第44話

「あー、あー。ただ今マイクのテスト中。あー」


 得意げにマイクを握るガストンを、数十の冷ややかな視線が眺めていた。そんな空気の中でも態度が全く変わらないというのは一種の才能だなと、チドリは半ば感心すらしていた。


 ガストンはマイクの先端を軽くコンコンと叩き、指先から肘までまっすぐに延ばして通信手を指さした。


「前方のお客さんと回線を開いてくれ。おっと、スペース・デブリの連中にも映像が出るようにしてくれよ」


 通信手は少し意外そうな顔をしてあたりを見回す。この型破りな少佐の保護者、あるいは通訳とでもいうべきロゴス軍曹と目が合った。彼は軽くうなずき、疑問を代弁してくれる。


「通信の様子をスペース・デブリにも見せるのですか?何が飛び出すかもわかりませんし、情報をむやみに拡散するべきではないかと愚考いたしますが」


「そう、それだよそれ!誰がどう考えたって情報を独占すべき場面だ。俺だってそう思う。だからこそ、あえて見せることであいつらに、我々はあなたがたを仲間として認めていますよ、という絶好のアピールになるわけだ」


「そういうものですか」


「そういうことにしておいてくれ」


 準備が整ったと、通信手の報告により会話は中断された。

 ロゴスは完全に納得したわけではないが、上官が特に何も考えていないというわけでもなく、戦艦の持ち主であるチドリから意見が出るわけでもないようなので、それ以上とやかく言うつもりは無くなった。


 新たに開いたウィンドウの中で、カンザキが軽く手を挙げて挨拶をする。口を開いて一言何かないのかと、そういったところにロゴスは彼らとの距離感を感じた。


「所属不明艦との通信はどうか!?」


 ガストンが通信手をかすようにいった。


「通信、つながりません!…あ、いや、微弱びじゃくながら反応ありました!モニターに出ます!」


「は?」


 自分で回線を開けと命じておきながら、いざ繋がったとなるとポカンと口を半開きにして固まっているガストンであった。


 本当に、ただの確認作業のつもりだった。反応があることなど想定していない。ガストンは助けを求めるように周囲を見渡す。ロゴスへ、チドリへ、さらにはモニターの中のカンザキへ。


 だが誰もが首を振ったり、追い払うようなしぐさで手を振るのみであった。

 お前がやれ、と。


 仕方がない、出たとこ勝負と腹をくくり、ガストンはカメラの正面にどかりと座る。


 砂嵐混じりのモニターに映る男の影。目がうつろで、どこを見ているのかわからない男が座っていた。何ごとか一人でぶつぶつと呟いている。


 吐瀉物としゃぶつれたのか、白いシャツの首元が黄ばんで変色していた。服はだらしなく着崩れ、無精ぶしょうひげは伸び放題というありさまである。


「あー、もしもし?こちらは政府軍のガストン少佐、なんだが…」


 軍の佐官として威厳いげんをもって一発かましてやろう、などと意気込んでいたのだが、あまりの不気味さに気後れしてしまい、ひどく弱々しい問いかけとなってしまった。


 男は、何も答えない。


 それから何度か問いかけてみたり、手を振って見たりしたものの、男はやはり死んだ魚のような目で正面を見ているだけであった。


 さすがに苛立いらだってきたのか、ガストンがおい、と大声を出すと、男はようやく口を開いた。スローモーションのような動きで、ゆっくりと。


「お前も、俺を腐らせにきたのか…」


 顔は明後日あさっての方向を向いており、濁った眼だけがガストンを見据みすえる。まともに聞き取れるのはその一言だけであった。後は何ごとかを口の中でぶつぶつと呟いている。


 ガストンは通信手に向かって手のひらを上に向けて持ち上げるようなジェスチャーをとった。音量を上げろ、という意味である。そして数秒後にその判断をひどく後悔することになる。


 男が突然、頭をきむしり、立ち上がって大声で喚きだしたのだ。


「わかっているんだよ!俺を!お前が!お前も!腐らせに、畜生!」


 語彙ごい死滅しめつした支離滅裂しりめつれつな叫び。それだけに不気味であった。


 男は目を血走らせ、椅子を持ち上げると奇声をあげながらモニターに叩きつけた。

 二度、三度、そして映像は途切れ、大型モニターには砂嵐が流れる。


 戦艦ギロティナの艦橋部は静寂に包まれ砂嵐の、ザーという音が静かに流れるばかりであった。


「なんだ、あれは…?」


 耳を押さえて呟くチドリの声に、答える者は誰もいない。




 スペース・デブリの面々もやはり、圧倒されて言葉を失っていた。


 普通に回線がつながったときは、なんだガセネタかと思ったものだが、その後の展開は明らかに異質、異常であった。一体、何が起こればあそこまで錯乱さくらんするようになるのか。


 メイ、レイラ、スコットは不安げに視線を移し互いの顔を見やるが何も言葉は出てこない。ヴァージルが無口なのはいつものことだが、その眼は険しさを増してモニターを凝視していた。


 そんな中、カンザキだけは錯乱する男の言葉の中に気になるフレーズを見つけて考え込んでいた。


 殺す、ではなく腐らせるとはどういうことか。思い当たることはただ一つ。

 つい先日、反政府軍のグラサッハに襲われたゾンビ兵、腐食兵という奴だ。


 しかし今、対峙たいじしている男の言う腐らせる、が腐食兵を指しているなら新たな疑問が湧いて出る。制作過程だ。


 培養液ばいようえきか何かの中で一から造っているのではなく、生きた人間を改造しているということか。

 そして改造するにしても、大掛かりな手術が必要なのか、それとも注射一本で事足りるのか。


 けたたましく鳴り響くアラートがカンザキの思考を中断させた。

 素早くディスプレイに目を走らせたレイラが弾かれたように叫ぶ。


「ミサイル接近!敵艦隊からの攻撃よ!」


「迎撃ミサイル展開!スコット、後退して射程ギリギリの距離を保て!やれるか!?」


「やれるか、だぁ?楽勝だよ、俺を誰だと思っていやがる」


「操縦手のスコット」


「そうだよ」


「よし、任せる」


 小太りの操縦手と、カフェイン中毒の艦長は軽くうなずきあう。それだけで戦闘の準備は整った。



 反政府軍、腐食兵、幽霊船と呼ばれる船団、腐らせるというキーワード。どれもわからないことだらけである。


 だが、いつかそれらがつながり一本の糸となって、自分をからめとるだろう、という確信に近いものをカンザキは感じていた。まるで悪魔に足首をつかまれているような気分である。


「逃げても逃げても追ってくるものだな。過去の罪というやつは…」


 大きくかぶりを振って、モニターに映る敵船団を睨みつける。やらねばやられるというのであれば、やるまでだ。


 腹をくくり、腹の底から声を出すように、真っすぐに腕を振り下ろす。


「ミサイル、一斉発射!」

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