第7話
「レーザー接近!着弾まで11秒!」
慣れない
「正面、バリア展開!」
「おっけー。」
メイのまるで緊張感の無い、間延びした声が聞こえる。いや、緊張感が無いのは
彼女だけではない。真面目くさった顔をしたカンザキであるが、左手にはコーヒーカップを持ったままであり、操縦手のスコットは背を丸めて、操舵輪の上に腕と顎を乗せていた。
ヴァージルは相変わらず、壁に背を預けて興味があるのかないのかよくわからないような顔をしている。
モニターが光に包まれ、敵の放ったレーザーが雨あられとスペース・デブリに降り注ぐ。
着弾、レイラは自らを抱くように二の腕を掴み、強く目を閉じた。
軽い振動と静寂。自分は生きているのだろうか、それとも痛みを感じる間もなく
蒸発したのか。恐る恐る目を開くと、何も変わらぬ人工的な白い光が広がっていた。艦橋部である。
「少し、揺れたか。」
カンザキはカップの中で褐色の波紋が広がるのを満足気に眺めていた。
「二、三世代前のレーザーなんてこんなもんだよな。散らしてしまえばただのイルミネーションだ。」
「ロマンティックなデートコースとは言えないけどね。あ、そうそうイルミネーションと言えばもうすぐクリスマスじゃない?」
「クリスマス、何だそれは?」
他のクルーも、まるで緊張感というものがない。思わずレイラが
「今は戦闘中でしょう!」と叫ぶと、おしゃべりをやめて持ち場に戻っていった。
その際、スコットが小声で
「よっ、学級委員長!」
と、はやし立てるのを聞き逃さず睨みつけてやると、スコットは肩をすくめて形ばかり操舵輪を握ってみせた。やはり、その表情にやる気はない。
「さて、蛮族どもに最新鋭の艦がいかなるものか教育してやろう。メイ、レーザー発射準備だ。」
「ええ…。私、ミサイルのほうが好きなんだけど。」
「好き嫌いを言う子のところにサンタさんは来ないぞ。」
苦笑いを浮かべてから、メイは正面モニターに向き直る。顔の右半分を覆う錦のように鮮やかな髪をかきあげ、迷いのない動きでコンソールに指を走らせた。
なにやらウイインと小さく、機械の駆動音のようなものが聞こえるが、その音源がどこにあるのか、背後に座るレイラにはわからない。
「回避予測入力、座標確認。」
ピンと立てた人差し指を、コンサートを始める指揮者のように、ゆっくり持ち上げる。
「メリークリスマス。」
語尾にハートマークでも付きそうな甘ったるい声とともに、鉄槌が下された。
軽い電子音の後に、暴力的な光の束が生贄を求めて走り出す。
こちらの攻撃が通じなかった以上、次に来るのは反撃だ、それはアルグスにもわかっていた。
次から次へと予想と期待を裏切る展開が続き、感情が置いてきぼりになっているが、長年宇宙で飯を食ってきた艦長として、理性で船員たちに指示を出していた。
何が起こっているのか完全に理解はできていないが、動きを止めるわけにはいかない。
「反撃来るぞ!全艦、回避行動の後、バリア展開!」
無傷とはいかずとも、正面からバリアで受ければ被害甚大とはいかないはずだ。
この攻撃をやりすごし、5隻を扇状に広げて半包囲すれば充分に勝ち目はある。
数の優位とはそれほど大きいものだ。古来より、囲んで棒で叩く以上の戦術は存在しない。
勝利のための方程式は組み立てた。だが、嫌な予感がずっとまとわりついて振り払うことができないでいた。
「レーザー、来ます!」
「対ショック体勢!」
通信手の叫びに、アルグスは艦長席に身を沈めて、シートベルト状に身体に巻きついたクッションを作動させる。
この一撃、それだけを耐えれば ───…
衝撃と轟音。対ショック体勢をとっていたにも関わらず、千切れ飛ぶのではないかと思うほど頭が前後に振られた。レッドアラートが艦橋に鳴り響く。
体の固定が不十分であったのか、船員の何名かは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「損害報告急げ!」
できれば聞きたくなどない。この衝撃から、無事では済まないどころか相当な被害であることは予測できる。だが、目を閉ざし耳をふさげばその先に待っているのは確実な死だ。
それを踏まえてなお、通信手が震える声で読み上げた内容は、聞いたことを後悔するような内容であった。
5隻のうち、1隻はエンジンに直撃を受けて爆発、撃沈した。2隻は航行不能、いつ爆発してもおかしくないような惨状である。
