第8話

 モニターに大きく映る、残骸と化した海賊船の群れ。


 1隻は撃沈し、少ししてからもう1隻も爆発を起こし、四散した。

 今まで航路をふさいで自分たちを脅してきた憎い敵である。地上にこそ降下してこなかったが、輸送艦は何度も襲われ、物資を奪われ、殺された者も少なくはない。

 それでも、レイラはこの惨状を見て、彼らを哀れと思わずにはいられなかった。


「で、どうするよスポンサーさん。」


 カンザキの言葉が自分に向けられているのだと気づかず、5秒ほどたってからようやく振り向いた。


「え?どうするって…?」


「降伏勧告でもしてやるか、もう1発ブチ込んでやるかって話さ。我々は雇われの身だからね、判断はお任せするよ。」


 この男は何を言っているのか。あの哀れな敗残兵たちを念入りに殺すと?


 人殺しなどとは無縁の人生を歩んできたレイラである、戦いなのだから追撃は

当然だと頭では理解している。だが、納得はできていない。人としての理性が拒否する。

 ましてや殺す、殺さないの判断を自分が下すなど ───…


 言葉に詰まるレイラに、カンザキは話を続けた。

「できれば降伏して欲しいものだな…。」


 その言葉に、少しだけ気が楽になる。そうだ、誰だって無為な人殺しなどしたくはないはずだ。ここで終わりにしようとレイラは決意した。


「降伏を ───…」


「あんなボロ船でも売れば金になるからなぁ。中古屋に売るかクズ鉄屋に売るかはともかく。」


 言い終わる前に、その思惑とはまったく別方向のことをカンザキが言い出した。 レイラは開きかけた口を再び閉じて、怪訝そうにカンザキの顔を眺める。


 その顔は、何も感じてはいないようだった。あれだけの損害を与えておきながら

勝利の喜びを感じるわけでもなく、戦死者に憐憫の情を抱くわけでもなく。全く興味がない、そんな表情である。


 ふと、周りを見回すとスコットとヴァージルも似たような顔をしている。前方に座るメイの表情は見えないが、特に何か感じているようには見えない。


 全員、異常だ。レイラの背に冷たい汗が流れた。


 暗い思考を断ち切るようにレーダーが敵の動きを捕え、場違いに思えるほど軽い

ポーンという電子音を発した。


「あ、敵艦から何か飛び出したみたいね。」


「こりゃぁ小型艦だな。はてさて誰が逃げ出したのやら。」


 カンザキがヴァージルに目を向けると、ヴァージルは軽くうなずいてそのまま艦橋部を後にした。


 入れ替わるように、敵艦から対話が求められる。


「艦長、敵旗艦が回線を開くよう求めているけど、どうする?」


「あ、ちょっと待って。」


 コーヒーカップを置いて、緩んだネクタイを締めなおした。最低限の身だしなみには気を付けているようだが、相変わらず黒いネクタイと黒いスーツという喪服にしか見えない恰好なので、相手からすれば不謹慎極まりないといったところであろう。


「どうだいメイ、決まっているだろう?」


「ええ、今日も素敵よ。まるで宇宙戦艦の艦長みたい。」


 振り向いたメイの顔を見て、レイラは言葉を失った。長い髪で顔半分を覆ったところしか見ていなかったが、今は髪をかき上げ顔を晒している。

 右目がない。いや、本来右目があるべき部分にはカメラのレンズのようなものが嵌っていた。

 ピントを合わせているのか、機械音とともにレンズが前後する。艶のある顔立ちが余計に異形ぶりを際立たせていた。


 レイラの視線に気づいたのか、メイは明るい笑顔を向けてきた。

 無残とも言えるその顔につい目を逸らしそうになるが、さすがにそれは失礼だと思いとどまり、まっすぐに目を合わせる。


「いいでしょこれ、高かったのよ。それこそ目が飛び出るってくらい。」


「え、ええ。そうね。」


「私の、誇りよ。」


 恐怖、侮蔑、あるいは憐れみ。その顔を見たものがどういった感情を抱くのかメイにはよくわかっていたのだろう。だからこそ、誇りを持っているとわざわざ口にしたのだ。


 その優しい笑顔の中に強がりや言い訳といったものは感じられない。綺麗な女性だと、初めて出会った時とは別の意味でそう感じた。

 どういった経緯でレンズを目に埋め込むに至ったかはわからない。ただ、彼女が

それを自ら選択し受け入れたのであれば、外野が勝手に可哀想だ、などと押し付けるのは無礼であり、傲慢でもあるだろう。かける言葉は見つからなかったので、レイラは姿勢を正し一礼した。


 そんなレイラの気持ちを知ってか知らずか


「あなた、背中に汗をかくタイプなのね。」

 と、妙なことを言い出した。


 異形の目玉に他人がどう映っているのだろうか。空調のきいた艦橋部ではあるが、レイラはまとわりつく寒気に、ぶるりと身をふるわせた。


「こっちは準備万端だけど、敵さんの対話要求はどうする?レイラさんの趣味が

焦らしプレイだっていうならそれでいいけどさ。」


 カンザキの、のんびりした声が思考を現実に引き戻した。

 この船には余計な一言を付け加えなければならない決まりでもあるのだろうか。先ほどまでの感傷を全て投げ捨て、顔を赤くしてカンザキに詰め寄った。


「そんな趣味なんてありゃしないわよ!回線開くから、いいわね?」


「君には嫌がらせをしてやる権利くらいあると思うんだがね。」


「権利だったら放棄してもいいわね。相手が善人とか悪人とかそういうのは置いて、勝負が決まった後でいたぶるのは悪趣味なのよ。」


 甘いことを言っていると自覚はしていた。反論が来るだろうと身構えていたが、

カンザキは「それもそうだな」と呟いただけであり、海賊の処遇について異を唱えることはなかった。

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