第42話

 一体、どこからぎつけてきたものか。いまやすっかりカンザキらスペース・デブリの乗組員たちのたまり場となったバーに、珍しい客が訪れている。いや、招かれざる客というのが妥当だとうだろうか。


 政府軍の少佐と名乗る男が現れ、依頼がしたいと言い出したのだ。


 メイとスコットは、不快感という文字を顔中に張り付けている。そんな二人を見てレイラは、確かに政府軍は信用ならないが、なぜそこまで嫌うのかと首をかしげていた。


 カンザキが自分の襟首えりくびをつまんでみせると、隣にいたヴァージルがうなずいた。確かに政府軍少佐の階級章である、と。


 どこか軽薄けいはくな印象を与えるその男が勝手にしゃべりだした内容とは、海賊討伐に

付き合えということであった。


「艦の所属、世代、種別もバラバラの船団が無差別に攻撃を仕掛けてきて、民間船を撃沈するって事件が相次あいついでね。何の要求もしてこないし通信にも答えない。そんな不気味な連中を幽霊船、って呼んでいるのさ」


「民間船に被害が出たからって動くのは軍にしては珍しいわね」


 政府軍少佐、ガストンはメイの言葉を聞こえぬふりでやり過ごした。そういった態度がますますメイのかんさわり、整った顔の眉間に深いしわが寄る。


「所属がバラバラって、どういうこと?」


 レイラが尋ねると、ガストンは待っていましたとばかりに明るい顔で、さらに早口でしゃべりだした。レイラはいらぬやぶをついてしまったかと後悔したが時はすでに遅し。仲間たちの軽く非難のこもった視線に、無言で頭を下げる。


「政府軍のスクラップ寸前の戦艦、反政府軍の新品駆逐艦、民間の重武装輸送艦などなど…。そんな感じで、なんで一緒に居るのかもわからんような統一感のない船団なのさ」


 クライマックスなので皆さんご注目、とでも言いたいのか、ぱんと手を叩いてから芝居しばいがかった仕草しぐさでYの字状に大きく腕を広げた。惜しむらくは、当の本人が役者と呼ぶには物足りぬ風体であることか。

 いや、それすらも滑稽こっけいさをかもし出して注目させる手段なのか。とにかく考えの読めぬ男であった。


「そこで!この幽霊船討伐にあたり、君たちに助っ人をお願いしたい。この政府軍のエース、ガストン少佐が直々に依頼に来たってわけさ!」


 決まった、と思ったがどうにも反応が薄い。カンザキらの冷めた視線を、どう解釈したものか


「金のことなら心配するな。詳しくは言えないが、さる大物の自治領がスポンサーに付いていてな。諸君らの望むだけの報酬を用意できる」


 と、いった。


「君たちは最近、支出ばかりが多くて稼ぎが少ない。ここらで一発、どかんと稼ぎたい、そうだろう?」


 ガストンがにやりと笑った。情報網が優秀であることのアピールと、利害が一致しているのだから無駄に時間をかけることは無いとの問いかけのつもりであった。

 だが、カンザキにしてみれば勝手に財布の中身を覗かれたような不快感だけが残る。


「さあ、返事を聞こうか。高らかに、こう、イエスと!」


「断る」


「えぇ…」


 絶対の自信を持って行われた交渉は、カンザキの無慈悲な一言でばっさりと打ち切られた。


「少しばかり調査が足りなかったな。俺たちは政府の軍人が嫌いなんだよ」


 カンザキが何の感情もこもっていない目で言い放つ。


 情報はできる限り開示した。出せる飴玉もずらりと並べ、互いの利益になることも説いた。それでも接点はまったく見いだせなかったのだ。


 ここまでくると、ガストンもいささか理不尽と感じざるを得なかった。政府軍が清廉潔白せいれんけっぱくな組織であるとはお世辞にも言えない。だが、まがりなりにも第三宙域の秩序は政府軍あってのことだ。


 汚職や賄賂が横行していようとも、無政府状態よりはマシなはずだ。

 軍に守られていながら安全な位置から一方的に文句をいわれたのではたまったものではない。

 つい、愚痴がこぼれた。


「お前らの言っていることは、警察などの治安維持組織が無くてもいいと言っているようなもんだぞ。宇宙の秩序は誰が守っているのか、もう少し考えてみろ…」


 ばん、と激しくテーブルを叩く音に、ガストンの言葉は遮られた。スコットがトレードマークともいえるハンチング帽を握りつぶして、その拳を叩きつけたのだ。


「守っているなどと…よく言えたものだな!」


 その眼に、激しい憎悪を宿やどして、ガストンをにらみつけていた。

 なぜここまで恨まれねばならないのか、ガストンにはわからない。ただはっきりしていることは、交渉のためのアプローチを間違えたことと、交渉そのものに失敗したということだ。


