第10話
カンザキと海賊の話を後ろで聞いて気分は際限なく沈んでいき、今ではコールタールの湯船に浸かっているような心境になった。
ただの海賊船ではないことはわかっていた、政府が何らかの形で関わっていることも予測していた。
宇宙連邦政府は人民の権利と財産を守るための組織である、少なくとも建て前上はそうだ。無論、レイラはそんなことを本気で信じているわけではない。
だが、政治家の汚職や官僚の不祥事、あまつさえ政府軍の陰謀などと、それらはテレビの向こう側の話であって自分が関わることなど一生ないはずだった。
信じていたわけではない。それでも国家から捨てられたという実感はレイラに重すぎた。
いつの間に背後に回っていたのか、メイの手が肩に置かれた。今はまた、右目を髪で隠している。
「大丈夫、任せておきなさいって。あなたの旅はハッピーエンドを迎える。私たちがそうしてみせるわ。。」
その優しさに目頭が熱くなり、まともに顔を見ることもできなかった。ただうなずいて、ありがとう、と呟くことが精一杯であった。気持ちは伝わったのか、メイも黙ってうなずき返す。それだけでよかった。
「レイラさん、格納庫に回線繋いでくれ!」
カンザキの言葉で、思考が引き戻される。慌てて格納庫の端末に呼び出しをかけると、既に待機していたのか、ワンコール鳴りおわる前にヴァージルが応じた。
正面、大型モニターに新しく開いたウィンドウ、ヴァージルの背後には戦闘機が
用意されており、エンジンを温めていた。いつでも発進できる体勢のようだ。
機能美とでも呼ぶのだろうか。鋭角的なシルエットの白銀の翼は見るものに兵器としての恐怖や威圧感よりも先に、美しさを感じさせる。
「よう、大佐。さっきの脱出艇、やっぱりクソだ。放っておくのも気持ち悪いし、ちょっと行ってとっ捕まえてくれないか?」
「命の保証はできんぞ。」
「いいよ、私が香典出すわけじゃないし。」
いつもの軽口を叩いた後の行動は素早かった。ヴァージルは梯子も使わず戦闘機に飛び乗り、カンザキがコンソールに指を走らせた。
格納庫から居住区へと繋がる扉はしっかりと閉ざされ、格納庫の減圧を行った後、重厚な後部ハッチがゆっくりと開かれた。
「ちょっとコンビニ行ってくる。」
つまらない冗談を残すと、ヴァージルの乗った戦闘機は一筋の流星と化して飛び出していった。モニターに残る光の筋をカンザキとスコットはしみじみと眺めていた。
「絵になる男だねぇ。あいつほど戦闘機が似合うやつはいない。」
「格好良すぎると嫉妬も起きねぇや。」
兵器にロマンを感じる男の会話であった。
しかし、男たちロマンスなどレイラには理解できないし興味も無かった。そんなことはどうでもいいけど、とでも言いたげな顔で先ほど感じた疑問を口にする。
「さっき、ヴァージルのことを大佐って呼んでいたけど。元軍人か何か?」
「この艦に乗る前は軍の特殊部隊で少佐だったらしい。もっとも、今は戦場で死亡扱い。キルド・イン・アクション。いわゆるKIAとして扱われているらしいが。」
「で、それを聞いたスコットが、じゃあ二階級特進で大佐だなって。それで大佐ってあだ名がついたのよ。」
「あったなぁ、そんなこと。」
メイが似ていない物まねを披露し、スコットが大口を開けて笑った。
やはりこいつらのセンスは理解できないな、と考えつつ、レイラは目を細めて
彼らのやりとりを眺めていた。
理解はできないが、不思議と居心地は悪くない。あるいは理解できないと
思い込んでいるだけなのだろうか。
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