第45話

「なんというかこう……意外、だなぁ。実に意外だ」


 正面モニターに大映しにされた配置図はいちずを見ながら、ガストンは頷いた。ひげの少し伸び始めたあごでさすりながら、ちらちらと脇に視線を送る。


 ロゴスもその視線に気付いていたが、無視を決め込んでいた。なにがですか、どういうことですかと聞いて欲しいのだろうが、今は正面に展開する幽霊船団との戦闘中である。はっきり言えば馬鹿に構っているひまはない。なるべく隣を見ないように、背筋を伸ばし視線をモニターへ向けてまっすぐに固定する。


 ふと、ガストンとの距離が近づいているような気がした。顔は動かさず、目だけで向こうの足元を見る。一歩、一歩とガストンがにじり寄って来ている。なんとしても話に付き合わせたいらしい。

 どうしようもないおっさんだ、と心の中でため息をつき、これ以上放置すれば余計に面倒なことになりそうなので話に付き合ってやることにした。


「何が意外なんです?」


「ん?わからないかな?」


 ガストンの得意げな顔に、やはり聞くべきではなかったと後悔するロゴスであった。そんな副官の心情しんじょうを知ってか知らずか、おかまいなしにガストンはモニターの配置図を指して語り始める。


「スペース・デブリの動きだが、敵との相対距離を射程内ギリギリにたもって動いているんだ。敵さんよりもスピードがあるからできることだが、それを差し引いても操舵手そうだしゅの腕がいいな」


「それのどこが意外なんです?性能に差があるとは言っても相手の方が数が多いのだから有効な戦術だと思うのですが」


「そう、有効だ。むしろ当たり前の判断だ。だからこそだよ。あいつらは正規の教育を受けた軍人じゃない、ただの一般ピープルだ」


 ガストンはわからないかなぁ、とでも言いたげな表情で頭をぼりぼりといた。 その際、フケのようなものが落ちたような気がしたが、ロゴスは見なかったことにして話の続きを待った。


「一般人がだよ?ある日突然、最強の戦艦を手に入れました万歳!こうなると普通、艦の性能をひけらかしたくなるじゃん?敵陣てきじんに突っ込んで無双とかしたくなるじゃん?」


「すいません、自分は最新鋭の戦艦を拾ったことがないもので」


「うん、まあ俺だってそうだけどさ。っていた力って奴は、人を必要以上に増長ぞうちょうさせるもんよ。だのに、なんなのあいつら。突っ込むどころか冷静に距離を取ってちまちまちまちまミサイル撃ちこんでさぁ」


 ぱしん、と乾いた音が艦橋かんきょうに響いた。ガストンとロゴスにとっては聞き慣れた、扇子せんすを手のひらに打ち付ける音だ。二人揃って無駄口を止めて振り返る。


如何いかにして戦艦を手に入れたかは知らぬが、犬の糞のごとく道端に落ちていたわけではなかろうよ。とても調子には乗れぬ、己をいましめる何かがあったのではないか?」


 言いながら、チドリの視線はまっすぐにモニターへ向けられている。少しずつ、だが確実に敵の数は減らされていた。


「時間がかかってもよい。このままスペース・デブリと足並みを揃え、敵を殲滅せんめつせい」


「軍人さんが素人しろうとに合わせるっていうのもなぁ……」


「逆ですよ、逆。我々がベテランだからこそ相手に合わせることができるんです。そういうことにしておきましょう」


 ロゴスのフォローに、ガストンは「へいへい」と気の抜けた返事をして


「まったく、つまらん優等生め」


「上官が不良軍人ですからね。フォローする側は真面目にならざるを得んでしょう。学級崩壊を起こして先生に怒られる前に、課題を済ませてしまいましょう」


 ガストンは大袈裟おおげさに天井を見上げ、手を広げ、芝居がかったなげき方をしている。これは反対しているのではなく「うるせえわかった、いいからやってくれ」という意味だと解釈かいしゃくして、ロゴスは艦の後退を指示した。



 一方、スペース・デブリの艦橋部ではカンザキが渋い顔をして手元のモニターに浮かび上がる配置図をにらみ付けていた。一隻、また一隻と敵の反応が消える。全てが上手く運んでいるにも関わらず、その表情は晴れない。


