第11話

 足も伸ばせぬシートの上でひとり、ぶつぶつと悪態を吐いていた。途切れることなく吐き出されるその言葉は聞く者がいれば眉を顰めるであろう内容であり、身勝手で無責任で当人に都合のいい理屈であった。


 海賊たちの監視役、あるいは略奪品の分配を決める役として乗り込んでいたこの男に、もはや自らを客観的に評価する理性など残ってはいなかった。本人の中では

どこまでも善良な被害者であるらしい。


 海賊船の艦橋部から抜け出し、格納庫の見張りの兵を撃ち殺し、ほうほうの体で

逃げ出してきた。


 歳は40半ばで階級は中尉。士官学校の同期はほとんどが少佐、あるいは中佐に出世している。第三宙域、惑星管理局の局長直々に指名されたこの作戦は彼にとって最後の、出世コースに復帰するチャンスだった。


 無能な海賊どもを締め上げ、略奪品のほとんどを軍の秘密倉庫へ送り、自分が有能な、使える人間だとアピールし続けてきた。だが、戦艦を不法所持する無法者どもによって妨害され、努力は全て無駄になってしまった。


 海賊、輸送艦を名乗る戦艦、資源惑星の住民、軍の同期。方向を問わぬ呪詛の言葉は次から次へとあふれ出て、いまだ途切れることはない。


 尻を預けたシートは狭く、申し訳程度に傾く程度である。脱出艇にトイレはなく、取り付けられた吸引式のホースを使わねばならない。

 シートの下は引き出しになっており、そこに一週間分の食料が用意されているが、中身はチューブに入ったペースト状のカロリー・パックや、ゼラチンで固められた缶入り食品、フリーズドライ食品のプラスチックパッケージなど。宇宙進出の黎明期を思わせるラインナップであった。


 船体の9割をエンジンや燃料タンクに割かれ、あまったスペースに人間が滑り込むような、小さな船である。速度もそれなりといったところで、最寄りの惑星に到着するまで最低でも5日はかかるだろう。


 誰も聞く者のない愚痴を吐くことにも飽きて、操作端末の中に暇つぶしのゲームか小説でも入っていないかと確かめるために手を伸ばす。


 その時、レーダーが何かを捉えて狭い艦内にけたたましいアラームを響かせた。

 レーダーを確かめると、何かが背後からすさまじい速さで迫ってきている。


 自分とは無関係だ、このまま通り過ぎてくれ。そう願いつつモニターに映すと、そこにはまっすぐに向かってくる白銀の戦闘機の姿があった。


 政府軍が救援に来てくれたのか、などと都合のいいことを考えようともしたが、

自分自身でそんな妄想を信じることはできなかった。どう考えても、思い当たることは一つしかない、あの戦艦だ。


「ああああああああああ!」


 1メートル40センチ四方の空間に絶叫が響き渡る。叫んでも、手を伸ばしても、

どうにもならず逃げ場はない。身動きもとれないまま、ただ追いつかれるのを待つ

というのは恐怖でしかない。


 疑似重力は発生していないので、失禁した尿が珠となって周囲に浮かび上がるが、それに構っている余裕もない。尿球が顔にあたり、弾け、さらに小さな粒となる。

 脂汗と尿で顔がべたべたになりながらも、なんとかスピードを上げようと端末を操作するが、脱出艇と戦闘機ではスピードに差がありすぎた。


 脱出艇が、激しい衝撃に襲われた。ぴったり後ろについた戦闘機が二本のワイヤーアンカーを射出し、脱出艇に突き刺さったのだった。

 そのまま戦闘機は大きく旋回し、脱出艇を引きずるようにして帰還する。

 中尉は逆噴射で逃れようとするが、先端の錨はガッチリと食い込んで抜けそうになかった。


 スペース・デブリの格納庫に入るまで彼はずっと叫んでいた。曰く、自分に危害を加えることは政府軍に逆らうことである。自分の上官はさる大物だ、解放するなら今のうちだ。戦艦の不法所持を見逃してやる、悪い話ではあるまい。等々。


 上から目線の、震える声での命乞いは当然、ヴァージルには聞こえていない。たとえ聞こえていたとしても、毛ほども気にしなかったであろうが。




 正面の大型モニターに格納庫の様子が映っている。レイラは目を丸くして、その

うごめく物体を眺めていた。


 猿ぐつわを噛まされ、手足を後ろに回して、右手首と左足首、左手首と右足首を

ロープで繋いでエビぞりになった政府軍の中尉である。背中から見ると、ちょうど

ロープがバツ印のような形になっている。


 さすがにこれはどうなのかと尋ねると、ヴァージルはいつもの無表情で、本来なら首にも縄を付けて、足を下ろそうとすれば首が締まるようにするのだが、一応証人だからなと答えた。


 当然だと言わんばかりの態度に、それきりレイラは何も言えなくなった。むしろ

諦めたと表現するべきか。


 カンザキもまるで気にしていないのか、のんびりとした声で

「ありがとう大佐。それは独房に放り込んでおいてくれ。あと、冷蔵庫のプリン

食っていいぞ。」


 ヴァージルはものも言わずにうなずくと、それ、扱いされた中尉を片手でひょいと持ち上げて格納庫を出た。


 ふと腕時計を見ると、もうすぐ日付が変わる時間だ。つられてメイも時間を確認すると、何かを思い出したかのようにいった。


「艦長、今日の航海日誌、なんて書く?」


 いつの間に淹れなおしたのか、本日何杯目かもわからぬコーヒーをすすりながら

カンザキは宙に視線をとどめて考え込んだ。


「本日も異常なし、だな。」


 考えた結果がこれである。

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