#38 玲央を巡る争い(笑)

 七葉とは一ヶ月前、一緒に怪獣を倒した仲である。あれから連絡はしなかったが、まさか彼女から来るとは玲央も思ってもみなかった。


「初めまして、第十二ウィッチ管理課に勤務している星野七葉と言います」

「あら、礼儀正しい子。私は篠原琴音、よろしくね」

「…………」

「…………」


 しかし今、玲央を中心に修羅場へと突入している。


 七葉と琴音がテーブルで向かい合っているが、何故か空気が重い。二人とも笑顔なのにどこか怖いし、色々と鈍感な玲央でもここから離れたいと思ってしまう。


「星野さん、何でここに?」

「あっ、失礼しました! 実は先生に会う為に、はるばる勤務先の千葉県からやって来ました! ちょっと電車音痴なので三時間以上迷いましたが」

「ちょっとと言えないような……それで私に何の用で?」


 玲央が尋ねた途端、何と七葉が立ち上がる。

 さらに玲央へと頭を下げ、部屋中に響かんばかりの声で言ったのだ。


「お願いがあります! どうか弟子にして下さい!!」

「……えっ? それ無理ですよ……」


 突然そう言われても困惑するしかなかった。 

 そもそも玲央は(ゲームなどの趣味以外)教えるのが下手である。いきなり弟子にしてくれと言われても、ハイと返事できる訳がない。


「では、そばに置いてくれるだけでもいいので!! もちろん戦闘の際にはお手伝いしますよ!!」

「別にそれならいいですけど……どうしてそこまで?」

「……単刀直入に言えば、まだまだ自分は未熟だと思っています。新入りという事もありますが、攻撃力も低いですし、おっちょこちょいな所もありますし。だから管理課に許可をもらって、アグレッサーを倒した玲央さん達のいる街に向かおうと思ったんです。

 ちゃんと力が身に付くまで、元の街には帰らない事にはしましたので」

(……真面目なんだな……)


 ただならぬ雰囲気の七葉を見て、思わず玲央はそう思ってしまった。

 それに彼女が本気である事が、ありありと分かる。ここで追い返すのは失礼に違いない……


「という事で、ここに寝泊まりさせて下さい」

「いやいや、それはおかしいです」


 ……と思った自分が馬鹿だったと、玲央が確信をする。

 いきなりの寝泊まり宣言には、思わず突っ込みを入れてしまった。


「実は手塚さんに連絡した所、部屋をいつでも用意してくれるそうですが、それはキャンセルしました。やはり先生のそばにいた方がタメになりますし」

「それは困りますよ。それに兄がOKって言ってくれるかどうか……」

「そうそう。それにこの子には私がいるんだし」

「ムッ!? ヴェパール……あなた、先生をたぶらかすつもりですね!! 離れて下さい!!」

「あら、私の事知ってたの。それは光栄だわ」

「送られてきた資料を読みましたからね!! それにあなたを信用してませんし、胡散臭いとも思っております!!」

「どうぞご勝手に~」


 玲央の腕をくるんでる琴音に、怒りを露にする七葉。

 二人が口論している間にも、玲央が無言ながらも青筋を立ててしまった。ブチ切れる気力はないが、このまま姿を消そうかと思う始末である。


「ただいまぁっと……。あれ、篠原さんと……君誰?」


 ちょうどその時、エコバッグを持った晃が帰ってきた。それに気付いた琴音と七葉が口論をやめる。

 さらにさっきまでの激怒が嘘のように、七葉が初々しく挨拶をした。


「初めまして、星野七葉と言います!! もしかして先生のご親族で?」

「先生……? ああ、玲央の事か。まぁ、兄の晃ですけど……」

「やっぱり! 髪の色が同じだからそうだろうと思いました! それよりも食材を見るに、もしやオムライスを作るようですね……よかったら私が作りましょうか?」

「えっ? いや、いきなりお客さんに作らせるのもあれだし、別にいい……」

「大丈夫ですよ! ささっ! 座って座って!!」


 有無を言わさず晃からエコバッグを奪い取り、椅子に座らせる。

 それでポカンとしている晃を尻目に、七葉の料理が始まる。この間、もし不味い物を出されたらどうしたらいいだろうと、玲央が一人苦悩をしていた。


「はい、出来ましたよ! よかったらお兄さんも食べて下さい!!」

「……あれ? 私のは?」

「はい? ないですよ」

「…………」


 数分して、玲央と晃の前にオムライスが置かれた。なお琴音の分が用意されていないが、七葉からして意図的だろう。

 玲央が見る限りでは、チキンライスや半熟の玉子などが綺麗な印象がある。しかし大事なのは味なので、早速口に入れてみる。


「……うめぇ……」

「ああ……俺よりも美味いかも」


 味も完璧であった。玉子の甘味やチキンライスの酸味……それらが複雑に合わさって何とも言えない旨味となっている。

 いつしか玲央はバクバクと頬張るように食べていた。晃ももう一回食べて、うんうんと頷く。


「いやぁ、どれも味付けが完璧だな……凄いよ君」

「いやぁ、そう言って下さると嬉しいですねぇ! あっ、申し遅れましたが私は彩光先生の弟子でして、修行目的でこちらに来ました。それでいきなりで失礼ですが、私をここに泊めてもらえませんか?」

「……弟子と言うと魔法少女かな? まぁ、空き部屋が一つあるけど……二~三日くらいか?」

「いえ、しばらくはいたいですね。でもご安心下さい。ちゃんと家賃は払いますし、しかも掃除や食事などあらゆる家事を何なりと! どうです、悪い話ではないのですが?」

「家賃と家事ね……そう言う事なら……」

「やった、ありがとうございます! 先生、よかったですね!!」

「…………はぁ……」


 晃から許可をもらった七葉が嬉しそうな顔をするが、逆に玲央は微妙な気持ちである。

 別にいて欲しくないという訳ではないのだが、何か釈然としない。だからか彼女に対しての返事が、妙にはっきりとしなかった。


「……じゃあ私も泊まる!! いいよね、彩光君!?」

「いや無理だよ。もう空き部屋ないし」

「…………」


 一方で断れてしまった琴音は、手を挙げたまま固まってしまうのだが。




 ===




 夕焼けに染まった道路を、一人の少女が歩いていた。ある高校の制服を着崩して、鞄を肩に担いでいる。

 名は観月藍。たった今母校を出て、家に帰っている途中である。


「…………」


 その彼女が険しい表情を浮かべていた。今、彼女はある事を考えており、それが頭の中で渦巻いている。

 

 他ならぬ魔装討女マレキウムの事だ。あれは敵と戦うたびに力を増している。韮澤凱に対して『《Absorbアブソーブ》』や、怪獣アグレッサーに対しての『マレキウム・ウォラトゥス』。それでいてもう先がないと言い切れないし、何が起こるのかも分からない。


 まるで成長というよりかは自己進化である。不明な所がいくつもあるものの、それでも強大な力である事には変わりない。


(……もっと強くならなければな……)


 玲央に遅れないよう、もっと力を付ける必要がある。

 彼女は色々と不真面目だが、それでも共に戦う大切な仲間である。だからこそ、力を付けて対等に立つ――それが藍の目標となっていった。


「……ん?」


 その時、藍が不意に立ち止まったのである。

 彼女が振り向いた先にあるのは、道路の細い抜け道。だが何かに気付いたかのように、彼女がおもむろにそちらへと向かう。


 彼女が見た物は……。

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