第5話

 目の前にどこまでも広がる星空。カメラを通してモニターに映し出されているのだが、桁違いに大きなモニターは、ガラス張りで直接宇宙を見ているような錯覚を起こさせる。


 レイラが開拓中の自治領星から出るときは、密航同然にこそこそと旅に出たので宇宙の一部となったような感動も感想も、何もなかった。


 自称、輸送戦艦といういまだに慣れぬ名称の船は、その船体に負けず艦橋部も立派なものであった。


 数十人が詰めて指揮することを想定していたであろう艦橋部はがらんどうとしており、五人の男女が一部にぽつんと集まって運用している。艦の運用はほとんどがコンピュータ制御に任せており、艦長、火器管制員、操縦手、通信手、パイロットがいるのみである。


 格納庫には宇宙船用の戦闘機が用意されているのだが、通常航行中は特に用はないので、実質四人で動かしているようなものである。


 客であり、輸送の見届け役であるはずのレイラまでが、なぜか通信手の席に座ら

されていた。振り回さえることにも困惑することにも慣れ切ったと思っていたが、

どうやら驚きに限界というものは無いらしい。


 操縦手のスコット、戦闘機パイロットのヴァージルとの紹介は済ませてある。いい人なのだろうけど、変な奴。というのがレイラのスペース・デブリの四人に対する共通の感想であった。


「最近のコンピュータ制御はすごいねえ。性能を100%発揮とはいかないものの、この人数でもなんとかなるもんだ。」


 艦長の椅子に背を沈ませたカンザキがまるでのんびりと呟く。挽き立てのコーヒーの香りを楽しむことに忙しいようだ。

 艦長のデスクに上にわざわざコーヒーメーカーを持ち出し、衝撃で倒れぬよう

ネジ止めしていた。


 他のメンバーにしても艦長ほどひどくはないが、デスクにお菓子、ジュースあるいは酒瓶まで持ち込んでおり、まじめに仕事をする気があるのかと問いたくなるような有様であった。

 もしも実際に聞いて、ない、などと返答されたら立ち直れそうにないのでレイラはあえて黙っていることにした。


「まさか客として乗り込んで、艦橋部に専用のデスクがいただけるとは思わなかったわ。ありがたくって涙が出そう。」


 憮然として呟くレイラに、すぐ後ろにデスクがあるカンザキが答えた。


「どれだけコンピュータ制御が発達しようが、人間を置いておきたい部署というのはあるものでね。今までは私が一人で艦長と通信と索敵レーダーを担当していたものだからミスが多発しちゃってね。レイラさんが来てくれて本当に助かっているよ。」


 壁際から呟くような、しかし力強い声が聞こえる。


「これは、お前の旅だ。」


 椅子も机も腐るほどあるというのに、なぜか壁に背を預けて立ったままのヴァージルであった。


 そう、確かにこれはレイラが開拓星へ物資を運び込むための旅である。金は出したのだから後は自分の責任ではない、などとは言わず、目的達成のために手足を動かせというのが彼らの方針なのであろうか。


