第38話

 巻き上がる風の中、カンザキは泰然たいぜんたたずんでいた。その背後にひかえるヘリは腹に

暴力装置を抱えた戦闘用である。斜めに突き出した30mmチェーンガンが獲物えものを求めて妖しく光る。


「食い散らせ!」


 ベアトリスの号令一下ごうれいいっか、三体の腐食兵が一斉にカンザキに向け走り出す。

 しかし、その手が届くことは無く、まず一番近くにいた、屋上出入り口を押さえていた腐食兵が、ヘリからの機銃掃射きじゅうそうしゃで胴体を執拗しつように撃ち抜かれ上下に分かれた。


 上半身は勢いをつけて地面に叩きつけられ、血とうみをまき散らしながら一度跳ねて転がった。下半身はしばらく立ったままであったが、やがてひざから崩れ落ちる。


「ちょっとメイ!当たる!艦長に当たる!艦長ハンバーグになっちゃう!」


「当てないわよ、絶対に!」


 ヘリの中で狼狽うろたえるレイラと、対照的に自信を持って答えるメイ。


 普段は顔の右半分をおおっている髪をかき上げ、右目に埋め込まれたレンズを露出ろしゅつさせている。時折ときおり、ウイインという機械的な唸りをあげてカメラのズーム機能のように前後に伸び縮みさせていた。


 これがあふれんばかりの自信の源であろうか。


 カンザキはその場を動かない。彼もまたメイの腕前を信頼しており、当たらないと確信した者の姿であった。むしろ、下手に動けばメイの射撃の邪魔になると考えてのことである。


 残った二体の腐食兵がカンザキに襲い掛かる。と、同時にベアトリスは研究機材から素早くメモリーチップを抜き出し、屋上の端、手すりに向けて走り出した。


 メイは一瞬、どちらを撃つべきか迷ったが、すぐにカンザキの身の安全が第一と判断し機銃を腐食兵に向けて引き金をひいた。


 なまり咆哮ほうこう収束しゅうそくし、二体の腐食兵の体が上から削られるように飛び散った。元は男だったのか女だったのか、若いのか年寄りなのか、腐肉の欠片かけらとなった今ではなにもわからない。


 その凄惨せいさんな光景に、レイラは思わず口を押える。


 一方のメイはそのような感傷かんしょうなど何もない。その眼に宿るものはカンザキをまもろうという使命感とグラサッハらに対する憎悪のみである。


 腐食兵を始末し、すぐにベアトリスを目で追うが、すでに手すりへたどり着き、それをつかんで軽快けいかいに飛び越えた。そのまま、飛び降りる。


 自殺か、という考えはすぐに捨てた。そんなわけがない。腐食兵をカンザキにけしかけたのは逃げるための時間稼ぎだろう。ベアトリスが飛び降りた先に何らかの脱出ルートが用意されていると考えるべきだ。


 ベアトリスに数秒遅れて、グラサッハもまた別方向に走り出し、飛び降りた。


 追撃するべきかと迷ったが、深追いして罠にかけられでもすればたまったものではない。屋上から飛び降りてどういった手段で脱出するのか、それすらわかっていないのだ。


 宿敵しゅくてき好機チャンスを逃してしまったのではないかと未練みれんが残り、しばらく屋上のへりながめていた。頭振って未練を断ち切り、カンザキと合流すべくヘリを着陸させる。


 カンザキはベアトリスが残した機材を調べていたが、メイとレイラの姿を見ると、黙って首を振った。データも手掛かりも、何も残っていない。


用意周到よういしゅうとうね。」


「爆発しなかっただけまだマシさ。」


「…そうね、爆破したほうが早いような気もするけど。なんでかしら?」


証拠隠滅しょうこいんめつの方法として、爆破は確実性かくじつせいに欠けるところがあるからね。機材は粉々になったがメモリーチップの一部は残っていました、では話にならん。すこしくらい手間がかかってもデータの消去を自分の眼で確かめたいという奴はいるだろうな。それともう一つ…。」


「何?」


 視線を宙に置いて、カンザキはベアトリスの容姿を思い出そうとした。


職人気質しょくにんきしつ、とでも言えばいいのかな。」


 そう言って、肩をすくめて苦笑いして見せた。データを一切残さずスマートに去ることが技術者としての美学だということだろう。


 人の命をもてあそぶような実験をしておきながら、そんな人間臭さも持ち合わせる。本当に人の心は理解しがたいものだと、メイは足元に散らばる肉片をぼんやりと眺めていた。


「いずれにせよ、あとは大佐に任せるしかないか…。」


 カンザキは街を見下ろしながらぽつりと呟いた。


 輸送戦艦スペース・デブリが誇る人間兵器、ヴァージル。彼もまたカンザキの召集を受けてこの雑居ビルに到着しているころだ。あの男に狙われて逃れえる者など存在しない、はずだ。


 ヴァージルの能力については誰よりも信頼している。だが、今日に限ってなぜか断言することができずにいた。

 一抹の不安がこびりついて離れない。


 もしもヴァージルの追撃を退けることができたなら、奴らは本物の化け物だ。

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