死者たちの舞踏

第40話

 第三宙域首都星レークスからはるか数億キロメートル地点。宇宙連邦政府の直轄地ちょっかつちではない、自治領の点在てんざいする宙域である。政府の目の届きづらい場所であるからこそ、巡回じゅんかいパトロールは地味であるが重要な役目であった。


 もっとも、この政府の目の届かない場所、という点が問題であり、軍の威光いこうを背にしてもっぱ賄賂わいろの回収にばかり熱心な連中が数多く存在し、政府軍と自治領のみぞは近年深まるばかりであった。


 巡回任務中の1隻の戦艦が、海賊船5隻に囲まれていた。本来ならば勝負にすらならない。即座に降伏したとしてもなんら非難されるいわれはない状況である。

 

むしろ乗組員の安全を優先するならば降伏が推奨すいしょうされるかもしれない。無論、海賊側が話の通じる相手であればの話だが。


 しかしこの時、政府軍は海賊の降伏勧告こうふくかんこくに従わず、通信が切れると即座に攻撃を仕掛けてきた。差し伸べた手を払いのけられたようで、海賊たちは気分を害したが、すぐに考え直した。


 できる限りの抵抗はした。奮戦ふんせんするもおよばず、断腸だんちょうの思いで降伏をした。そういった体裁ていさいを整える必要があるのだろう、と。同情すらしていた。適当にレーザーをばらいて付き合ってやろう、と。


 海賊船団のうち、一番前に出ていた駆逐艦が徹甲弾てっこうだんに撃ち貫かれ、エンジンが盛大に爆発したところで、ようやくその考えが甘いと悟った。奴らは、本気だ。


 慌てて反撃を開始するも、海賊側は指揮系統が混乱しており連携が取れず、散発的な攻撃しかできずにいた。レーザーはバリアに弾かれ、ミサイルは迎撃用小型ミサイルの誘爆ゆうばくに巻き込まれ全てが消し飛んだ。


 そうした攻撃の合間に戦艦から徹甲弾の集中が浴びせられ、1隻、また1隻とスクラップができあがる。気が付けば動ける艦は海賊頭かいぞくがしらの乗る旗艦のみとなっていた。


「回線を開け!降伏だ、降伏を申し出るぞ!」


 海賊頭は狼狽うろたえながら指示を出す。今度は降伏をうながすためでなく、申し出るために。


 降伏すると言っても、誰からも非難の声はあがらなかった。


 艦の性能か、人員の練度れんどか、あるいは先手を取られたのがまずかったのか。いずれにせよ、今となっては戦況をひっくり返すことは不可能である。




 第三宙域、宇宙連邦政府軍少佐ガストンは浅黒い顔の、あごに伸びた無精ぶしょうひげをいじりながら海賊たちの言い分を半ば聞き流していた。彼らの申し出は要約ようやくすると


「降伏するので今すぐ攻撃を止めてくれ。捕虜ほりょとして正当な待遇たいぐうを要求する。」


 とのことである。


 ガストンはあきれ顔で首を回し、背後を振りかえる。艦長席のさらに後ろ、一段高い所にえ付けられた豪奢ごうしゃな椅子。そこにしているのは気品ある顔立ちをした少女であった。先端に白い毛皮をあしらった大きな扇子せんすをゆったりとした動作であおいでいる。


 首元に光る階級章かいきゅうしょうは中尉のものであるが、その待遇たいぐうあきらかに少佐であるガストンよりもずっと上である。軍服もマントを付けたりスカート丈を短くしたりとやりたい放題で、元々どんな制服であったかわからなくなるほどであった。


 この異常な好待遇について、兵たちからは不平不満は一切挙がらない。それもそのはず、彼女こそ、この第三宙域の自治領の中で最も強大なラウルス自治領の一人娘であり、最新鋭の戦艦は彼女の私物である。名を、チドリ・ラウルスという。


 支給された型落ちの艦とはまるで性能が違う。戦力はいわずもがな、高い居住性きょじゅうせいを備えており、兵の中には休暇中に家に帰るよりもずっと住み心地ごこちがいいなどと言い出すものまで現れる始末しまつである。


 この仕様しようについてチドリはこう語っている。


「長い航海なればこそ、兵どもの疲労には気を使わねばならぬ。にもかかわらず、軍というものは兵をざつあつかうことを美徳と感じてすらいるようだ。不条理ふじょうり悪環境あくかんきょうに耐えてこそ一人前の兵とな。実になげかかわしい。己を軽んじるものに誰が忠誠をささげようか。地位や階級が高ければ無条件で尊敬されて当たり前、それができない奴は無礼者、などと狂人の戯言たわごととしか思えぬわ。戦うのが兵の役目ならば、その環境を整えるのが上役うわやくつとめであろうよ。」


 彼女が兵たちから敬意けいいをもってむかえられるのは、決してその地位にるものではない。任務終了後に首都星に帰還きかんしたときなど、軍の給金とは別に彼女のふところからボーナスを出したりしていることについては、軍内部から不公平だの風紀を乱すのと苦情が出ているが、チドリはそんなものどこ吹く風であり


