第6話

 宇宙は果てしなく広い。だが、横暴なる権力からの逃げ場所など、どこにも無いらしい。


 5隻の駆逐艦を率いる海賊団の艦長、アルグスは前方のモニターを睨みつけながら、できる限り後ろに座る不快な物体を見ないようにしていた。


「熱源反応あり、識別コード輸送艦。」


 そうした報告は既に受けているが、こちらから出向いて追いかけようという気にはなれなかった。逃げてくれるのであれば、それでいい。


「おい」


 後ろから、横柄な物言いの声がかかる。特に誰の名を呼ぶわけでもなく、おい、だけである。

 そうすれば周囲の者が恐れおののき、尻尾を振って寄ってくるのが当然だとでも思っているのだろう。後で面倒になることはわかっていたが、振り向く気にはなれなかった。


「おい!!」


 今度は怒鳴り声だ。たった一度、対象を指定しない呼びかけを無視された程度で、よくもまるで自分の権利が侵害されたかのように喚き散らせるものだと考えながら、アルグスは面倒くさそうに体を向けた。


「なんです?」


「なんです、じゃねぇだろ!全員、手を止めろ!注目!」


 艦長である自分のみならず、船員たちにまでくだらない話を聞くことを強要しだした。

 いかなる貴人が乗っていようが艦の指揮権は艦長にあり、頭越しに命令を出すことなど許されるはずもない。政府軍の中尉であるこの男は、そんなこともわかっていないのだろうか。


 資源惑星押収の企てのため、お目付け役が軍から派遣されてきた。そこまではいい。だが、海賊船に乗り込んでおいて身分を隠すどころか階級章をちらつかせて威張り散らしているのだから、本物の馬鹿だとしか言いようがない。


 では、そんな愚か者に従わなければならない自分はなんだというのか。アルグスは本日何度目かもわからぬため息をついた。中尉はあいかわらず威張り散らして喚き続けている。


「輸送艦接近!映像、モニターに出ます!」


 通信手の声に、我に返って顔を上げた。なぜ逃げなかったのか、脇を通り抜けて

行けるとでも思ったのか。こうなってしまえば輸送艦を捕えないわけにはいかな い。


 捕えたとして、積み荷の大半はあれこれと理由を付けて政府軍が押収することに

なり、その何割かが中尉の懐に入り込むのだろう。乗組員は全員処分しなければなるまい。

 地上で殺すのであれば問題だが、宇宙で船が消息を絶つことなど日常茶飯事だ。


 誰も望まぬ生贄を、せめて一目見ておこうとモニターを注視する。一瞬のノイズの後、映し出される緑の巨体。


 艦橋部が凍り付く。部下たちは皆、口を半開きにしてモニターを眺めていた。

 識別コードは確かに輸送艦だ。もう一度確かめ、モニターに映し出された艦を見て、また識別コードを確かめる。輸送艦だ。


「輸送艦じゃないじゃん…。」


 アルグスはぼそりと呟いた。それしか言えなかった。

 一体、俺は誰を恨めばいいのだろうか。


「何をしている、撃て!さっさと撃て、クズども!こちらは5隻、向こうはたった1隻だ!集中砲火を浴びせればそれだけで決着がつくだろうが!」


 中尉のヒステリックな怒鳴り声が響き渡る。勝算があるというよりは、この場の空気に耐えかねて喚き散らしているようにしか見えない。


 こいつの言うとおりにするのも癪だが、どうせ戦う以外に道はない。降伏などしても海賊は縛り首にされるのが通例であり、それだけのことをしてきたという自覚もある。


 一戦も交えず逃げたところで、政府軍に処分されるのがオチだろう。寄らば大樹の陰とばかりに政府の裏取引に応じたが、結果として自分たちの首に縄を付けたようなものだった。

 結果、ただ正規軍に属しているというだけで宇宙の作法も知らない愚か者に

いいように使われるという、惨めな気分を味わうだけであった。。


 モニターに映る艦はどう見ても戦艦である。それがとても美しいもののように

アルグスには感じられた。あの艦を航行不能にすれば、自分たちの物になるのだろうか。

 いや、結局は政府に押収されることになるのだろう。ならばいっそのこと、お目付け役の中尉を殺して、あの艦を奪って逃げだすか ────…。


 無意識のうちに、腰の熱線銃ブラスターに手が伸びる。固い感触が指先に伝わったところで、ようやく落ち着きを取り戻した。なんにせよ、勝った後での話だ。


「全艦に通達!レーザー発射用意、全砲門開け!」


 号令一下、船員たちが一斉に動き出す。戦艦の姿にうろたえはしたものの、ひとたび命令が下れば迷いなく実行する。自慢の仲間たちだ、勝てる。右手をぐっと握りしめた。


「全艦、発射準備完了!いつでもいけます!」


「目標、敵戦艦!撃てぇ!」


 艦内に激しい振動が伝わり、数十本の閃光が暗夜を切り裂いて数百万キロメートル先の所属不明艦へと襲い掛かる。着弾まで十数秒。誰もが固唾を飲んでモニターを見つめていた。


 敵はどう動くか、回避行動をとってから反撃してくるか、あるいは逃げ出すか。

 レーザーの半数は電磁波の影響であらぬ方向へと消え去り、もう半分は吸い込まれるように戦艦へ着弾し、爆発した。


「え?」


 あまりにもあっけない結末、棒立ちで受けただけであった。艦内が歓声が沸き上がる。副官に目を向けると、彼も同じように目を丸くしていた。


「これは一体、どういうことだ?あれは戦艦、だったんだよな?」


「本当に輸送艦だったのかもしれねぇな。」


「輸送艦?あれが?」


「普通の輸送艦に、戦艦の皮だけ着せたんじゃねぇかってことだよ。張りぼてだ。

それで俺たちがびびって手を出さなければ万々歳、惑星に逃げ込めるってわけだよ。」


 確かに納得できる話だ。つまらない小細工だが、そんな手段に頼らなければならないほど向こうも切羽詰まっていたということか。


 ふと顔を挙げると、中尉が腕を組み得意げな顔をして見下ろしていた。自分の指示のおかげで勝てたのだぞ、とでも言いたいのだろう。

 戦艦を奪い、こいつを撃ち殺し、フリーの海賊として一から出直すという計画はあっさりと破たんした。それが良かったのか悪かったのか ──…


 宇宙は、仲間思いの海賊に感傷に浸る時間など与えなかった。通信手の悲痛な叫びが艦橋部に響き渡る。


「敵艦、健在!損傷…ありません、無傷です!!」


 電磁波でノイズまみれになっていたモニターが光を取り戻し、敵戦艦の姿を映し出す。攻撃をする前と、なんら変わらぬ姿であった。


「ありえない…、数十発のレーザーが直撃だぞ、無傷だなんてありえない!」


 誰もが狐につままれたような面持ちであった。今は、豚の鳴き声も聞こえない。

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