第4話
初めは、オートパイロットが壊れているのかと思った。宇宙世紀の自動車は全て目的地を入力するだけで動いてくれる文字通りの自動車だ。
それにもかかわらず男はハンドルを握って自分で運転していた。車間距離が非適切なまでに詰まったりスピードを出しすぎたりすれば自動で止まる、あるいは速度を緩める安全装置こそ付けているが、規則で仕方なく付けているだけであって、当人はそれすらも外したがっているようだ。
なぜ自分で運転するのか、と当然の疑問を口にすると、男は首をかしげてしばし考えた後
「ロマンかなぁ?そうとしか言いようがない。」と、答えた。
レイラには、このカンザキという男の懐古趣味はいささか度が過ぎているように思えた。
「安全装置は、他人の安全と自分の趣味を比べちゃうと仕方がないかなって。」
誰も聞いてはいないことを、言い訳でもするように呟く。
戸惑うレイラの様子を見て、後部座席に一緒に座るメイが、溢れんばかりの笑顔を向けた。
「趣味にのめりこんだ男ってこういうものよ。大人の男はね、大きくなった男の子なの。そう言えば理解できるかしら?」
できない、とレイラが首を振ると、またメイはけたけたと笑い出す。本当によく笑う女だ。
だが、見ていて不快になるような笑い方ではない。むしろメイが笑うたびにレイラは気分が軽くなるような思いであった。
ひょっとすると、自分をリラックスさせるために努めて明るく振舞っているのではないかとも考えた。事実はどうあれ、同性の話し合える相手がいてくれることはありがたい。
街から宇宙港へ着くまでが長かった。着いてから目的のブロックへ行くまではさらに長かった。全長数十メートル、大型艦ともなると数百メートルほどにもなろうかという艦がひしめき合っているのだ。宇宙港内を移動するためだけに電車まで走っている。
さらにはコンテナを保管するための倉庫街、貨物を売り買いするための物流センター、船乗りたちの宿泊施設まで揃っており、宇宙港だけで一つの街といったところであった。
目的のブロックへたどり着くまで、様々な話をした。レイラが質問をし、メイが大げさに語り、時々カンザキが補足するといった具合である。
残る二人の仲間のこと、船乗りたちの習慣、仕事先でのトラブルなど。
メイの着ている奇妙な服は、キモノではなくミコフクというらしい。上の白い服はコソデ、下は緋色のハカマという。このハカマは本来のズボン状ではなく、スカート形式のアンドンバカマだと説明されたが、本来のハカマがどういったものなのかレイラにはまるでわからない。
どうやらこの装束は宗教関連のものらしい。十字のネックレスもそうだろう。珠の腕輪もそんな気がする。一体、どこの宗派なのかと聞いてみると
「さぁ?」という、
「これだけ用意しておけば誰が来ても対応できるじゃない?」
ある意味宇宙世紀らしい、いい加減さにレイラもあきれ果てた。
「そんなことしていると神様に怒られるわよ。」
「文句があるなら是非、直接来てほしいわ。こっちだって言いたいことは山ほどあるもの。」
フロントガラスを睨みつけていたカンザキも会話に加わる。
「テラフォーミング無しで過ごせるような最適な環境であるアースを放り出して、宇宙なんていうわけのわからん場所に飛び出していったんだ、神様だって匙を投げるさ。勝手にしろってな。」
二人の声は、少しだけ厳しいものになっていた。どうやら都合のよい全知全能の存在というものは信じていないらしい。
レイラにしても特にどこかの宗派に身を置いているわけではなく、ただの概念として神の名を持ち出しただけである。相手がこの手の話題を好まぬのであれば、無理に続ける必要もない。
場の空気が変わったところで、重要な質問を投げかけた。
「一応、聞かせてほしいのだけど。災害も宇宙海賊もどうってことないと言い切る、その自信の根拠は何?」
レイラはストレートに聞きすぎたか、と懸念もしたが、メイは特に気を悪くした様子もなくまた明るい笑顔を浮かべた。
「意訳、バカと心中はしたくねぇ。そういうことよね?」
続けてカンザキがどこからか双眼鏡を取り出して、後部座席に放り投げた。レイラがお手玉しながら慌てて受け取る様子を、メイが笑って眺めている。
「見えてきたぞ。左前方、39番ブロックだ。深緑色の艦が見えるかい?」
双眼鏡を構えると、確かに前方に緑色の塊が見えた。鋭角的なシルエット、見るからに分厚そうな装甲、正面にずらりと並んだミサイル発射孔、レーザー発射孔等々。
「…どう見ても、戦艦よね?」
「輸送艦よ。」
メイが言葉をかぶせるように答えたが、何度見ようと、どこをどう見ようと輸送艦には見えない。
「いやいやいや、どう見たって戦艦でしょう?民間人が持っていていいわけ?申請とかそういうの大丈夫?護衛艦と言い張るのだって無理があるわよあんなもの!」
矢継ぎ早に疑問を口にするレイラに、メイが優しげな声で言った。
「いいわけないでしょ。」
眼だけが、笑っていない。あまりにもはっきり言われてしまい、二の句が継げなかった。
言葉をじっくり選んだ挙句、「そうね。」と呟くのが精一杯である。
カンザキが後ろを振り返らずに、手を振って双眼鏡を返すように催促した。
バックミラーを見ながらなのか、レイラが差し出した双眼鏡を迷いもせずに受け取ってトレンチコートの内ポケットに突っ込む。
「ただの輸送艦が宇宙海賊とドンパチやろうっていうほうがずっとファンタジーさ。レイラさん、君も腹をくくっておくれよ。荷物を安全に届けるっていうことだけは保障するからさ。」
常識外れの依頼をした、だから常識外れの船が出てきた。それだけのことだ。自分はまだ、振り回されているだけで覚悟が決まっておらず、当事者になりきれて
いないのだなと、己を恥じた。
後部座席に身を預け、深く息をつく。
「素敵な輸送艦ね。ちょっとシートが固そうだけど。」
それが返答のつもりであった。レイラの反応が気に入ったのか、カンザキとメイは、うんうんと大きくうなずいた。
「ようこそ、我々の船へ。こいつが自慢の輸送戦艦、スペース・デブリだ。」
宇宙のごみ、とはなんとふざけた名前だろうか。
首が痛くなるくらい上を見上げて、ようやく天辺が見える。おとぎ話の巨人の国へ迷い込んだのではないかと錯覚するくらいに巨大で、自分がちっぽけに思えた。
無論、この船の使い道は童話のようにメルヘンチックなものではないだろうが。
後部ハッチが開かれ、大小様々のコンテナが仮設ベルトコンベアーで貨物室へ流れていた。カンザキたちが到着する前から、二人の怪しげな男が作業を始めていたようだ。
丸眼鏡の太り気味の男はフォークリフトでコンテナを振り分け、もう一人の軍人風の男は信じがたいことに生身でコンテナを持ち上げ運んでいた。小型のコンテナを選んで運んでいるとはいえ、コンテナひとつが1トンを下回ることはないだろう。
レイラは錆びついた人形のように、ぎこちない動きで首を回しメイの姿を探し出す。
「あの、聞きたいことがあるんだけどいいかしら…?」
「どうぞどうぞ。」
まだしばらくは、この底抜けに明るい紅白女に頼ることになりそうだ。
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