 良いことを言っているような、うまくまるめこまれたような、いまいち釈然としない気分ではあったが、現状で自分にできることをやる、というのは間違ってはいないだろう。

 むしろ何もしないで部屋に閉じこもっていたら不安でどうにかなってしまうかもしれない。


 覚悟を決めて、ディスプレイにマニュアルを広げた。相当に簡略化されており、

素人でも動かすくらいはなんとかなりそうだ。


 カンザキがまるで緊張感のない声で

「レイラさんや、ひとつ聞きたいことがあるんだがいいかな?」と聞いた。


 そういえばこの数日、人に質問してばかりだったなと思いつつ、この変人たちに

普通の返答をするのも芸がないので

「スリーサイズなら内緒よ。」


「いや、そういう残念かつ残酷な話じゃないんだ。」


 渾身のギャグはあっさりスルーされてしまった。言うに事欠いて、残念かつ残酷とはなんたる言いぐさか。


「ええ、そうでしょうとも。私はどこぞの火器管制員のごとく、ミサイルを持ち歩いてなんかいないのよ!」


「とばっちり!?」


 メイが目を丸くして振り向いた。

 言い方が悪かったことは認めたのか、カンザキがフォローに入る。


「すまない、バカにしているわけじゃないんだ。なんというか、こう、おっぱいの大小は優劣ではない。ジャンル分けだ。小さくとも確かな魅力と需要がある。」


 斜め上のフォローであった。いやらしい顔をしてげへげへと笑いながらこういった話をしているわけではない。まるで新説を発表する学者のように、情熱的かつ

大真面目に語っているのである。


「誇っていい、君は魅力的だ。おっぱいに上下は無い、ただ左右があるのみだ。付け加えると、スリーサイズは女性に尋ねる様なものじゃない。ベッドの上で確かめるものさ。」


「あ、はい。」

 そうとしか言えなかった。


「艦長、何か聞きたいことがあったのではないのか?」


「ああ、そういえばそうだった。」


 ヴァージルが話を促すと、カンザキは自分で聞いてから3分と経っていないのに

今思い出したかのような態度であった。


 こいつは本当に大丈夫なのかとレイラが不安に感じていると、急に刺すような視線を向けて、

「レイラさん、君は海賊に襲われるかもしれない、ではなく。海賊と確実に遭遇するかのように話していたが、それはどういうことだ?」


 隠していたわけではないが、突然のことにレイラの顔は蒼ざめ、言葉に詰まってしまった。


 今までのふざけた雰囲気とは一変し、艦長として事実を明らかにしたいという決意を感じる。相手を油断させてから核心に迫る話術であったのか、あるいは仕事とプライベートの切り替えが早いのか。


 ここで下手にごまかそうとすれば、信頼関係の構築に失敗したとして自治領へ引き返しかねない。レイラの背に冷たい汗が浮き出て流れる。


「海賊とドンパチやるのが嫌だってわけじゃないんだ。それなりに栄えた自治領ならともかく、開拓星の周辺宙域に駐留しているというのは海賊の動きとしてはちょいとおかしいかな、と。」


「豚は肥やして売るのが定石だ。発見して3年、人口8000人程度で削岩機や浄水器を運び込む段階の開拓星を襲ったところで、手に入るのはいくばくかの食料と、銀行屋の手垢にまみれた輸送艦くらいだろうよ。」と、ヴァージルも参加する。


 クッキーをほおばりながら聞き耳を立てていたメイも、今は椅子を回してレイラを見つめている。


「一度や二度、襲う程度ならまだしも。定期便も出ていないようなド田舎に居座れるほど海賊って暇なの?それならいっそ転職したいわ。」


 乾いて張り付いてしまいそうな口をなんとか開き、レイラは少々かすれた声で

「私も、詳しいことを知っているわけではないけど ───。」と、前置きした。


 海賊の都合など、本人らに聞いてみなければわかるはずもない。予想でも構わないと、カンザキとヴァージルはうなずいて見せることで話の先を促した。


「多分、宇宙開拓法がらみだと思う。」


 艦内に静寂が流れる。それぞれが、ああ、とか、なるほど、といった反応を示す。まだ全貌が見えたわけではないが、根の深い問題だということは理解できた。


 そんな空気を、スコットの能天気な声が打ち破った。

「で、宇宙開拓法って何だ?」


 信じられないバカを見る様な視線が一斉に集まった。


「まさか宇宙で飯食っていながら宇宙開拓法を知らない奴がいるとは思わなかったよ。」


「宇宙の男は、機械と女のことだけ考えていりゃあ生きていける!」


「たまにはマニュアルとエロ本以外の本も読め!」


「それ、必要な情報?」


 スコットのあまりにも堂々とした物言いに文句をつける気も消え失せたのか、カンザキはひとつ息をついてから

「じゃあ、状況のおさらいという意味も含めて」と、説明を始めた。


「宇宙開拓法というのは、ざっくり言えば新たな惑星を見つけたら、発見者のものにしていいですよって法律だ。」


「ヒューッ、そいつはロマンチックだ。惑星一個、丸々もらえるとはすごいじゃないか。」


「ところがどっこい、政府もそれほど甘くない。惑星の所有には三つの義務を果たさなければならない。それが納税、自治、航路データの提出だ。」


 興が乗ってきたのか、カンザキは人差し指をピンと立てて講義を続けた。


「税金が払えなければ政府が没収する。暴動が起きて収集がつかなくなったら政府軍が出動して鎮圧、その後没収される。行き方がわからないなんてのは論外だ。」


「あらら、結構きびしいのな。」


 話を聞きながら、レイラは暗い顔をしていた。この話の当事者なのである。

 暴動など起きてはいないが、海賊に航路を封鎖され、今にも干上がりそうになっているのだ。

 物資の買い付けのために開拓星を抜け出してから数カ月。状況は悪くなることはあっても、良くなっているとは到底考えられない。


「海賊対策なんかも自前でやらなきゃならんからな、結構な賭けだよ。人類が居住可能な惑星を発見したら、さっさと政府に売り飛ばすのも一つの選択肢だな。売り払うことを前提とした宇宙探検家なんかもいるくらいだ。もっとも、儲かっているとは聞かないがね。」


「宇宙開拓法のことはわかった。で、それがどうして海賊の話につながるんだ?」


 カンザキが視線を向けて話を促し、憮然としたままレイラが口を開いた。思い出すのも腹立たしいが、説明しないわけにはいかない。


「発見した惑星をね、地質学者のセンセイに調べてもらったのよ。結果、貴重な鉱物やらエネルギー資源がわんさか埋まった、宝の山のような星だって。童話の中ならこれでハッピーエンド、みんなお金持ちになってめでたしめでたし、で済んだんでしょうけどね。」


