央本人はどこと吹く風だった。しかもいつもしている不愛想な表情に、ほんの少しの笑みを浮かばせる。

 

「ああ、大丈夫ですよ。どうせすぐに直りますって。紗香さん達は先に行ってて下さい。変身出来たらすぐに駆け付けますから」

「……絶対に来てくれよ……。皆、行くぞ」


 先導する藍。夏樹達が彼女の言う通りにして、外へと向かう。

 ただ、紗香だけは最後の最後で玲央へと振り返った。一瞬だけ見つめ合った後、玲央が彼女に対して頷き、彼女もまた玲央へと頷く。


 そうして彼女も、このホールから出て行ってしまった。


「……いつ直るかな……っと」


 がらんどうとなったホール。その中で、玲央が部屋へと戻ろうとする。

 舞台から、マサユメが見つめている事に気付かないまま……。

 



 ===




 とある海上。月が輝いている薄暗い場所で、それは起きる。


「おい、しっかりしろ!! 大丈夫か!!」


 海面の上を浮遊する魔法少女がいる。白いコートが特徴的で、背中には武器である剣が提げられている。

 その彼女が黒いコートをした仲間の少女を抱えていたのだ。負傷しているのかボロボロで、意識もハッキリしていない。揺すっても返事がなかった。


 ――オオオオオンン……。


 聞こえてくる汽笛のような音。白い魔法少女が顔を上げると、それはいたのだ。

 多数の背ビレを持った巨大な生物。本部がアグレッサーと呼ぶ怪獣が、未だ顔を出さないまま潜行している。


 さっきまで彼女達はこの化け物と戦っていたのだが、残念ながら大したダメージはなし。敵を一掃した後、何事もなかったようにとある場所へと進んでいた。


「このままでは……」


 その場所が人口密集地。そこに怪獣が侵入するという事は、尋常じゃない被害が起こる事を意味している。

 もはや止められるのは、陸地にいる若い魔法少女だけ。しかしそれだけで止められるのかどうかは、


 今なお誰も知らない……。

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