#39 禍々しき漆黒の影
ある昼の事であった。
第六管理課では、研究員による魔法少女研究が行われている。所属している魔法少女の体調管理、スペックの見直し、そして力の源であるエヴォ粒子の解析。
その中で、教職員の手塚実が机に座ってパソコンとにらめっこをしていた。飄々している彼から程遠い真剣な表情で、どこか近寄りがたい。
「手塚さん、何をしているんですか?」
そこに同僚の女性がやって来たのである。彼女が持ってきたお茶を、さりげなく机に置く。
「ああ、ありがとう。いやね、マレキウムになる為のデバイスあるじゃない? そのブラックボックスのコピーを解析している所なのよ」
そう言った手塚が、パソコンの画面へと指差す。
そこにはノイズか崩れた文のような何かが表示されていた。画面がバグっているようにも見えるからか、女性が「このパソコン大丈夫なんですか?」と尋ねる。
「壊れてないから大丈夫。それよりもやっぱ怪しいとしか言いようがないわね。まるでブラックボックスというより……リミッターを掛けているようにしか思えないし……」
「一体何の為でしょうかね?」
「それを調べるのが私の仕事という事。まぁ、まだ時間はあるしぼちぼちやっていくわ」
キーボードを打って解析を始める。まずはこのノイズのような物を日本語にし、読みやすくする所である。
邪魔してはならないと察したのか去っていく女性。その間にも手塚が黙々と作業をするのだが、そこにスマホの着信音が鳴り出す。
「何なのかしら……。はい、もしもし…………えっ? それは本当? ……分かったわ。すぐに彼女に連絡するわ」
電話の内容を聞いた手塚が、急に血相を変えたのだ。
すぐに電話を切って、ある女性の電話番号を素早く押す。そうして繋がるのを待つと、その女性の声が聞こえてきた。
『もしもし、どうしました手塚さん?』
「ああ、乙宗ちゃん? どうも緊急事態が発生らしくて……今から座標を送るね」
『緊急事態って……?』
やはりと言うか、電話先から聞き返してくる。
手塚は彼女へと、少し重い口調で答えたのだ。
「どうやら殺害現場があるらしいのよ。それもモンスターのね……」
===
ある浅瀬の川に一人の少女が到着した。先程手塚と連絡をしていた紗香である。
この場所はかつて、玲央と藍があるモンスターと戦った場所でもある。その川を辿った後に廃倉庫を発見し、その近くへと向かう。
「……これは酷い……」
ある光景が目に入った。彼女が不快感を示しながら、ポケットから取り出したハンカチで口元を抑える。
廃倉庫の近くには、三体の巨大なネズミがいた。前にここで確認されたデビルラットであるが、どれも死体となっており、なおかつ肉食獣に襲われたように悲惨な物になっている。
実はここにモンスターの反応があったので研究員が確かめた所、この死体を発見したそうである。発見から時間が絶っているせいか、死臭と思われる臭いが充満しており、あまり長居はしたくない程である。
「……あっ、もしもし。目的地に玲央ちゃんが倒した事があるデビルラットが三体。どれも報告通り、何者かに襲われたように殺されています」
スマートフォンで手塚へと連絡をする紗香。
相手先の手塚が、その報告に『ううむ』と唸るような声を出した。
『ネズミ同士が争ったと言えば簡単だけど、それに関しては妙に匂うわね……他に気になるような物はある?』
「そうですね……ん? 何これ……?」
ふと、紗香がある物を発見する。
彼女の視線の先にあるのは、倉庫の壁であった。そこには何と引っ搔き傷が残されており、なおかつ人間をも斬り裂けるのではないかと思う程に大きい。
明らかにデビルラットのそれではなかった。そう察した紗香が手塚に報告する。
「倉庫の壁に巨大な引っ搔き傷があります。それもデビルラットよりも大きな……」
『恐らく、それを付けたのが犯人のようね。てっきりモンスターを倒しているから魔法少女かと思ったけど……何か怪しいわ』
「魔法少女やヴェパールなら、こんな惨い事はしないですからね……。引き続き調査を……」
『……いや待って! 新しい報告が来たわ!』
