第43話

 二隻の最新式宇宙戦艦が並んで航行していた。いや、そう呼ぶのは語弊ごへいがあるかもしれない。並んでいるというのには少しばかり離れすぎていたからだ。

 それがそのまま、二隻の関係を表しているようでもあった。


 輸送戦艦スペースデブリの艦橋部で、操縦手のスコットは仏頂面ぶっちょうづらで正面モニターをにらみつけていた。

 画面の中で政府軍所有の戦艦、というより副官の私物であるという戦艦ギロティナがスペースデブリにけずおとらずの威圧感いあつかんを放っている。


「まさか政府軍と共闘する羽目はめになるとはなぁ。人生分からんものだな、まったく」


「悪かったよ、勝手に決めたのは悪かったよ。でも仕方ないじゃん?ああまで言われちゃったらさ」


 モニターに視線を固定したまま不満気に呟くスコットに、少し困ったような顔をしたカンザキが答えた。ここへ来るまでに何度か繰り返したやり取りである。

 こうなった流れは理解している、納得もしている。だが、感情がそれを許さない。記憶の奥底にひそむ憎悪が、今すぐにでもミサイルを撃ちこんでやりたくなるような衝動しょうどうき立てる。


 さすがにそんなことはできるわけがない。スコットはカンザキの言葉には答えず、軽く舌打ちをして頭を振り、眼を閉じてそのまま黙り込んだ。

 とりあえず大人しくなったことを確認して、カンザキもそれ以上は何も言わなかった。


 話がひと段落したところを見計らって、レイラがひょいと顔を出した。


「珍しくロクな交渉も無く決めたのね。あの様子ならもう少し高値で契約できたんじゃないの?」


 スコットが顔も向けずに、そうだそうだと野次やじを飛ばして来るが、それを無視してカンザキはいった。


「火事場で算盤そろばんはじくほど悪趣味じゃない」


 今回の仕事はあくまで人助け。そういった意味を込めた返答である。

 ここ数日の間に、すっかり癖のようになってしまった深いため息をつき、天井を見上げる。いつも通りの白い天井である。そこに、彼の求める答えなど無い。


「いまさら、何の罪滅ぼしにもならんだろうけどさ…」


 その呟きで、艦内の空気が一段と重く沈んだ。メイ、スコット、ヴァージルの顔から感情が抜け落ち、冷たいまま固定される。


 席に座らず、壁に背をあずけていたヴァージルがいった。


「死んだ人間は人を恨みも許しもしない。もう、思いつめるな」


 彼なりの慰めの言葉なのだろう。カンザキはうつむいたままであるが、かすかに頷いた。


「そうだな、終わったことだ。私は人助けを名目に自分を許す口実にしたいだけかもしれない。…いや、それすら私個人の問題に過ぎないな。宇宙から厄介ごとを取り除くのは悪いことじゃない。例え動機が欺瞞ぎまんであったとしても、だ」


 またか、とレイラだけは軽い不快感と、深い疎外感そがいかんを感じていた。一人だけ後から入った身なので知らないこと、共有できない思いがあるのはある程度仕方のないことであろう。


 だが、その溝があまりにも深く、理解の及ばぬものだとすれば、自分がここにいる意味とは、仲間とはなんであるのかと考えさせられてしまう。


 よどんだ空気を払うように、意を決してたずねた。


「一体、何の話をしているの?罪滅ぼしって、何のことよ?」


 カンザキがゆっくりと顔を上げる。その眼に、憎悪ぞうおとも哀惜あいせきともつかぬ暗い色をたたえているのを見て、レイラは軽はずみなことを聞いてしまったかと一瞬、後悔した。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

 息を飲み、もう一度口を開こうとしたところでけたたましくアラームが鳴り響く。


 邪魔をされたのか、それとも救われたのか。考える間もなくレイラはコンソールを操作し、正面モニターに新たなウィンドウを開いた。

 数千万km先に艦隊反応、識別信号アンノウン。


 一呼吸置いたところで戦艦ギロティナから通信が入った。政府軍のなんとかという少佐が場違いなほど気楽な笑顔を浮かべて語りかけてきた。


「いよう、大将!お客さんのご来店だ、そっちも気づいただろう?…あら、ひょっとして俺、お邪魔だった?」


「気にするな。お前さんが邪魔じゃない時なんてないからな、いつでも一緒さ。それで、どう動く?いきなりドンパチ始めちゃっていいのかい?」


「意外に物騒ぶっそうな奴だなあ。まずはこっちから通信を試みてみるよ。話はそれからだ」


 ちらと横目でモニターを見る。そこに映るものは軍艦、輸送艦、病院船、海賊船らしきものまである。聞いた通り、訳の分からない組み合わせだ。

 大半の艦がどこかしらに破損個所があるが、それを修理もせずに航行を続けているらしい。


 あんな艦に乗っていて不安はないのだろうかとカンザキは首をひねった。自分ならばどこかに穴が開いていれば落ち着かない。安全なところで艦を停止させ応急処置くらいはするはずだ。


 そこに人の意志が感じられない。なるほど、幽霊船とはよくいったものだ。


「幽霊船は通信に応じないんじゃなかったのか」


「だからそれを確かめるのさ。俺だって実物に会うのは初めてなんだから。ひょっとしたら世代を超えた仲良しグループが磁気嵐をまともに食らって通信機が故障しているだけかもしれない。どんな時でも挨拶ハローは大事だぞ」


「助け合う時も、殺し合うときも、か」


「そうとも。大体だな、艦の所属がバラバラで何で一緒にいるのかわからんから怪しいっていうならさ───…」


 政府軍の少佐、ガストンは言葉を区切って一人でくすくすと笑い始めた。


「俺たちだってそうじゃん?」


「それもそうだな」


 後は勝手にしろ、とばかりにカンザキは追い払うようにひらひらと手を振って見せた。


 明るい話ではなかったが、カンザキがいつもの調子に戻ったように見えて、レイラはほっと胸をなでおろした。まだ何も、解決していないとしても。

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