第9話
かなり待たされることになるだろうと考えていたが、意外に早く相手は対話に応じた。
ノイズ交じりのモニターに映るその男は、室内だというのに深緑色のトレンコートを着たままで、黒いネクタイを締めているという、宇宙に似つかわしくない恰好であった。
対話を求めた結果、カメラの真正面に立って応じたということは彼が艦長という
ことなのだろう。まさか艦橋部に通りすがりの男はいるまい。
軍人には見えない。一般人にも見えない。なんともちぐはぐな印象を与える男だが、モニター越しにですら与えてくる威圧感があった。それは彼が指揮する強力な戦艦の力なのか。あるいは戦艦を指揮しているという自信のためか。
男は口を開く前にゆっくりと右手を挙げ、敬礼の姿勢をとった。アルグスは礼を
返そうとしたが、右肩に激痛が走り、腕を挙げることができなかった。
事情を察したのか、男は手のひらを向けて制する。そのままでいい、という意味だろう。交渉の前にひとつ借りを作ってしまったような気分になった。
「輸送艦、スペース・デブリ。艦長のカンザキ・シンジロウだ。」
あくまで輸送艦と言い張るつもりらしい。どう見ても戦艦だろうが、とか。そのふざけた名前は何だとか。言いたいことはいくつもあるが、そんなことを聞いている場合ではなく、相手の機嫌を損ねるわけにもいかない。自分たちは降伏を待つ敗残者なのだから。
「海賊団を率いているアルグスだ。早速だが降伏を申し出たい、受け入れてもらえるだろうか?」
「いいだろう。武装を解除し、エンジンを停止させてくれ。あとのことは、まあ、
地上に降りてからだなぁ。」
まるで他人事、といった態度である。他に誰もいないとはいえ、この男に処遇を任せて大丈夫なのかと不安になった。
「…地上に降りて、街の連中になぶり殺しにされたりしないだろうな?俺たちの身の安全を保障すると約束してくれ。」
「嫌だね。」
「嫌、ってそんな、子供のケンカじゃないんだから…。」
「
カンザキは冷たい目をして言い放った。人を殺したのだから、殺される。因果応報、単純明快なルールだ。
だが、アルグスはそれを粛々と受け入れる気にはなれなかった。相手に語って詮無いことではあるが、そもそも資源惑星の封鎖は好きでやっていたわけではない。 安定した収入を求めて政府軍に近づいた結果、地上げの片棒を担がされた挙句、能無しの軍人に荒らしまわられ、わけのわからない戦艦に絡まれ、現在に至る。
身勝手な考えだとは理解しているが、何でこの期に及んで自分が頭を下げねば
ならないのかといった気持ちがあった。我々は被害者である、などとまで言うつもりはないが、もう少し扱いに手心を加えてもらってもいいのではないだろうか。
そこでふと思いついた。我々に同情の余地があるとすれば、一番の悪は誰なのかと。決まっている、こんな仕事を押し付けてきた政府であり、それを監督していた中尉だ。
脱出艇を奪って逃げたことすら、今となっては責任を押し付ける恰好の材料だ。
「カンザキ艦長、聞いてほしいことがある。」
「被害者ヅラなら裁判所でやりな。盗人にも三分の理とはいうが、三分ってパーセンテージにすれば3%だぞ。聞く価値なんかないだろうが。先ほども言ったが、私の役目はお前さんがたを護送することだけで、後の処分は知らん。」
「言い訳をするつもりはない。ただ、この一件の真相を知って欲しいのだ。」
真相、とは少々大げさに過ぎたかと思ったが、相手はそれを咎めず、一応聞く体勢はとってくれるようだ。
自分たちは悪くない、などといった方向に話を進めれば、反省の意思なしとみなされるだろう。場合によっては、レーザー砲のおかわりが発射されるかもしれない。慎重に、言葉を選びつつ、政府軍の悪行と、中尉の横暴さについて語っていった。
話しているうちに、カンザキの表情は無関心なものから険しいものへと変わり、途中で一度マイクを切って仲間に何か指示を出していた。
「失礼。今、追っ手を向かわせた。あんたらの未来の保証はできんが、アホ士官が
一人残って高笑い、なんてオチにはならんから安心してくれ。」
「あいつが脱出してから20分は経っているが、捕えられるか?」
「20分?20時間でも楽なもんさ。」
大言壮語の類ではない、本当にできると確信した者の笑みであった。
できれば死にたくない。それが無理なら部下たちの命だけでも助けたい。
それすら叶わぬなら ───…
せめて、あいつの無様な死にざまを見届けてから死にたい。それだけが最後に残った望みであった。
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