「!」
急に手塚が叫ぶ。それに部下と話しているのが、電話越しでも分かった。
待っていると彼からの報告が聞こえてくる。それも焦ったような口振りで。
『乙宗ちゃん、北部三百メートル辺りにモンスターの反応があるわ。しかも謎の反応も一緒よ!!』
「もしかしてそいつが……。了解です、すぐに急行します」
『ええ、頼むわよ。後で織笠ちゃんをよこすから』
電話を切った後、すぐに魔光超女エレメンターに変身。《アイスボート》を使って飛行をした。
やがて数分も経たずに目的地へと到着。そこは樹木に囲まれた広場があり、木材や何らかの機械が無造作に置かれている。
「ギャアアアア!!」
そこにはとんでもない光景が繰り広げていたのだ。
二体のデビルラットと一体の黒い影。その影が一体のデビルラットを捕まえ、腕力だけで引き裂いてしまう。
バラバラになってしまったデビルラットを見て、思わず紗香が目を背けてしまう。だがよそ見は禁物――すぐに振り向くと、謎の影が残り一体を踏み潰しているのが見える。
未だその存在は、紗香に気付いていないようである。つまりは奇襲が出来るという事だ。
「我が敵を凍てつかせ……《アイスニードル》!!」
ヤルングレイプから《アイスニードル》を放った。それが黒い影の足元へと着弾し、超低温で瞬時に凍らせる。
これで影の動きを止めた。そうして彼の背後へと、紗香が降り立つ。
「そこまでよ! 大人しく……」
――バキバキッ!!
鈍い音と共に、足元の氷を砕いた謎の影。
そのまま宙返りジャンプをし、紗香の背後へと回ってしまう。すぐに彼女が振り返るも、そこに蹴りを入られてしまった。
「キャッ!?」
紗香が地面へと転がってしまう。すぐに体勢を整えて顔を上げるも、そこには誰もいない。
慌てて周りを見渡した時、彼女の頭上に影が出来上がる。見上げると敵が踏み潰そうとしており、それを回避。
そうして改めて敵の姿を確認して……
「……!?」
戦闘中であるにもかかわらず唖然としてしまった。その姿を見た紗香が一瞬固まる。
しかし敵の方は好機とばかりに接近。紗香は右手から出した《サンダーソード》で対応しようとするも、その腕を掴まれてしまう。
「ぐうう!?」
腕を握る握力が強かった。骨が砕けてしまいそうになる。
さらに紗香の首を鷲掴みにする敵。明らかに絞め殺そうとする勢いには、紗香ですら攻撃を忘れてもがいてしまった。
そんな中で彼女は見る。自分を冷酷に見つめる、禍々しい赤い瞳を……。
『紗香さん!!』
その時、ある声が聞こえてきた。さらに敵へと金色の剣が振り下ろされる。
気付いた敵が紗香を蹴り飛ばし、斬撃から回避。木材の山に叩き付けられた紗香を尻目に、敵が背を向ける。
そうして赤い光を噴出しながら、飛行逃走してしまった。
「……ゲホッ……!! ゴホッ……!!」
「紗香さん、大丈夫ですか!? 紗香さん!!」
咳き込む紗香の元に近付いたのは、さっき助けてくれた夏樹だった。
近くにはメリュジーナが置いてあり、謎の敵を攻撃しようとしたブレードを握っている。あの剣で助けられてなかったら、今頃絞め殺されていただろう。
「……ありがとう……夏樹ちゃん……でも奴は……」
「分かってます。紗香さんはここで休んでください、私が奴を捜しますので」
「……気を付けて……奴は凶暴よ……何をしでかすか……」
「……あの死体を見れば分かりますね……用心しておきます!!」
デビルラットの成れの果てを見て、息を呑む夏樹。
しかしあの敵を放置するとどうなるのかというのは、彼女もよく知っている事。すぐにメリュジーナへと乗り込むと、スラスターを吹かして飛んでいく。
「……あれは……まさしく……」
木材に寄り掛かった紗香が、襲い掛かった敵の事を思い出す。
間違いなくあの存在が、今回の殺戮の原因と思われる。最初、デビルラットと違うモンスターの仕業と思っていたが、そんな生ぬるい物ではないと実感した。
あの敵は、
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