わらわめるより、給与体系を見直すがよかろう。払った給料以上の忠誠など求めるでないわ。」


 と、まるで取り合わなかった。


 若干じゃっかん16歳にて、屈強くっきょうな野郎どもから我が母、と呼ばれしたわれるチドリであるが、決して誰にでも無条件で慈悲じひ深いわけではない。


 今、正面大型モニターの中で必死に自己弁護をしている海賊を道端にぶち撒けられた汚物を見るかのような冷たい目で見ている。


 ガストンが苦笑いしながらこちらを見ていることに気づくと、チドリは扇子を畳んで首のあたりをスッと滑らせるようなジェスチャーをした。ガストンは頷き、マイクを握って少々おどけたような声を出し、海賊の演説に割り込んだ。


「あー、海賊諸君、君らにひとつ聞きたいことがあるんだがよろしいかね?」


 話が少し前に進んだと解釈かいしゃくしたのか、海賊頭が愛想笑あいそわらいを浮かべて顔を上げる。だが、それに続くガストンの言葉はあわい期待を切り捨てるものであった。


「…君たちは民間船に、襲わないでくださいって言われたら、襲うのを止めるのかい?」


 海賊の表情が固まる。そんな訳があるか、と叫びだしたかった。だが、そんなことを言えば返ってくる答えも決まっている。じゃあ、こっちも止めないよ、と。


 ガストンの薄笑いを見るに、答えようのない質問をして海賊たちをおちょくっているのだ。それがわかっていながら穏便おんびんに、慎重に答えを選ばねばならなかった。自分たちが助かるために。


「えぇと、それは…、時と場合によっては見逃すかな。はは…。」


「へぇ、どんな場合だい?」


「例えば、女子供が乗っている時とか…。」


 突如とつじょ、ガストンが噴き出すように笑い出した。どう見ても好意的な笑いではない。海賊は己の失態しったいを悟り、なんとか取りつくろおうとするがガストンの鋭い一喝いっかつさえぎった。


「だったらお前らは助けなくてもいいな!」


 通信を一方的に打ち切る。今度はガストンが振り返るまでもなく、チドリが立ち上がり扇子を大きく開いて前へ突き出した。


「徹甲弾斉射用意!目障めざわりな連中を宇宙のちりにしてくれようぞ!」


「イェス、マム!」


 チドリの号令一下ごうれいいっか、部下たちが一斉に動き出す。海賊船からレーザーやミサイルが飛んでは来るものの、どれも明後日あさっての方角へ抜けていった。まともに照準もつけられないほど慌てふためいているようだ。


「発射!」


 バサリ、と音を立てて扇子が振り下ろされる。同時に戦艦前方の装甲が開かれ、巨大な回転連発式機関銃が前へとせり出す。ゆっくりと回転を始め、300mm徹甲弾が真空中に勢いよく放たれた。


 火器管制システムがよほど優秀なのか、数百万km離れた海賊船に一発、二発三発さらには十数発、数百発と次々に命中する。


 装甲を貫き、格納庫で暴れまわり、エンジンルームを破壊する。弾薬庫に襲い掛かり、ミサイルに誘爆する。艦橋部に飛び込んだものもあり、海賊頭は叫び声を

あげるいとまもなく、肉片となり果てた。


 つい先ほどまで動いていた戦艦が爆発四散するまでわずか数秒。役目を終えた巨大機関銃は音もなく引き込まれ、装甲によってふたをされる。


 敵旗艦の他に、何隻かまだ形を保っているものもあるが、どれも全て穴だらけであり、航行不能である。


戦果せんかは充分であろう。首都星へ帰還する!」


 チドリは満足げに頷き、畳んだ扇子を手のひらにぺちぺちと軽く叩きつける。少々意外そうな顔して、ガストンがたずねた。


「あの船は持って行かないんですかい?ボロ船ですが、売れば小遣こづかい程度にはなると思いますが。」


「修理したとて使えぬわ、あんなもの。古いものを無理に修理して使い続けようとすれば新品を買うより高くつくし、不便なものよ。骨董趣味としてでるためならそれもよいが、ああも悪趣味な海賊船ではな…。」


「船として運用することはできずとも、鉄くずとしてリサイクルできる部分はいくらでもあるでしょう。」


「ここから首都星、あるいは妾のラウルス自治領へ運ぶにしても、輸送コストがかかりすぎるわ。割に合わぬ。一番近い自治領に、せいぜい恩着せがましく伝えてやれ。海賊を沈めてやったぞ、と。」


 チドリは出来の悪い生徒に説明する教師のような口調で語りかけた。ガストンは首都星にある自室のエアコンを思い浮かべながら黙って頷いた。帰ってボーナスをもらったら、買い替えようと。


「それに、付近の回収業者の仕事を奪うのも気が引けるでな。」


「なるほど、それが正しいご近所付き合いというわけですね。」


「ごきんじょ…いや、まあ、そういうことになるか?」


 急に話がスケールダウンしたことに戸惑とまどいつつも、一応は理解を示すチドリであった。

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