第47話

腐食兵ふしょくへいが出てきたとなると当然、反政府軍も関わっているだろうし。この一件、意外に根が深そうだな」


くさえん、というやつだな」


 不穏ふおんな空気漂う大型輸送艦の中を、カンザキとヴァージルは軽口を叩きながら歩いていた。油断しているわけではない。緊張をほぐすためにやっているわけでもない。いつの間にか、これが彼らの日常となっていた。


「ああ嫌だ嫌だ。それこそさっさと手を切りたいもんだな。お前さんはついでに首まで斬っていたけど」


「そのほうが後腐あとくされがないだろう?」


 違げぇねえ、と呟き、カンザキは丁字ていじ分岐路で足を止めた。


「大佐は艦橋部を押さえてくれ。私は周辺の調査をしてくる」


「まだ何が起こるかわからん。俺が調査に行った方がよくはないか?……いや、俺では何か見つけても判断つかないか」


「何かあったら大声出して逃げ出すよ。それと、艦橋部には後から団体さんが流れ込んでくるだろうし、チャンバラできる奴をそっちに回したいわけよ」


心得こころえた」


 軽く手を振ってその場で別れ、ヴァージルは艦橋部へと向かった。走っているわけでもないのに、その速さは常人の全力疾走を超えている。


 剣を抜き払い、艦橋部のドアを蹴破り侵入する。抵抗する者はいない。それどころか動く者すら一人もいなかった。制圧のしようがない。


 周囲を警戒しつつ進むヴァージルの足元に転がる死体。腐ったものから、真新しいものまで様々だ。


 かつては軍の特殊部隊に所属しょぞくし、様々な任務をこなしてきたヴァージルである。死体は恐怖の対象ではなく、情報のかたまりでしかない。ポケットをあさり、財布や小物入れを取り出して中身を確かめる。宇宙船舶免許、各種カード、何を見ても怪しげなところは何もない。


 背後で、ドアが開く音がする。大人数が入ってくる足音がする。だが、ヴァージルは振りかえりもしない。どこの馬鹿がやって来たのかは理解しているし、背後から撃たれたとしても避ける自信がある。


「よぅ、俺たちも調査の仲間に入れてくれよ。……あれ、カンザキの旦那は別行動かい?」


 ガストンがれしく話しかけながら近づいてくる。返事を聞く前からガストンの部下たちは散らばって、死体やコンピュータを調べ始めた。


 ヴァージルは死体の財布から抜き取ったカードを一枚、懐に入れた。


「なぁ、今いったい何を……」


 その場面を見て、さらに近寄って来たガストンの襟首えりくびつかみ、壁に叩きつける。ぐぇっ、と銀河ウシガエルのような声をあげるガストンの首筋に、ヴァージルの特殊合金ブレードがあてられた。


 周囲の兵たちが一斉に顔を上げる。熱線銃を向ける者も数名いた。


「動くな!弾の一発でも撃ってみろ、こいつの首を跳ね飛ばす。その後、貴様らも皆殺しにしてやる」


 魔王のごとき宣告が、数十名の兵を縛り付けた。


 普通に考えれば、ガストン一人を殺すことはできても、数十の熱線銃に狙われて逃げおおせるはずもない。だが、この男はやる。その自信に満ちた声と立ち振る舞いが、兵たちに確信を与えた。


「ひとつ、聞きたいことがある」


「な、なんだい。スリーサイズなら勘弁してくれ、バストとヒップに自信がないんだ」


 ガストンは精一杯強がり冗談を飛ばすが、ヴァージルは一切取り合わない。これから解剖かいぼうされるカエルでも見るような冷たい視線で射貫いぬくのみであった。


「酒場で取り出したあの人形はなんだ。なぜ宇宙で回収した物に泥汚れがついている。しかも、ゴミ捨て場に落ちていたかのような生臭なまぐささまでついてな……」


 剣を押し当てられた首筋から、ツ…と、一筋の血が流れる。今さらただの冗談でしたで済むような雰囲気ではない。


「俺はゾンビの作り方は知らんが、死体の作り方ならよくわきまえているつもりだ」


 剣よりも冷たい言葉が、ガストンの胸を刺し貫く。


「わかった、全部話すよ!確かにあれはゴミ捨て場で拾ったものだ。店に入る前にたまたま見つけて、こいつは使えるかもしれないってことで懐に入れておいたんだ。スペース・デブリの艦長は情にもろいお人よしだって聞いたんで、一芝居ひとしばいうってでも協力を得たかったんだ!」


「なぜそうまでして俺たちにつきまとう。貴様の目的は何だ?」


「う……」


 少しだけ口ごもるが、ヴァージルの剣が先を促す。このままでは地獄に落ちる前に舌を切られそうだ。


「宇宙平和……」


「そうか、よし、わかった。死ね」


「いやいや、本気だから!まずは落ち着いて聞いてくれよ!」


 尻を蹴とばされ、そのまま床に倒れ込んだ。どうもさっきから良い所なしだなと考えながら、ガストンは上半身を起こした。


「俺はこの宇宙が好きなんだよ。それと同じくらい、宇宙を荒らす連中が憎い。なんとしても幽霊船退治は成功させたかった。でも、少佐の身じゃあ軍の他の艦を動かすことはできないし、民間で戦える船と接点を持ちたかった。これは偽らざる本音だよ」


 自分でも驚くくらい、すらすらと言葉が出てくる。当然だ、これは真実であり、あれこれ考え、言葉をこねくりまわすようなものではないのだから。


 しばし流れる沈黙。ガストンの言葉をどう受け取ったのか、ヴァージルは剣を下ろして、ふん、と鼻を鳴らした。


「あの男を愚弄ぐろうすることだけは許さん。貴様からびを入れておけ」


「あ、ああ……承知しょうちした。これからも良いお付き合いを願いたいものだね」


 助かった。腰が抜けて立つことができない。部下が見ていなければ小便をらしていたかもしれない。


 ヴァージルは、ここでやるべきことはもう無さそうだと判断し、カンザキと合流すべく艦橋部を出ようとした。その背中に、せめてもの抵抗とばかりにガストンの声がかかる。


「民間人には関係ないかもしれないけどさ、俺、政府軍の少佐よ?もうちょっと礼儀れいぎとか敬意けいいとか、丁寧に扱ってくれてもいいんじゃねぇの?」


 立ち止まり、振り向いていった。仲間がつけてくれた肩書に、自信をもって。


「それがどうした。俺は大佐だ」

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輸送戦艦SPACE-DEBRIS 荻原 数馬 @spacedebris

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