#15 玲央の崇高なる目的(笑)

「今日はこれで終了です。皆さん、気を付けて帰って下さいね」


 女性教師の宣言をもって、帰りの会(ホームルーム)が終了した。生徒達が一斉に教室から出て行く。

 その中で、玲央もまたすぐに学校から帰ろうとしている。今は金がないのでまっすぐに家に戻り、SFゲーム『オモロイド』をやろうと思っていたが……、


「お、織笠先輩!! お疲れ様です!!」

「お疲れ様。ところで、ここに二つのおさげをした少女がいないかな? 確か彩光玲央さん……」

「あっ、います!! 彩光ちゃーん、織笠先輩が呼んでるよぉ!!」

「あぁん?」


 ドアから自分を呼ぶ声がしたので振り向くと、同級生とあの織笠夏樹が立っていた。

 その夏樹が彼女へと気さくに手を挙げる。なお人気者の彼女らしく、周りの生徒達が恍惚となり、果てはスマートフォンで撮影している者もいる。まさにアイドルのような扱いと言っても過言ではない。


「ごめん急に。ちょっと付き合ってくれるかな?」

「……? 別にいいですけど……」

「えっ!? 付き合う!? 彩光ちゃん、いつの間に!!」

「キマシタワー!!」

「ちくしょう!! 俺よりも先にあの人を取るなんて!!」


 周りから色々な声が聞こえるも玲央は無視。夏樹の方も慣れているのか、彼女を連れて教室を出て行く。

 途中に玲央は不思議に思っていた。まさか夏樹から来るとは思わず、さらにはどこかに連れて行かれそうになる。


 明らかに何かあったに違いない……そう思うのも無理はなかった。


「あの……どうしました先輩?」

「あ、ああ……ここでは話しづらいから、目的地に着いたらね」


 そう口にする夏樹は、どこか不安に満ちていた。




 やがて二人は下校途中にあるレストランへと到着。ここは以前、晃や手塚と一緒に来た場所であり、彩光兄妹の行きつけでもある。

 二人は窓際のテーブルに座る事にした。ウエイトレスに注文をした後、夏樹が先に話しかける。


「君も魔法少女だったんだね……その、戦いってどんな感じ……?」

「ん? まぁ、普通の化け物を退治する感じで……。自分はパワードスーツを着てるんで、あまり怪我はしてませんし……」


 思った事を、ただただ口にする。

 対し「そうか……」と呟き、黙ってしまう夏樹。その姿はどう見ても悩んでいるそれであり、玲央はただ様子を見守るしかない。

 やがて彼女が口を開いた。どこか思い詰めた、深刻そうな表情で。


「分かっているんだ。最近怪物とか怪人とか現れて人々の生活を困らせるの。もしかしたら自分達の学校に来るかもしれないし、そうなればテニスどころじゃない。でも……」

「でも……?」

「仮に魔法少女になったとして、果たして上手く出来るのか……そう思うんだ……」

「? 上手く……?」


 思いがけない言葉に、思わず玲央がオウム返ししてしまう。それに釣られて頷く夏樹。


「いきなり未知の力を手に入れて、正直僕も戸惑っているんだ。そんな状態で怪物と戦う事が出来ると思えないし、もしかしたら足手纏いになってしまうのかもしれない……。

 だから魔法少女になったらと思うと、気が滅入てきて……」

「…………」


 言いたい事は何となく分かってきた。要は慣れない初めての仕事で、上手く立ち回る事が出来るかどうかだ。

 怪物退治に縁のない彼女なら当たり前である。当たり前なのだが……。


(……やべぇ……ガチな質問だ……)


 玲央はこういう真面目な質問にめっぽう弱い。てっきり「魔法少女はどういった仕事をするのか」とか「彩光さんは一体どんな能力を持っているのか」とかポピュラーな方が来ると思ったが、こういったシリアスな方だと困惑してしまう。


 気を紛らわす為にオレンジジュースを飲み干していく。その間に彼女は言葉を考え……


「……上手い事を言えないのですが……自分がやりたいようにすればいいんじゃないですかね……」

「自分がやりたい……?」

「はい……。私はただ魔法少女だから、怪人退治をしているだけなんすよ。それと同じように、織笠さんもそう言った難しい考えをしないで、やりたい事をやればいい……かな……」

「……じゃあ逆に聞くけど彩光さん、君が怪人退治をする目的はなんだ……?」

「……それはもちろん……」


 目的など決まっている。

 先日のデビルラット退治の時には言いかけてしまったが、今度ばかりは断言出来る。


「自分の趣味を守る為です」

「……自分の趣味?」


 呆気に取られる夏樹。一方で、玲央の表情は真剣その物だった。

 

「そっす。アニメ、漫画、ライトノベル、ゲーム……これは私にとって人生その物なんです。だけど怪人が暴れちゃったら、その人生その物を売ってくれる店が壊れてしまう」

「……えっと……人々を守る為とかじゃなくて……?」

「一応考えてますよ。ただどうしても、あれだけは守りたいんです。

 至福のひと時を、悪党達に壊されたくないんです!!」


(場違いな程に)燃える瞳で、そう断言をする。

 彼女にとってアニメなどは、人々と同じく守るべき存在である。その為ならば魔法少女になって戦う事を辞める訳にはいかない。

 

