第37話

 反政府軍、技術仕官ベアトリスは通信が切れ、砂嵐の流れるモニターを忌々し気に眺めていた。

 彼女が不機嫌なのは化け物の操り人形、腐食兵ふしょくへいが破壊されたからではない。兵器として運用する以上、反撃を受けるのは当然のことであり、むしろ良い戦闘データが取れたくらいだ。それはいい。


 では何が問題かというと、肩越かたごしにモニターをのぞむ後ろの男が、カンザキが追い込まれるたびに「おお!」だの「わあ!」だのと叫びだしてうるさいことだ。

 あろうことか、カンザキが腐食兵にとどめをしたときなど、ぐっと拳を握りしめて「やったぜ!」などと叫びだした。


 先述せんじゅつの通り、腐食兵一体を失ったことはかまわない。しかし、これにはさすがにお前はどっちの味方なのだと問いただしたくなった。

 贔屓ひいきのベースボールチームが勝った時のような気分なのだろうか。


「グラサッハ、うるさい。」


 ベアトリスは短い言葉でたしなめた。雑居ビルの屋上、時刻じこくは昼過ぎ。ベアトリスの眉間みけんにしわが寄り、目を細めているのは日差しのせいだけではあるまい。


 しかし、刺した釘はあっさりと抜けたようで、グラサッハは興奮冷めやらぬ様子であった。


「機銃をかわしてからの手りゅう弾連続投下、ああ、いいなあ。モニター越しとはいえ、最後に銃を突き付けられたときは絶頂エクスタシーすら覚えた。いや、あれは腐食兵に対してじゃない。あれを通しての、俺への挑戦ちょうせんだ。」


 感無量かんむりょう、といった感じでうなずくグラサッハ。それをベアトリスは冷めた目でながめている。

 もう、何を言っても無駄だとさとったのだろう。


「俺の胸は今、激しく高鳴っている。そう、まさに恋する乙女のように。」


物騒ぶっそうな乙女もいたもんね。それで、あいつがここに来たらどうすんのよ。」


 グラサッハは醜悪しゅうあくに顔をゆがめた。いや、不敵ふてきに笑ったつもりらしい。


無論むろん、殺すさ。復讐ふくしゅうに燃える男が結局けっきょくは返り討ちにあい、無力感むりょくかん絶望ぜつぼうを抱いて

死にゆく様はさぞかし美しいことだろう。最高の好敵手ライバルを失って俺はきっと泣いてしまう。でも仕方ないよな、それが戦場の美学というものだ。」


 一人で納得するグラサッハを尻目に、ベアトリスはモニターをビルの内部、及びその周辺の監視カメラに切り替えた。

 あの高速道路から全速力で来たならば、そろそろ到着するはずだ。


 経営難によりオーナーが夜逃げしてデスクや資料は残ったままだが人のいない雑居ビルを、書類の改ざんにより数日だけベアトリスの管理下に置いたものである。


 電子モニターをいくつも浮かび上がらせ、監視カメラの映像を次々と切り替えていると、やがてその男、カンザキは現れた。深緑色のコートをたなびかせ、一個の弾丸のごとくまっすぐに向かっている。


 このビルには今、屋上にベアトリスとグラサッハがいるのみで他に人はいないが、電源は生きている。当然、自動ドアも稼働かどうしているのだがカンザキはかすかに開いたドアにバイクの前輪をやや浮かせた恰好で突っ込み、強化ガラスをまき散らしてダイナミックに入館を果たした。


 強化ガラスの砕ける音、続いてバイクのエンジン音が無人のホールに響き渡った。飛び散ったガラス片をものともせず、うっすらとほこりもった床を分厚いタイヤが蹂躙じゅうりんする。


 その様子を見ていたグラサッハはモニターを指さして大口を開けて笑い出し、ベアトリスは眉をひそめている。


「あの田舎者、自動ドアの使い方も知らないわけ?」


 一応、カンザキにも言い分というものはある。彼はグラサッハたちの戦力がどれほどのものか知りようがないのである。

 ひょっとすると、館内に入った途端とたんに銃を構えてずらりと並んだ兵たちに囲まれ、そのままミンチにされる可能性だってあったのだ。それゆえ悠長ゆうちょうに立ち止まらずに突っ込む必要があったのだ。


