#36 マレキウム・ウォラトゥス

 静けさが、この壊滅した街に漂う。

 辺りには木片と瓦礫と煙が見受けられ、足場などあった物ではない。さらにある場所には巨大なクレーターと、周りに散らばった無数の肉片が存在する。


「……結構威力があるんですね……しかも爆発するとか……」

『まぁ……手塚さんが言うには韮澤凱さん製らしくて……着弾すると対象を爆発させる仕組みだって……。理由は知らないけど……』

「「韮澤(さん)が?」」


 その名前に玲央と紗香が反応した。紗香の方は事情があるのか呼び捨てである。

 韮澤凱といえば先日、フォレストフレンドパークに現れた元管理課研究員の事だ。今はヴィランとして収容されているが、まさか対怪獣兵器を製造していたとは二人でさえ思ってもみなかった。


「……多分、兵器が作れると分かって喜んでただろうなぁ……」

「まぁ、助かったしいいじゃないですか。……それよりも、終わったみたいですね」

「……そうだね」


 アグレッサーの肉片を見て、玲央と紗香はそう確信した。

 やがて全員が瓦礫へとへたり込み、変身解除する。一時間以上にも及ぶ長い戦いであったが、奇跡的に死傷者は出なかった。

 

 誰も彼も疲れているが、それでも喜びを分かち合う。


「……あの時はありがとう……それと……」

「いいのよ……それよりも、あんた中々やるのね」

「フフッ、そっちこそ……」


 気付くと最初喧嘩していた二人が仲良くなっていた。まるで少年漫画のようだが、ともあれ一件落着のようである。

 さらに数人の人影がやってくるのを玲央は気付く。見てみると、先程まで街の警備に当たっていた藍達だった。


「彩光達、大丈夫か!?」

「はい、何とか……」


 彼女の言葉に、夏樹がサムズアップしながら返事をする。

 無事であると知って安堵する藍だったが、不意に彼女が背後へと振り返る。玲央達も同じようにすると、ある人物達が立っていたのだ。


「手塚さんに本部長……」


 手塚とマサユメだった。特にマサユメの登場に、魔法少女達の視線が集まる。

 そんな視線も気にせず、彼らがただ瓦礫の中を歩き続ける。そうして着いた先が、他ならぬ玲央だった。


「玲央ちゃん、本部長から話を聞いたわ。あなた、自分が乙宗ちゃん達より劣っているってね」

「……まぁ」


 そう言われて、玲央は適当に返事をした。

 ああ言ったものの、実の所彼女にとってはどうでもいい事だったのだ。好き勝手にやるのが自分らしいと思っているし、別に使命感とかにこだわっていない。


 実にマイペースな玲央だったのだが……


「仲間の危機を救った。あなたはもう、立派な正義の味方よ。だから、自分に誇りを持って」

「…………そっすね」


 そう言われて、悪い気はしなかった。自然と笑みが零れてしまう。

 さらにそこにマサユメが近寄って来る。何も言わずに玲央をただ見つめていた……かと思えば、笑みを浮かばせながら手を伸ばす。


 何を求めているのか知った玲央も、そっと小さい手を伸ばす。やがて二人は握手をかわし、


「痛いんだが……」

「あっ、すいません……」


 玲央の振り方が激しいので、苦言を口にするマサユメ。

 その握手を終えた後、マサユメが疲れ切っている少女達へと向き直る。さらにあろう事か、頭を深々と下げる。


「あんた達はよくやった。本当に感謝をしている……返しきれない程にな……」

「…………」

「そして本当にお疲れ様。お礼に明日いい物をあげよう。それまでゆっくり休むといい」

「「「……はいっ!!」」」


 いい物と聞かれたからか、女の子達の表情に笑顔が出てくる。

 やがて怪獣騒動は幕を下ろしていく。その中で玲央は、また前のように眠たそうになってしまう。

 

 そんな彼女を、七葉が意味深に見つめるのであった……。




 ===




 あれから翌日の事である。

 

 玲央が管理課本部から地元に戻った後、すぐに自分の家へと到着。そこで兄の晃へと昨日の報告をするのだった。


「モンスターだけじゃなくて怪獣もいるって事か……世も末だな……」

「でもまぁ、怪我人が出なくてよかったよ。美味しいケーキももらえたし」

「確かにこれ美味しいわね。何個も食べたくなる♪」

「……そうですね……はい……」

 

