第46話

 戦闘は終わった。


 輸送戦艦スペース・デブリ、戦艦ギロティナ双方からアンカーが打ち込まれ、幽霊船団のうち一隻、輸送艦が固定された。ちょうど川の字のような形である。


 スペース・デブリからはカンザキとヴァージルが。政府軍からはガストンと他十数名が乗り込んだ。いずれも銃を熱線銃を構え、油断なく周囲を見回している。ただ一人ヴァージルだけが剣一本を腰に下げいつもとかわらぬ様子だ。


 物音がしない。兵たちの衣擦きぬずれと息遣いきづかいだけがはっきりと聞こえる。


「誰も出迎でむかえに出てこないとはどういうわけだい。まあ、ノックはしなかったけどさ」


「大声で呼んでみるか、宅配便たくはいびんです、って」


 緊張きんちょうしながらも軽口だけは忘れないスペース・デブリの二人を、取り囲んだ兵たちが、なにいってんだこいつら……という目で見ている。


「大の男が十数人集まって玄関げんかんでわちゃわちゃやっていたって仕方ないだろう。行くぞ」


 そういってヴァージルはさっさと歩き始めた。緊張が少しは解けたのか、カンザキは熱線銃で肩をとんとんと叩きながらそれに続く。


「ちょっ、ちょっと待った!まだ方針ほうしんもなにも決まってないだろう?こういう時、集団行動を乱しちゃいけねぇよ」


 ガストンが苦笑いしながらいうが、ヴァージルはふん、と鼻を鳴らし

「集団行動?」道端みちばたくそでも見る様な視線を投げかけた。


「俺には、責任のなすりあいをしているようにしか見えんな」


「行動が遅いことは認めるさ。だけどさぁ、せめてリーダーを決めるとか。指揮権を一本化することは大事だよ?」


「こっちはこっちで勝手にやる。お前らも好きにしろ」


 一方的に話を打ち切り、また進んでいってしまった。残された兵たちはやはり、困惑こんわくした顔を見合わせることしかできなかった。彼らの背が消えてから口々に

「勝手な奴」「政府軍に対して無礼な奴」とわめきだしたが、当然そんな陰口かげぐちがなにか状況の改善につながるわけでもない。


 ガストンはヘルメットを外し、大きなため息をつきながら頭をかいた。


 お互い勝手にやろう、それができれば苦労はしない。この輸送艦にどんな情報が転がっているかわかったものではないのだ。できれば民間人など入れずに自分たちだけで調査ちょうさしたかった。


 政府軍の威光いこう恫喝どうかつも通じない、同等の戦力を持った相手だ。へたに刺激すればどういう形で返ってくるかわかったものではない。


 仕方ねえ、と呟いて諦めたようにガストンも彼らの後を追った。


「少佐、どちらへ?」


「どちらもこちらもないでしょうが。あいつらを放っておくわけにはいかんだろ。何らかの重大情報をだな、連中がふところに入れて、こっちは何も知りませんでした、なんてことになってみろ。俺たち全員チドリ様の前で正座して説教されることになるぞ」


 言いながら早足で進むガストンを、ひとり、またひとりと兵たちがまばらに追い始める。


「あのデカイ扇子でほっぺたをペチーンってやられるのは、趣味性癖しゅみせいへきによってはご褒美ほうびなんだろうけどさ、おしおきが給料という形で反映はんえいされたらたまらんだろ?」


 すぐ後ろに続く兵が、全面的な同意を示すように大きく頷いた。


 つい先ほどまでは緊張で口が重かったが、話し始めれば今度は止まらなくなった。この艦内の異様な空気がそうさせる。


 軍人として幾度いくどいできた。しかし宇宙には似つかわしくない、腐った血の匂い。それがどこからか、というより艦全体からただよっているような気がするのだ。


 息苦しさに包まれながら、さてあの馬鹿どもをどう探そうかと考えていると、意外に離れていなかったようで、すぐにその背が見つかった。


 足音を立てないようにしていたとはいえ、十数人が近づいてきたのだ。カンザキが気づかないはずも無く、振り向いて人差し指を唇に当てた。


 そのジェスチャーが静かにしろという意味だということはわかる。だが、次に彼がとった動きはひどく奇妙なものだった。人差し指と中指をまっすぐ揃えて水平にし、口の前でくるくると回したのだ。