 もっとも、それはあくまで理由の一つであり、やはり景気けいきづけやさ晴らしといった意味合いのほうが強かったようだが。


 非常用エレベータにバイクを滑り込ませ、そのまま屋上へと向かう。


 一瞬、ここで毒ガスでもまきらされたらどうしようかと考えたが、すぐに思い直した。やらないだろう、なぜなら面白くないからだ。


 グラサッハがわざわざカンザキをここへ呼び出した理由は遊ぶためだろう。できれば直接対面し、自らの手で殺したいと考えているはずだ。

 あの男の趣味の悪さについては、確信に近い考えを抱いていた。


 途中で止まることも真っ逆さまに落ちることも無く、エレベータは無事に最上階へとたどり着いた。


 屋上へ出るためにはさらに階段を上らねばならない。多少の振動は我慢がまんするとしてバイクで登ってしまいたかったのだが、あいにくと階段の幅が狭くて断念だんねんせざるを得なかった。


 愛用のバイクをエレベータ前に置き、今さら盗む奴などいないだろうがと苦笑いしながら、キーを外してポケットに突っ込んだ。


 ふところから銃を取り出し、指先が白くなるほど強く握りしめ、一歩一歩ゆっくりと階段を上がる。


 監視カメラのようなものは見当たらないが、四方八方から見張られているような気配を感じる。考えすぎて神経衰弱しんけいすいじゃくおちいっているのか、あるいはよほどうまく隠されているのか。

 考えながら登っていると、やがて屋上のドアへとたどり着く。


 ドアノブを握り、軽くゆすってみた。鍵はかかっていないようだ。

 銃を構えたままドアを激しく蹴り開けると、凶悪なまでに明るい真昼の日差しが飛び込んできた。

 だが、カンザキの目はしっかりと見開かれている。その視線と銃口の先に、グラサッハの姿がある。

 決して目をらす訳にはいかなかった。


 グラサッハのかたわらに、大仰おおぎょうな機材に囲まれた黒髪の女がいる。こちらは初めて見る顔だ。


 ぱん、ぱんと大きな乾いた音がした。見ると、グラサッハがにやにやと笑いながら大袈裟おおげさ仕草しぐさで手を叩いている。拍手のつもりだろうか。


「いやあ、よく来てくれたカンザキ。会いたかったぜ。」


「また街を爆破でもされたらかなわんのでな。」


 カンザキの言葉を、グラサッハはフンと鼻を鳴らして笑った。


「遅い遅い。今さら正義の味方ごっこを始めてもなぁ…。」


 二発の銃声がグラサッハの言葉をさえぎる。カンザキが無言で発砲したのだ。


 狙いはまっすぐ頭部に向けた。心は怒りに燃えていても、その手は冷静そのものでありいささかのブレも無い。しかし、弾丸がグラサッハに届くことは無かった。


 どこからか影が飛び出し、二人の間に割って入ったのである。鉛玉をその身で受けてもうめき声一つ漏らさない。


 影が、腐った顔を振り向けた。


 先ほどの警備兵のようなカモフラージュをするつもりもないようで、全身腐ったところを見せた裸のゾンビである。

 流曲的りゅうきょくてきなシルエット、大半は抜け落ちているが頭皮にいくらかしがみついた長い髪、元は女性だったのだろうか。


 どのような手段しゅだん過程かていでゾンビのようなものができあがっているのかはわからないが、人を見境みさかいなしに実験材料にするようなやり方にカンザキの胸の内に不快感ふかいかん充満じゅうまんする。


 もう一体の腐食兵が物陰ものかげから現れ、ベアトリスをかばうように立ちはだかった。さらにもう一体が屋上の出入り口をふさぐ。

 カンザキは三方向からかこまれる形となった。


 再度、グラサッハが得意げな顔をして手を叩いた。


「お前はこれから、生きたままこの三体にむさぼり食われるわけだ。いやあ、かなしいなあ。実に哀しい。俺はきっと、その光景こうけいを見ながら泣いてしまうだろう。でも、哀しい以上にきっと美しいと思うんだ。あらゆる怒り、無念が絶望へと変わり臓物ぞうもつをまき散らしながら死にゆく様というものは。」


 語りながら、グラサッハは恍惚こうこつとした表情で右手を股間に伸ばし、まさぐっている。

 カンザキは腕時計をちらと見やって、口のはしに笑いを浮かべた。


「…好都合だ。」


「何だと?」


 いぶかし気な表情を浮かべるグラサッハ。対して、カンザキの表情にははっきりとした侮蔑ぶべつと、余裕が表れている。

 ベアトリスが何かに気づいたようで椅子から腰を浮かせ数歩、後ずさった。その顔は驚愕きょうがくに歪み、青ざめていた。


「好都合だと言ったのだ!馬鹿をまとめて始末できれば面倒がない!」


 カンザキが吠えると同時に、その背後からせり上がるように一機のヘリが姿を現した。

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