 カンザキはスコットの態度をとがめようともせず、ただ肩をすくめて


「これが俺たちの意思さ」


 とだけ言って、立ち上がった。それに合わせて、他の仲間も次々と立ち上がり、去ろうとする。


 ガストンは弾かれたようにドアの前へ先回りして、その身を床に投げ出した。ゴキブリを連想させるような不気味さをともなった素早さであった。ひざをつき、手をつき、ひたいを床に押し付ける。いわば、土下座である。

 その姿に、カンザキも困惑していた。


「何やってんだい、あんた…」


「奴らの犠牲になるのは俺たち軍人だけじゃない。何ら罪のない民間人もだ。今、こうしている間にも誰かが襲われているかもしれない」


 顔だけを上げて、真っすぐにカンザキを見据みすえる。その表情に今までの薄笑いは消え、民間人の安全を願う男の顔があった。

 その変わりようにカンザキは気圧けおされ、隙を突くようにガストンは畳みかけた。


「政府軍が腐敗している自覚はある。あんたらがなぜそこまで俺たちを嫌うのか、そのきっかけはわからないが、どうか今だけは忘れてほしい。名も知らぬ、哀れな犠牲者の為に!」


「そんなこと言われてもなぁ…。とりあえず話がしづらいから顔を上げちゃくれないかい」


 戸惑とまどうカンザキの前で、ガストンは懐に手を入れて取り出したものがある。

 床にちょこんと置かれたものは、ガストンのいかつい体に似合わぬ可愛らしい女の子の人形であった。


 うっすらと汚れた人形に、カンザキの視線は固定された。こうした話には人一倍敏感な男である。


「なんだい、そいつは…」


「民間船が襲われた地点で発見したものだ」


 息をのむカンザキ。そんな彼のそでを引く者がいる。

 振りかえると、そこにはいつもの笑顔からは想像もつかないような、まるで迷子になった子供のような不安げな顔をしたメイがいた。


「ねえ、艦長…」


 すがるような目を向けるメイに、カンザキは無理にでも笑って見せる。袖を掴むその手に、優しく手を重ねた。


「わかっているさ、心配するな」


 大袈裟にため息をつき、うなずき、そしてガストンへのほうへと向き直る。


「言っておくが、俺たちは高いぞ?」


「おうとも、支払いは任せておけ。こっちにはどでかいスポンサーが付いているからよ!」


「それと、もう一つ…」


 座り込むガストンの前に置かれた人形を指さし


「そいつもいただいておこうか」


「ん?そいつは構わんが…」


「こいつの持ち主はどこの誰だかわからん、赤の他人だ。それでもさ…」


 パチン、と指を鳴らす乾いた音が、意外なほど店内に響き渡る。


「男が命を賭ける理由としては充分だ」


「いいね、アンタ。最高だ」


 互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑った。




 店を出ると、意外なほど強い紫外線が目に入り込んでガストンは思わず顔を背けた。

 そういえばまだ昼間だったのか、宇宙船乗りは昼夜の移り変わりにルーズになって困るとひとりで苦笑いをしていた。


 そんなガストンの姿を外で手持無沙汰てもちぶさたで待機していたロゴス軍曹が見つけ、軽く手を振りながら近づいてくる。


「お帰りなさい、少佐。早かったですね、首尾はどうでした?」


「綺麗にまとまったよ。予算もまあ、想定内で収まった。俺の財布がどうにかなるわけじゃないが、でかい金を動かすときは胃が痛くなる」


 ロゴスの尖らせた口から、ピュウと口笛の音が漏れる。フリーの船乗りに協力要請などどうせ無視されるか喧嘩別れになるだろうと決めつけていたのだ。


 そう思われているだろう、ということはガストン自身も理解していたので、怒りもせず笑って頷いてみせる。


「そいつはめでたい。いや、おめでとうございます。チドリ様から、彼らとコネクションを持っておきたいと厳命げんめいされていましたからね。これでお説教をされることもなさそうです、残念ながら。ところで…」


 チラと視線を脇に移す。そこには、うず高く積まれたゴミの山があった。


「少佐、店に入る前に人形なんか持ち出してどうしたんですか?」

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