 センセイと、どこか小馬鹿にしたような物言いをした後、堪りかねたようにデスクに拳を叩きつける。コンソールにもなっているのだから手荒な真似は止めてほしいな、などと考えつつも、空気を読んで黙っているカンザキであった。


「それから一カ月もしないうちに近隣宙域に海賊がうろつきだしたのよ!資源を掘るための重機も!浄水器も!その他生活物資も運べやしないわ!あのファッキン腐れ学者、政府に情報売りやがった!!」


「輸送路を封鎖して、開拓者たちが音を上げるのを待っているわけね。いかにも政府の連中が考えそうなことだわ。」


「だから、何でそこで政府軍?宙域封鎖しているのは海賊だろう?」


 事情を理解してメイが話に加わる一方で、スコットは首をかしげていた。


「さっきの宇宙開拓法を思い出してくれ。どうしようもないほど治安が悪化した場合、政府軍が出動して鎮圧、後に接収することになる。だから海賊たちにとっては物資を奪う意味はあっても、占領することにまるで意味なんてないんだ。」


 キザというべきか、芝居っ気があるというべきか。カンザキは立ち上がり、歩きながら説明を続ける。適切な気温に管理された室内であるにもかかわらず、やはり

トレンチコートは着たままだ。なにかとポケットに物を突っ込む癖があるのか、

立ち止まり、動き出すたびにコートは凶器と化してその身をひるがえす。


「しかし、海賊どもは何の得にもならないのに未練がましく開拓星の周辺をうろついているときた。手つかずの資源惑星を欲しがっているのは誰か?開拓が失敗して一番得するのは誰か?…まあ、裏で繋がっていると考えるのが妥当だろうな。」


 呆けているスコットの肩をポンと叩く者がいる。


「地上げ屋がチンピラ雇って、嫌がらせしてんのよ。」


 メイの率直なたとえ話に、スコットはようやく納得がいったという顔をした。


「降下して皆殺しにしないだけまだマシだな。」


 当事者であるレイラを前にしても、ヴァージルの言葉は遠慮がない。


「さすがにそこまでやったら大事件になるでしょ。捜査の手も入って根掘り葉掘り

調べられるわよ。雇われの海賊どもだって全員縛り首になるわけだし、誰もやりたがらないって、そんなこと。」


「政府としては、田舎者が惑星開拓に失敗したという、いわばよくある話として穏便に処理したいはずだ。武力だの暴力だのは、使いどころを間違えると自分の首を絞めることになるぜ。」


 突如、けたたましい警告音が艦橋に鳴り響く。成り行きとはいえ、通信と索敵レーダーの担当ということになっているレイラは慌てて手元の端末からデータを呼び出した。


 白い指がディスプレイを撫でるたびに次々と新たなウィンドウが浮き上がる。


「敵艦隊発見!数、駆逐艦5隻!」


 ヴァージルを除く他の三人は既に着席し、いつでも動ける体勢を取っていた。

 開拓星を出るとき、海賊を恐れて小型艇でひっそりと出港し、いつ見つかるかも

しれないと怯えていたことを思い出し、レイラは喉まで酸っぱいものがこみ上げて

きそうになるのをなんとか堪えた。


 こちらは最新型の戦艦といえど、たった1隻だ。数の差は如何ともし難い。

 カンザキは海賊ごときどうということはないと、自信たっぷりであったが。今になって思えば、何も考えていないようにも見えた。


 首を回して、すぐ後ろの艦長席に座る男の様子を窺う。眉間にしわを寄せて

正面モニターを睨みつけていた。


 やはり、厳しいのだろうか。このまま逃げ帰るしかできないのだろうか。どうしようもないほどの無力感が体にのしかかる。帰りを待つ者たち、一人一人の顔を思い浮かべ、強く膝を握った。


 カンザキがモニターに映る5隻の艦を睨みつけながら、ぼそりと呟く。


「講義の邪魔をしやがって…。」


 耳を疑った。こいつは今、何と言った?目の前の脅威のことなど歯牙にもかけ ず、仲間との談話を中断させられたことにのみ不快感を抱いていた。


 今度はちらちらと様子を窺うのではなく、体ごと回してカンザキを直視する。


「私は海賊と戦うことを前提として依頼をしたし、この船が最新のトンデモ艦だっていうのもわかる。…でも、本当に勝てるの?逃げても笑わないわよ。」


 カンザキが笑顔を浮かべて頷いた。それはレイラを安心させるためか、あるいは遙か遠くに浮かぶ生贄どもへの嘲笑か。


「駆逐艦5隻か。賊にしてはいいものを揃えている。歓迎のために用意してくれたと思えば感動的ですらある。だが、我々を倒すには…」


 パチンと指を鳴らす、乾いた音が天井に吸い込まれた。なんとも芝居がかった

仕草である。まるで、セリフを忘れて自棄になった役者のようだ。


 レイラの辛辣な感想などまるで意に介さぬように、カンザキは大きく手を広げて、死刑宣告を放つ。


「少しばかり、足りなかったな。」

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