 これが玲央の『自分がやりたい事』なのだ。そしてその言葉はの受け売りなのだが、彼女自身それを大切にしている。

 

「……なるほど……ね……。でも、そういう考えがあるんだな……」


 ドン引きをしているも、どうやら納得してくれたようである。

 夏樹が考え込むように険しい表情をしている。そんな彼女をよそに、玲央はウエイトレスが持ってきたステーキにありつく事にした。


 魔法少女になるのかは彼女次第なのだから。

 



 ===




 夏樹が玲央に相談している時と、ほぼ同時刻頃。


「……ハァ……死にたい……」


 ある道路を一人の男子生徒が歩いている。足取りがおぼつかなくなっており、今にも倒れそうな勢いである。

 今日、夏樹に告白した平野勝だ。彼女に振られた失恋を、この男は未だ引きずっているのである。


「これからどうすればいいのか……」


 夏樹が全てだったのだろう。ショックからか、ネガティブな事をいつも口にしている。

 愚痴を呟きながらも家へと帰ろうとする彼。そのまま泣き寝入りしてしまう程の勢いであったが……


 ――ドサッ。


 突如として目の前に着地する謎の影。平野がうつむいていた顔を上げると、その目が恐怖で見開く。

 影は――明らかに異常な存在であった。持っていた鞄を落としてしまい、震えながら後ずさってしまう。


「なっ……なっ……」


 彼が後ずさっていくも、影がゆっくりと近付いてくる。

 このままではやられてしまう――本能的恐怖を察した平野が、隙を見て逃げようとした。しかし背後に振り返る時、肩に手が置かれ……


「アアアアアアアアアアアアア!!」


 誰もいない道路に、悲鳴が湧き上がるのだった……。




 ===




 真谷中学校は給食制である。


 玲央がクラスメイトと一緒に食べながらアニメトークをかましていた。「あの作画はよかった」など「ストーリーが神過ぎる」などといった物だが、その筋に詳しくないだろうクラスメイトは、ただ苦笑いをしながら相槌を打つだけだった。


 それから給食を経て昼休み――すぐに玲央がある場所へと向かっていく。テニスコートの近くにある樹木の中であり、そこで彼女達が落ち合う事になっているのだ。


「あっ、彩光さん」


 森の中に夏樹がいるのを発見。同時に、奥のフェンスから乗り越えてやって来る紗香。

 これで全員が集合。後は夏樹はどうするかだ。


「こんにちは、織笠ちゃん。そろそろ決まったかな?」


 夏樹が魔法少女でいるかそうじゃないのか。


 大事な瀬戸際なのだから、玲央も紗香も黙って答えを待つ。それを待つ事数秒――やっと夏樹が、その閉ざしていた口をようやく開ける。


「……僕は…………ん?」

「……?」


 夏樹が何かに気付いたようだ。二人がその方向へと振り向くと、誰かがこちらへとやって来るのだ。


「あれは……平野君?」


 夏樹の言う通り、やって来たのは平野である。

 こちらへと向かうなり、すぐに夏樹の前へと着いた。三人が呆然としている間に、彼が昨日のように頭を下げていく。


「いきなりで申し訳ないけど、それでも決心したんだ

 お願いします、どうか僕と付き合って下さい」

(……? 昨日と同じ台詞?)


 何か違和感が感じると思えば、平野が昨日と同じ台詞で告白しているのだ。

 同じ違和感は紗香も感じていたようであり、人目はばからずに眉をひそめる。夏樹もまた、彼に対して不振がっていた。


「あの……昨日言ったじゃない。僕はテニスがあるから君と付き合う事が……」

「いきなりで申し訳ないけど、それでも決心したんだ」

「……平野君……?」


 普通とは思えない異常な仕草。これには、夏樹の表情にどこか恐怖が湧いてきた。

 さらに追い打ちを掛けるように、平野の口からブツブツと言葉が出てくる。どう聞いても、それは通常の人間が発する物ではなかった。


「決心……決心……決心……決心……………………アガッ……ガガガアガ……アガガガアガガアッガガ!!」


 突然、平野が痙攣をし始めた。身体の皮膚が、まるで虫でも埋め込まれているように波打っている。

 すぐに彼から離れる玲央達。一方で平野の身体が変化し、大きく膨れ上がってしまう。


「ガアアアアアアアアアア!!」


 人間とは全く別の姿へと変わっていき、遂には異形の化け物になってしまった。


 ゴリラを思わせるような体系に、全身を包んでいる黒い体表。全長は今までのモンスターよりも大きく、密集した木から突き出している。

 頭部は爬虫類のような獰猛な顔つきであった。赤く濁っている瞳が、目の前にいる玲央達を見下ろしている。


「まさかそんな……!! 織笠ちゃんは離れてて!!

 変身!」

「魔装……」


 困惑する事なく、すぐに変身する玲央達。その姿が変わり、玲央がマレキウムに、紗香がエレメンターになる。

 現れた二人の魔法少女に対し、甲高い咆哮をしていく巨大な怪物。それはまさしく、敵意のある行為であった。

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