1隻は損傷軽微ではあるが、それ故にいずこかへ逃げ出した。
慌てふためいて、通常の航路を外れて逃走したので、恐らくは重力波に潰されるか、暗黒宙域で死ぬまでさまよい続けるかのいずれかだろう。逃げたことを恨むよりも、いっそ哀れに思える。
残る1隻、アルグスの乗る旗艦であるが、エンジン3基のうち、メインを除く2基が停止。正面装甲が融解し、レーザー発射孔の半数以上が潰された。
貨物庫や居住区などにも被弾し、隔壁を閉鎖し隔離することでようやく動いているという有様である。
宇宙艦隊戦におけるレーザー砲とは、数をばらまいて当たればよしといった兵器である。海賊団からの攻撃があの戦艦に直撃したのは、相手が回避行動を取らかったからであって本来は1発か2発、当たれば上等といった内容であった。
対して戦艦から海賊団への攻撃は、回避行動を取っていたにも関わらず、5隻に的確なダメージを与えてきた。艦の性能も、砲手の腕も比べ物にならない。
完敗である。土俵に上がれていたかも疑わしい。
本来ならばここで降伏を申し出るところだが、宇宙の慣例として海賊は全員縛り首である。せめて自分の命ひとつで部下たちは救えないかと考えていると、中尉がアルグスの肩を掴んで引っ張り、振り向かせた。
「何をしている、早く脱出艇を用意しろ!」
この期に及んでの身勝手な物言いに怒り、呆れ果てたアルグスは肩に置かれた手を汚いもののように振り払う。
「もう終わったんだよ。あんたも政府軍の士官としての矜持があるなら、最期くらいじたばたせずに腹をくくったらどうだ。」
「政府の軍人が!薄汚い海賊船に同乗していたなどと知られるわけにはいかんのだ!そうなれば局長にも迷惑がかかる、それくらい理解しろ間抜け!」
この場合、局長とは第三宙域惑星管理局長のことであり、中尉の直属の上官である。雲の上の存在、というのは宇宙での表現としてはどうなのだろうと、アルグスは他人事のように考えていた。その局長がどれほど偉かろうが、都合を慮ってやる義理はない。
ましてや、政府の威光を盾に威張り散らしたいがために、軍服を着て階級章を付けたまま海賊船に同乗したような奴が、ばれたらまずいなどと今さら何を言っているのか。
中尉の罵倒は耳に入ってこない。ただ、舐められているのだということは理解した。覚悟や決意といったものではなく、ただ自然な流れとしてこいつは殺そう、と思った。
手が
突如、激痛が走った。アルグスの肩から肉の焼ける匂いが立ち昇る。思わず膝をついて、苦痛にゆがめながら顔を挙げると、青い顔をして熱線銃を握った中尉がいた。
うろたえている様子を見ると、狙って撃ったというよりは船員たちからの、怒りのこもった視線に耐え切れず発砲してしまったというところだろうか。
規則として、艦橋部に武器を持ち込めるのは艦長だけである。だが、この男は政府の威光がどうのと喚き散らして
アルグスはどうせ艦の中で使うようなものではないと、少々面倒くさがって放置していたのだが、思わぬところでツケが回ってきた。
「来るな、来るな!撃つぞ!」
中尉は銃を左右に向けながら、じりじりと後退する。船員たちも、こいつだけは生かしておけないと覚悟を決めてにじりよるが、素手と
やがて、中尉の左手が出入り口に触れると、数発の威嚇射撃を行ってから素早くシャッターを開いて、そのまま格納庫へと走り出した。
一瞬遅れて、身を伏せていた船員たちが顔を出し、半数以上が中尉を追っていく。その様子を半ば放心したままのアルグスはぼんやりと眺めながら、恐らくは追いつけないだろうと考えていた。
それほど広い艦でもない。遅れて飛び出し、それぞれが武器を用意してから走ったとすると、どれだけの差がつくことだろうか。
副官が駆け寄って、治療用スプレーで傷口を凍結処理した。一瞬だけ、余計なことをするな、このまま死なせてくれと思ってしまったことを恥じる。
どれだけ我が身が惨めであろうと、艦長としての責務を投げ出すわけにはいかない。靴を舐めることで彼らが助かるなら、そうしよう。
「回線を開いてくれ。向こうの艦長と話がしたい。」
大量の血を失い、蒼白い顔をしながらも、気丈に背筋を伸ばした。
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