第41話

 第三宙域首都星、レークス。惑星をじくとして惑星管理局のちょうど真反対に治安維持局ちあんいじきょくが存在する。第三宙域の政府軍を取り仕切り、巡回じゅんかいなどを行う機関だ。


 天を突くが如き豪勢ごうせいなビルの最上階、治安維持局最高責任者レグナルド中将ちゅうじょう執務室しつむしつに呼び出されたガストン少佐であるが、特に緊張した様子もなく、にやにやと笑っていた。呼び出された要件はわかっている、毎度のことだと。


 レグナルドは分厚い眼鏡めがねのせいで小さく見える目で書類に目を走らせ、忌々いまいまにため息をついた後、デスクに放り投げた。


「また貴様は海賊を問答無用もんどうむよう撃沈げきちんしたらしいな。」


「まぁ、それが俺の仕事ですから。」


 上官の煩悶はんもんなどどこ吹く風と、なぜか得意げなガストンであった。


「いや、問答無用もんどうむようというほどではありませんよ?一応、話はしました。ただ相手がバカで話すに値しなかっただけで。」


人権保護団体じんけんほごだんたいからも苦情くじょうが来ているぞ。海賊といえど裁判を受ける権利があると。」


「その団体さんとやらが、犯罪者の取り締まりと被害者への見舞金みまいきんの支払いをやってくれるなら俺も何も言うことはないんですがねえ。」


 気に入らない。この余裕たっぷりの態度がなにより気に入らない。上官に対する敬意けいいなど一片いっぺんも無い。


 原因はわかっている、あの小娘だ。たとえ軍をめさせられたとしても第三宙域最大の自治領、ラウルス領に引き取ってもらえればいいという考えが、こうした態度に出ているのだ。


 ガストンだけではない。こいつの部下ども全員が軍の規律きりつを軽視し、チドリ・ラウルスに忠誠ちゅうせいささげているようなふしがある。


 恩義おんぎを忘れた飼い犬どもめ、えさを多くくれる者がいればあっさりえるのか。殴り、怒鳴りつけてやりたかったが何とか自制じせいする。そんなことをすれば、こいつは普通に殴り返してそのまま軍から逃げ出すだろう。


 軍の上下関係は鉄のおきてによってっていなければならない。戦場で命令違反など起こってはならないからだ。極端きょくたんに言えば、兵は上官から死ねと言われれば死ななければならない。

 そうすることで結果的に勝利を得てより多くの兵を生かすことになる。それが、レグナルドの哲学てつがくであった。


「貴様のような反社会的な人間がなぜ軍にいるのか、理解に苦しむな。」


 ほおをひくひくと動かしながら、視線で呪い殺さんばかりににらみつける。


「ヤクザの看板かんばんに正義とか歴史とか、そういう文字を書き込んだものを軍隊と呼ぶのです。まぁ、ちょっとばかし職務しょくむに忠実すぎるところはありますがね。」


 だめだこいつは。軍の規律にも、中将の肩書にも、まったく敬意を抱いておらず、恐れてもいない。いつ辞めてしまってもいいという考えひとつでこうも厄介な存在になるのか。


 この馬鹿一人だけならどうとでもなる。だが、軍全体に広まってしまえば治安維持局の存在そのものがおびやかされるというのは過言かごんでも妄想もうそうでもあるまい。


 しかし、そこまで考えていながら兵の待遇たいぐうを向上させようとは微塵みじんも考えないレグナルドであった。ただの道具が人間様に逆らっているのだという怒りだけが彼の感情を支配している。


 数十秒の沈黙。次にレグナルドが顔を上げたとき、彼の目にはひどく冷たい色が宿やどっていた。今までとは違う反応に、ガストンはおや、と首をかしげる。


「そうかそうか、では愛国心あふれるガストン少佐に新しい任務をくれてやろう。嬉しいだろう?」


「え?あの、中将閣下、我々はついさっき巡回任務を終えて、宇宙港からまっすぐこっちに来たばかりなのですが…。」


 抗議こうぎなど耳に入らないとばかりに、レグナルドは鼻をふんと鳴らした。軍を辞めてやるというほどでもない、ほどほどの嫌がらせである。休暇など知ったことではない。


 うろたえるガストンの表情に満足しながら言い放った。


「軍もヤクザも大して違いがないのだろう?」


 これ以上話すことは無い、とばかりの無情むじょう宣告せんこくに、ガストンは思わず呟いた。


「人権無視は良くない…。」




 格納庫かくのうこに運び込まれた趣味の良い椅子とテーブル。椅子に腰かけ、作法など完全に無視して紅茶をすすり、ガストン少佐の部下であり相談役であるロゴス軍曹ぐんそうは最新式の戦艦をうっとりとした、熱っぽい目でながめていた。


「乗るのもいいけど、外から見てもいいもんですなぁ…。」


 向かい側に座る少女が優雅ゆうがな手つきでカップを置き、軽くうなずく。コレクションのなかでも一番のお気に入りを持ってきたのだ、それをめられて悪い気はしない。


「特に、艦体正面にそなえた二門の回転式機関銃がたまらんですな。実に、セクシーです!」


「せ、せくしぃとな?」


 戦艦のめ言葉としていささか耳慣みみなれぬ表現に戸惑とまどうチドリであった。そんなチドリの動揺どうようなど気づかないようで、ロゴスの演説えんぜつはますますヒートアップする。