 管理課本部が、報酬として高級ケーキをくれたのである。それを持ってきた玲央が晃と、さっき上がってきた琴音と一緒に食べている訳だ。


 琴音が来たのはもちろん晃目当て。だからか玲央が不満を抱いているが、本人はいたって気にしていない様子である。


「……なぁ、玲央」

「ん?」


 イチゴを食べていた玲央に、晃が話しかけた。

 よく見ると表情に悲痛さが出ている。あまり見た事のない顔に、思わず玲央が食べる手を止めてしまった。


「……無茶するんじゃないぞ……もしもの時があったら、俺は……」

「……大丈夫だって」


 言いたい事は分かっていた。聞くまでもない。

 だから玲央は、いつも通りの無愛想な表情で答える。


「アキ君に心配されなくても、私は正義の味方なんだし」

「…………フッ、心配して損したよ」


 晃は怒りはせず、苦笑を出す。

 妹の事をよく分かっている彼だからこその表情か。それ程に二人は、奇妙な絆で結ばれているという事だろう。


「さてと。そろそろ行ってきますわ」

「ん? どこに?」

「ちょっとある場所に。すぐに戻ってきますので」


 そう琴音に伝えた後、玲央がケーキの入った箱を持ちながら外に出る。

 向かう場所は学校でも、管理課でもない。手塚から聞いた住所を元にバスで向かい、郊外のある場所へと到着。


 そこにあったのは、鉄柵に囲まれた不穏な感じのする建物。玲央の到着を事前に聞かされたのか、警備員が快く中へと案内してくれる。


「……ん? ああ、誰かと思ったらあのマレキウムか。何の用だぁ?」


 やがて着いた先が牢屋。その中で、ベッドに寝転んでいる韮澤凱が見える。


 実はヴィランを隔離している収容所だった。ここで彼らを更生させたり、元の人間に戻す研究も行われている。ちなみに鉄格子には電流が流れているので、迂闊に触れては駄目らしい。

 玲央がじっと韮澤を見ていた。囚人服を着ている彼は前とは変わっていない。ニヤケ顔も健在だ。


「韮澤さん、あの時はありがとうございました」


 彼女が韮澤へと頭を下げた。

 それに驚きながらも、「ああ~」と納得する韮澤。


「あの対怪獣兵器プラズマレーザーカノンの事か? いやぁ、前に手塚に作ってくれって頼まれてさぁ、金に糸目付けないって言うから、嬉しくてやっちゃったぜ!! それでどうだった、あの威力!?」

「凄かったっすよ。出力を落とす事が出来るので、そのままメリュジーナ専用武器になるそうな。ですからこれ」


 彼女が警備員を経由して、韮澤にケーキを渡した。

 これにはさっきまで笑っていた彼もきょとんとしてしまう。ケーキの箱を見下ろしながら、呆然と尋ねる。


「何これ?」

「管理課本部からもらった高級ケーキ。お礼にあげますよ」

「……お、おう……」


 未だに戸惑っている様子である。でもこれでいいのである。

 単にお返しをしたかった。それだけでも、玲央はやり切った感があったのである。




 ===




 ――第六管理課。


 ある休憩室で、手塚がソファーに座りながらノートパソコンを睨んでいた。画像にあるのは、マレキウムの3Dデータである。

 エンターキーを押すとマレキウムが変形し、昨日の強化形態へと変わる。改めて強化前と見比べると、非常に刺々しく飛行に適した物になっていた。


「さしずめ『マレキウム・ウォラトゥス』ね。後で彩光ちゃんにも教えとかなきゃ」


 今、報告書を作っている最中である。その為にキーボードを使って、強化形態に『マレキウム・ウォラトゥス』と名付ける。

 ウォラトゥスとはラテン語で『飛翔』という意味。まさに飛行に適した強化形態に相応しい物である。


(……にしても、やはり過剰性能を持っているとしか思えないわ。対怪獣兵器がなくても、ウォラトゥスで倒した可能性が高い……)


 先日聞いた戦闘能力は想像絶する物だった。手塚がそう口にしても、誰も否定はしないはずである。

 特異なパワードスーツ型魔法少女――マレキウム。未だその正体や性能には未知の部分が多い。そもそも玲央がデバイスを拾ったという話もあり、製造者も一切不明。


「……マレキウム、一体何と戦う為のシステムなのやら……」


 独り言が、自然と口に出てくる。

 しかしそれを答える者は、当然ながらいない。手塚は諦めるように、ゆっくりとノートパソコンを閉じたのだ。

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