エピソードⅤ

#23 一狩り、やらないか?

 時は六月下旬。




「いいか……奴はこの洞窟の中だ。しかも奇襲が得意から気を付けるんだぞ」

「あい」


 銀色に染まった世界――そう言うべきだろうか。そこには白い雪と凍った地面、巨大な氷しか見当たらず、それでいて吹雪が猛烈に吹き荒れている。

 名前は『永久凍土』。文字通り氷に閉ざされた土地であり、冷気に耐え抜く強力なモンスター達が潜んでいる。それは洞窟も例外でなく、さらに暗くて危険な場所である。


 洞窟の前に鎧を着た二人が立っていた。一人は黒く禍々しい鎧を着た青年で、名前は『アキル』。そしてもう一人が白い鎧を着た少女で、『キウム』という。どちらもデザインは違うが、両手には物々しい剣と盾が握られている。


 二人が松明に火をつけ、暗い洞窟へと突き進む。中に入ってみれば、天井から水が滴り落ち、地面に跳ねる音が反響するのが分かってきた。

 この異様な空間を、慎重に進む二人の剣士。彼女達の狙いは、ここに潜むと言う巨大モンスターの討伐である。


「……ん? うお!?」


 その時、天井から長い何かが落ちてきた。

 二人が一斉に回避し、天井へと見上げる。するとそこに張り付いていたのは、まるで蛭のように長く、白い体色をした気色悪いモンスターであった。


「ボオオオオオオオオンン!!」


 さっき襲い掛かって来たのは、このモンスターの長い首である。それを伸ばし、巨大な口で敵を丸呑みすると言うのが得意戦法なのだ。


 近付いて来た首を回避し、そこを剣で斬り付けるキウム。そのダメージにより落下するモンスターに、さらに剣を振りかざるアキル。


「俺も続く……なっ!?」


 そんなアキルへと大きな口が迫り、一瞬にして喰われてしまった。

 中で彼が暴れているのか、もごもごとモンスターの口が動いている。まさに絶体絶命の状態であった。


「くそっ!? 悪い、援護を!!」

「はいはい……ってしまった、ドリンク飲むの忘れてた。げっ、砥石もやんなきゃいけないじゃん」

「おおおい!? お前が攻撃しないと拘束が――あっ」


 キウムが吞気にしている間、アキルの死亡が確認された。

 その証拠に、モンスターが消化でもしたのかゲップをしている。姿と相まって非常に気持ち悪い。


「やられてしまったよ、出来れば失敗なしでやりたかったのに!」

「最近金欠だからね。ちゃんと骨は拾ってくるよ」

「いやいや、あいつに丸呑みされて骨も……」




 ――ピーンポーン。




「ん? 誰だろう?」


 その呼び鈴に気付いた、アキルこと晃。

 実は玲央と晃が共に休みなので、一緒に据え置きゲームをやっていたのだ。題名は『クリーチャーブレイクズ』であり、十年以上も世界的大ヒットを誇る狩りゲーム。さらに最近発売された新シリーズが、今までより進化したグラフィックとシステムをしているとして評判である。


 ただ誰が来たようなので、一旦中断する二人。晃が玄関に向かっていくので、玲央はすぐにポーズをかけた。


「ん、君は……?」

「あっ、初めまして。僕は織笠夏樹と言います。玲央ちゃんはいますでしょうか?」

「夏樹さん? いますよぉ」


 玄関にいるのは夏樹のようである。

 早速玲央も向かうと、そこには晃の他に玄関に立っている夏樹がいる。さらに彼女が包装された箱を持っていた。


「ああ、玲央ちゃん。これ、手塚さんからの差し入れだよ。甘いのが好きだから口に合うだろうって」

「おお、ブランド物の高級チョコビ。すいません、わざわざ」

「いやいや、今日は仕事は終わったし。それよりも……」

「あっ、ごめん。俺は玲央の兄の彩光晃。とりあえず中に入ろっか」

「あっ、すいません……では失礼します」


 早速夏樹を中に入れる晃。途中で「君の話は聞いているよ。妹が世話になっててすまないな」「いえいえ、あの子には本当に助かってますよ」と世間話が繰り広げられる。

 と、夏樹がポーズをかけたゲームに気付いた。視線が食いついており、実に興味津々である。


「これ何?」

「今、大好評の『クリーチャーブレイクズ』。2004年から続いている世界的大人気狩猟ゲームで、今作は前作とは違ったグラフィックで……」

「誰がそこまで言えって言った。とにかく今ゲームやってたんだけど、織笠さんしてみる?」

「ん~、やった事ないですけど、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だよ。玲央の奴、人に教えるのが得意だから。という訳で玲央、任せた」

