第3話
下品なまでに光り輝くネオンサイン。他店に負けじと声を張り上げる客引き達。
ここはプルウィア自治領星の歓楽街、船乗りたちの保養地である。
フリーの船乗りたち、自治領の警備隊、賞金稼ぎから宇宙海賊まで、ここでは誰もが名無しとして扱われる。
賞金稼ぎと宇宙海賊が肩を並べて飲んでいる光景すら珍しくはない。むしろ、この場で捕まえるの逃げるのとやるほうが野暮な行為だとされ、同業者から白い目で見られることになる。
そんな歓楽街の大通りを二人の男、スコットとヴァージルが並んで歩く。
「ああ、宇宙は広いな。実に広い。まさかこの世に人の言葉を話す豚が存在するとは思わなかった。」
少々太り気味で、丸眼鏡をかけた男がぶつぶつと不満げに呟く。見るからに怪しげな人相であった。
武器商人や麻薬密売人などと言われても疑うどころか誰もが納得するだろう。当の本人もそれを自覚したうえで個性と割り切っており、100メートル歩くごとに職務質問をされたことがある、などと奇妙な自慢をしていた。
現在、留置所ではなく大通りをがに股で歩く彼はそのどちらでもない。
深緑色のハンチング帽に小さくSPACE・DEBRISと白字で刺繍されているように、カンザキやメイと同じ船の乗組員である。
「そうだな。問題はそれがどうして動物園ではなく、男の遊び場にいるかということだ。」
隣を歩くヴァージルがいった。スコットとは対照的な高長身で、虎やライオンを想わせるしなやかで引き締まった体つきをしている。見るからに鍛え上げられた軍人といった風体である。顔立ちは鼻筋の通った美丈夫と言ってよいだろう。
まだ暑い季節であるにも関わらず、深緑色のマフラーで口元を隠しているので表情はわかりづらい。もっとも、それは他人からすればの話であって、長い付き合いのスコットにとっては意思疎通に何ら問題はなかった。
「どうだい、仕切り直しってことで飲みに行くか?」
「いい加減、潮時だ。ホテルに戻るぞ。」
遊びに使う体力と、体を鍛えているかいないかはまた、別物のようだ。丸みを帯びたシルエットのスコットは元気いっぱいであり、見るからに頑強なヴァージルは少し疲れた声を出す。
丸二日に渡り飲む、打つ、買うを一睡もせずに繰り返してきたのである。遊び人の体力こそ恐るべし、といったところであろう。
友人を放り出して一人で飲みに行くのもつまらない。引き返すのもよいだろうと
判断したとき、スコットの携帯端末が軽快な音楽とともに振動する。
先ほどのまでのへらへらとした笑いがぴたりと止み、渋い顔でディスプレイを確認する。嫌な予感ほど当たるものだ、休暇中に最も見たくない名が青白い光の中に浮かんでいた。
メイ。輸送戦艦スペース・デブリの火器管制員であり、鬼の経理担当である。
顔を上げると、ヴァージルと視線が合った。
どうするよこれ、とにかく出るしかないだろう。言葉に出さずとも、目だけでそれが伝わった。
「はぁい、スコット。元気?」
メイの能天気なまでに明るい声が、酔っぱらいの耳に突き刺さる。
「たった今、お前の声で元気がなくなったところだよ。」
「あ、そう。その調子だと、要件は大体わかっているみたいね。楽しいお仕事の時間よ。」
数週間、あるいは数カ月の間、船に詰めっぱなしで、場合によっては命がけとなる仕事である。一カ月の休暇は決して長すぎるということはない。緊急の依頼が入ったりで休暇を全て消化できるかどうかは半々といったところだが、それにしても三日でキャンセルは短すぎる。
大声で喚き散らして、メイの鼓膜にダメージを与えてやりたくなったが、大きく息をついて落ち着きを取り戻し、話を続ける。
「あのなぁメイさんや。お前さんの時計は狂っているのか?慌てんぼうのウサギでも住み着いているのか?不思議の国に用があるなら電話のかけ間違いだ。俺の記憶が確かなら、休暇はあと27日ばかり残っていると思うんだがなぁ!?」
「ちなみにこの任務が完了したら、一人あたま5000クレジットのボーナスを出すつもりなんだけど…。」
「犬と呼んでください。」
スコットは通話を切り上げ、取引は無事に成立した、といわんばかりの胡散臭い
笑顔を浮かべ、ずれてもいない眼鏡の位置を直して見せる。
ヴァージルは臨時収入にはたいした反応を見せず、
「あの
「厄介ごとははなから承知さ。こういうことわざを知っているか?おケツに入れずんばほじくれず、だ。」
聞いたこともないし、間違っているような気がする。だが、こいつの場合はそれでいいのかもしれない。そう思い直し元気に動き出すスコットの後ろに付いて歩いた。
歓楽街の嬌声を背に、向かうは宇宙港。
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