 はしで、蕎麦そばをたぐるような動き。つまりは食事中という意味だろうか。兵をその場にとどまらせ、ガストンは単身、壁に身を潜ませ廊下を覗き込むカンザキたちに近寄った。


 ちょっと見てみろ、とばかりにカンザキは廊下を指さした。この先に何があるのかわからないが、血の匂いが強くなってきている。


 ろくでもないことだ、絶対に。ガストンは慎重しんちょうに、呼吸音すら止めて顔を出した。少なくとも彼自身、慎重に慎重を重ねたつもりだった。


 まっすぐ伸びた廊下。十数メートル先で起きている凄惨せいさん晩餐会ばんさんかい。周囲に飛び散る血と、無造作むぞうさに転がる手首のようなもの。そして、しゃがみこんでそれを食らっているものも、また人間だ。


 思わず叫びだしそうになった。それだけはなんとかこらえたが、退いたはずみで背を壁にしたたかに打ちつけてしまった。


 物音に食事中の男らしき者がゆっくりと振り返る。体格と服装からして多分、男だろう。顔で判断がつかないのだ。

 皮膚はくさただれ落ち、どこかで失くしたのかその片目は空洞くうどうであった。


腐食兵ふしょくへいかッ!」


 カンザキが真っ先に飛び出し、熱線銃を構える。


 腐食兵は立ち上がろうとしたが、カンザキがそれを許さないとばかりに膝に熱線を撃ち込んだ。ぐらり、と身をよろけさせるが止まらない。足を引きずり、奇声をあげながら走りかかってきた。


 二発、三発と続けて撃ち込む。我に返ったガストンも、壁に身をあずけながらも熱線銃を向けて、敵の体を貫いた。

 どう考えても、話し合いができるような状況ではなさそうだ。


 主導権が自分たちから離れ、変化する状況に対応するだけで手いっぱいだ。そんな苛立ちをぶつけるように撃ちまくった。


 だが、腐食兵はそれでも止まらない。


 骨の先端がむき出しになった指が、カンザキの首に触れようかというところで閃光が走り、腐食兵の右手が切り落とされた。ヴァージルの特殊合金ブレードだ。


 返す刀で首を飛ばす。この展開は最初から読めていたとばかりにカンザキは身を退いて、倒れ込む腐食兵を避けた。


 どう、と倒れた腐食兵の首から粘りをもって流れ出す血は、赤と呼ぶにはあまりにもどす黒い。


「私の苦労、なんだったんだろうなぁ……」


 以前、カンザキが襲われたときは腐食兵にさんざん追い回され、メイの助けがあってようやく撃退したものだ。今、ヴァージルが芸術的ともいえる剣技であっさりと首を飛ばしたのは頼もしいやら悲しいやら、複雑な心境しんきょうであった。


「こいつが以前、艦長が襲われた腐食兵とやらか?」


「間違いない。類似品るいじひんが出回っていなければの話だが」


 足元に転がる腐食兵の生首はいまだ歯をかちかちと打ち鳴らしている。ヴァージルはそれをつまらなさそうに、政府軍の兵たちに向けて蹴とばした。


 蜘蛛の子を散らすように兵たちは悲鳴を上げて一斉に下がった。生首を中心に人の輪ができている。


「参考資料だ、くれてやる」


 そう言い放つと、またヴァージルとカンザキはさっさと歩きだしてしまった。


 参考資料、確かにその通りだ。ガストンたちは敵の情報を集めるためにここへ来たのだから、この腐った生首は貴重なサンプルと言えないこともないのだが……。


 やはり、率先そっせんして確保しようとする者はいない。


 こういった時は名指しで指示を出さねば人は動かない。そして、指名した者は後で恨まれることになるのだろうなと、しみじみ考えつつ、ガストンは不幸な男を三人ほど選び出した。


 非難のこもった視線を向けられる。なぜ俺なんだと言いたいのだろうが、たまたまそこにいたからとしか言いようがない。


 その場からさっさと立ち去りたいとばかりに、ガストンは熱線銃を振って進軍を促した。


 途中で、あの首はまだ動いているのだろうかと振り返ると、確保を押し付けられた三名はいまだに誰が持つのか、容器はどうするのかと話あっていた。

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