「なあメイ、少しおかしくないか?」


「あたしはマトモよーッ!」


 信頼する砲撃手ほうげきしゅに話しかけてみたものの、ミサイルもレーザーも代金は相手持ちで、好き放題に撃てることですっかりご満悦まんえつの彼女から役立つ返答は来なかった。


 助けを求めるように通信手のレイラに視線を送るものの、わからない、降参こうさんだとばかりに両手を挙げて首を振った。


 操舵手そうだしゅ、スコットは敵の射程外ギリギリの距離を保つために神経をとがらせており、世間話など振ったらそのまま殴りかかってきそうだ。


 こういう時に頼りになるのは、やはり唯一の軍隊経験者であるヴァージルしかいない。彼は戦闘機のパイロットなのだが、今回は砲撃戦だけで決着がつきそうなので少し暇そうにしていた。もともと細い目が、いまはさらに眠たげだ。


「あのさ、ヴァージル……」


 言い終わる前に、彼はわかっているとばかりに深く頷いた。


「陣形が乱れんな」


「それだよ、それ!おかしいよなぁ?さっきから敵さんバンバン落としているのにさ、全艦構わず突っ込んでくるんだ、おかしいだろ。普通はもっとこう、逃亡者が出るとか上官が撃ち殺されるとかあってしかるべき場面だろう?」


 そういう話か、と納得したレイラが首を向けた。


「よほど統率とうそつが取れている、とか?」


「無い、それは一番無い。」


 カンザキはコンソールを操作してモニターに映る戦場配置図を指先でとん、と叩いて見せた。数時間前、戦闘開始時のものだ。


「輸送艦や病院船が戦艦の前に出ているようなふざけた配置だ。最初はヤバい爆弾でも満載まんさいしているんじゃないかとビクビクしてたよ。で、距離を取って相手の出方を見るために一発撃ってみたら普通に沈んでやんの。今にしてようやくさとったね、これは作戦とか統率なんて言葉から程遠い、ただのアホ集団なんじゃないかって」


 まゆを寄せるカンザキに、メイが振り返ってにやにやと笑う。


「前線に出ている輸送艦ならここにもいるけどー?」


「いや、それはまぁ、私たちはいいんだよ。輸送戦艦だから……」


 冗談に付き合いながらも、カンザキの思考は幽霊船団へと向けられていた。やはり、おかしい。


 あまり気は進まないが……と、呟いてから

「レイラ、スポンサーに通信だ。回線開いてくれ」


 レイラも宇宙の生活にずいぶんと慣れたのか手際よく、並走する戦艦ギロティナとの回線を開いた。


 すると、まるで通信を待っていたかのごとく、ワンコールかかるかかからないかといったタイミングでガストンの脂ぎった顔がモニターに大きく映った。


「なにこれ、グロ画像?」

「しぃ~ッ!」


 呆れるメイを、レイラがたしなめた。


 スペース・デブリの乗員のやりとりをよそに、ガストンは胸をそらして語りだした。


「いやぁ、そちらから通信をくれるとは嬉しいネェ。やはり想いは一方通行ではいけない。こっちから話しかける、そっちからも話しかける、そうでなくてはな。仲間も、友人も、そして恋人もだ!」


 仲間になった覚えも、友人になった記憶も無い。ましてや恋人などまっぴらごめんである。ガストンワンマンショーに5秒できたカンザキは、付き合いきれないとばかりに冷たい視線を投げかけている。


「話を聞く気がないなら通信を切るぞ」


「おーっとっと、悪かったよ兄弟ブラザー。ラブレターの中身を教えておくれ」


「この調子でいけば敵を殲滅できるだろう。だが、非武装の輸送艦を一隻だけ残してくれないか?乗り込んで調査したい」


 一瞬、ガストンが真顔になる。幽霊船には彼も違和感を抱いていた。できれば政府軍のみ、いや自分たちチドリ一味で調査し、情報を独占したかったのだが……


 振り返り、カメラの範囲には入らないチドリに目で問いかけた。無言で頷く。ここで揉めるわけにはいかない、仕方がないから情報をくれてやれ。

 視線を交わしただけで、意思の疎通そつうは完了した。


 またガストンはにやけ顔に戻って言った。あまりにもカメラに顔を近づけすぎたため、モニターに鼻のあぶらが付くほどだ。


「いいとも、俺も一緒に行こう。仲良くピクニックと洒落しゃれこもうじゃないか」

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