「あいさー。ささっ、どうぞ」


 少し不安そうな夏樹だったが、それでもゲームを伝授させる玲央。

 彼女は勉強を教えるのが大の苦手だが、ゲームなら物凄く得意である。少々複雑な操作を手取り足取り教え、夏樹を短時間で一人前の狩人に仕立て上げた。


「どうですか?」

「うーむ慣れたかな……でもこれ血しぶきが出るんだね」

「CERO:Dですからね。まぁ、慣れれば快感になれますよ……多分」

「うーむ……大丈夫かな……」


 ――数分後。


「よし!! 玲央ちゃん追い込んで!! ここで僕が!!」

「ほいっす! よし、そっち行きました! ぶっ殺して下さい!!」

「ああ! くそっ、僕に傷を付けるとか!! これでも喰らえ!!」

「………………」


 あれだけ苦い顔をしていた夏樹が、今となっては狩人を通り越して狂戦士となっていた。

 これには傍から見ていた晃がドン引きをしている。ゲームに宿る魔力がそうさせたのか、それとも玲央の洗脳を受けているのか――もっとも玲央自身は、ただ操作方法を教えただけに過ぎないのだが。


『グエエエ!!』

「よし、勝った! 勝ったよ玲央ちゃん!!」

「おめでとうございます!! レア素材も出たしよかったです!!」

「ありがとう! いやぁ、ゲームをやってると本当に面白いねぇ。

 ……そうだ、玲央ちゃんはアニメとか特撮が好きだったんだよね。それ興味あるから、よかったら聞かせてくれないかな?」

「ああ、それならロボットアニメがいいかと。ちょっとBDを部屋から持ってきます」


 そう言った玲央が、自分の部屋へと向かおうとした。

 すると、そこに響き渡るインターホン。思わず足を止めてしまい、玄関へと振り向いてしまう。


「もう一回? 今度誰?」

「……あっ、ちょっと待ってくれ玲央。俺が……」


 晃が何かを知っているようであった。しかし玄関と部屋が近い事もあって、玲央の足がそのまま玄関へと向かってしまう。

 すぐに扉を開けてみると、何かいい香りがしてきた。そうして扉の奥から見えてきたのが、一人の若い女性。


「あら、可愛い女の子」

「……?」


 女性の外見年齢は、大体晃と同じ位のように見えた。

 服装はノースリーブとショートパンツと、今どきの若者らしいラフな服装。茶髪のウェーブが特徴的で、さらに薄化粧がされた顔立ちが綺麗である。


「ああ……ええと……どちら様で……?」

「ああ、ごめんね。私は……」

篠原琴音しのはらことねさん。俺と同じサークルの人だよ」


 二人の背後から、晃がそう答える。

 一瞬兄へと振り返った玲央。そうして琴音という女性に向き直すと、彼女がニッコリと微笑むのだった。


「あなたが妹の玲央ちゃんでしょ? これからもよろしくね」




 ===




「ハァハァ……何なのよ! 何なのよ!!」


 どこかの廊下に、激しい靴音が反響する。


 一人の女性がその中を走っていたのだ。荒い息を吐き、時々背後に振り返ってはそんな事を叫ぶ。明らかにそれは、誰かに追われているような姿である。

 やがて女性がある部屋へと入った。誰もいない広い教室であり、すぐに机の下へと身を隠す。


 息を殺して様子を見守る。来ないでと心の中で呟きながら、その身体を縮みこませる。


「………………来ない……かな……」


 気配が一向に感じられない。ついでに足音などが全く聞こえなかった。

 どうやら撒いたようであり、ほっと息を吐く女性。そうして机に隠れながら、隙を付いて逃げようと思っている。


 ――ハアアァ……ハアアアァ……。


 しかし、それは聞こえた。

 それも前などからではなく、天井からだったのである。一瞬固まってしまった女性であるが、確かめようと上を向いて……


「イ、イヤアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 断末魔が、教室に響いていくのだった……。

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