「主力武器が徹甲弾てっこうだんというのがまた、玄人好くろうとごのみというか、いやぁ、渋い!ミサイルは迎撃げいげきされる可能性があるし、レーザーはバリアで弾かれるかもしれない。だが、徹甲弾なら確実にダメージを与えられますからね!海賊船がけずり落とされ、穴だらけになるさまは見ていて興奮こうふんしました。否、絶頂ぜっちょうすら覚えました。エクスタシーを感じます。」


「うむ、そうか。さっぱりわからん。」


「同意してはいただけませんか…。いえね、マシンが破壊される場面っていうのは男の子にとって感動するところなんですよ。」


「四十をいくつも過ぎて、男の子もなかろうよ。」


「兵器に恋する男は、いつだって男の子です。」


 一人で勝手に納得し、ロゴスはまた戦艦に視線を移したので、これ以上藪を突くこともなかろうとチドリも口を閉ざした。


 ちらと腕時計を見やる。おかしい、ガストンが戻ってくるのが随分ずいぶんと遅い。

 そう考えていると、やがてガストンが背を丸めたままふらふらと歩いてくるのが見えた。


 集合をかけたわけではないが、兵たちがひとり、またひとりと駆け寄ってくる。 長期航海の後は休暇がもらえるのが習慣であるが、報告もせずに勝手に休むわけにはいかない。艦長が上官に報告し、その後の指示を受け、それを兵に伝えてようやく解散だ。


 ガストンはチドリの前に立ち、疲れた顔で敬礼けいれいをする。チドリはティーカップを目線の高さまで上げてうなずいた。当然、軍の礼節れいせつにかなったものではない。自治領を通した独自の主従関係ができあがっていることの証明のようなものだ。


「どうした、早う連絡事項を伝えぬか。休暇や給料を先延さきのばしにするがごとき行いはシャレにならぬぞ。」


「いや、それはそうなんですけどね…。」


 何故なぜか言いよどむガストンに、チドリとロゴス、そしてとりあえず集まった兵十数名のいぶかな視線が集まる。


「出撃命令、もらっちゃいました。」


 はぁ?と、一斉いっせいに声が上がる。ガストンは背を丸め、頭をかきながら、できるだけ優しく言ったつもりだが、当然そこに可愛らしさなど微塵もなく、周囲の反感を買うばかりであった。


「どういうことですか少佐!?」


「休暇は当然の権利でしょう!」


「また何か余計なこと言ったんですか!」


「以前から思っていましたが、アホですかアンタは!?」


 兵の口から次々と非難ひなんが浴びせられた。そして、そのどれもが正論であり、ガストンが手のひらを見せてまぁまぁ、などと言っているが、なだめることはできなかった。


 チドリがばさり、と派手に音を立てて扇子を開くと、皆しずまり返って注目した。彼女が代表して話をつけてくれるのだろう、そう期待してのことだ。


「あいわかった、レグナルドに伝えい。修理、補給が終わり次第しだい出立すると。」


 ガストンがぽかんと口を開けている。何かを思い出そうとしているが、心当たりは何もない。


「修理…?どこか、弾くらっていましたっけ?」


「何を言うか、エンジン一基いっき、やられておろう。艦の心臓部ゆえ、じっくりとメンテナンスせねばのう。」


 扇子で口元を隠しながらの言葉であるが、どうやら笑っているらしい。ロゴスもにやにやと笑っている。兵たちも顔を見合わせ、その意味に気づいた者と、首をかしげるものと半々であった。


 少し遅れて、ガストンもぱっと表情を明るくする。


「ああ、そうだったそうだった。エンジンに一発、きついの食らっていましたねぇ。修理にどれくらいかかるでしょうか?」


 少々わざとらしい物言いだが、とがめられはしなかった。共犯者たちと意思を同じくするための儀式ぎしきのようなものだ。


「このような場合、あまり長く設定しすぎてもな…。ふむ、一週間といったところか。整備班へはわらわから伝えておこうぞ。」


 そもそも、無茶を言っているのは向こうの方だ。これくらいなら文句も出ないだろう。整備班へラウルス自治領の令嬢れいじょう直々じきじきおもむき、金をつかませればそれで誰もが幸せだ。


 チドリは扇子をふところにしまい、パンパンと手を叩いて注目をさせた。


「皆、聞こえたな?これから一週間の自宅待機ぞ。事情があって出かけるときも、いつでも連絡が取れる状態にしておくこと、よいな?」


「ハッ!」


 ガストン、ロゴスを含む全員が一斉に、背筋のぴんと伸びた敬礼で返す。その後、この場にいない者たちへの連絡など細々こまごまとしたことを伝えてから解散となった。兵たちは小走りで去っていく。


 一人残ったチドリに、ガストンがあらためて軽く頭を下げた。


「助かりました。ここで暴動でも起きたらあのクソ上官、喜々ききとして俺を処分しにくるでしょうから。なにより、部下に休暇も与えられない無能と呼ばれるのは嫌ですからね。」


「よい、これは妾にしかできぬ役であったろう。それで、次の任務とは何ぞ?また巡回警備か?」


「いやぁ、それなんですがね…。」


 何故かガストンは困ったような顔をして、視線を左右に揺らす。


「幽霊船退治、だそうです…。」


 一拍いっぱくの沈黙。宇宙戦艦がすっぽり入るほどの巨大な格納庫であるにもかかわらず、チドリの「はぁ?」という驚愕の声が響き渡ったように思えた。

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