第20話

 惑星管理局、局長執務室。シャイビヤのデスクに次々と浮かび上がるウィンドウモニター。資源惑星の資料だが、クロサワ運輸から提出されたものではない。独自に潜入させていた部下からの報告だ。


 カンザキらの来訪直前に届けられたものであり、交渉の前に軽く目を通すだけで30分もかかった。今は落ち着いて、隅々にまで目を光らせている。


 手元には液体燃料の入った瓶と、惑星売買の契約書。手痛い出費であったが、資料を見る限り取り戻すのにさほど時間はかからないだろう。長い目で見ればこれほど安い買い物は無い。


 液体燃料のみならず鉱物資源も豊富であり、外部装甲から電子部品まで、この星ひとつで戦艦建造の資材が賄えるくらいだ。


 資源を採取し、工場を建て、人を呼ぶ。もはや成功が約束された投資であり、自らの理想とする街を一から創るという夢想の中、シャイビヤは恍惚としていた。


「よう、局長! やっとるかい!?」


 ノックもせずにズカズカと入ってきた男がある。シャイビヤはそれを咎めようともせず、浮いたモニターを隠そうともしなかった。


 シャイビヤとは対極的な、浅黒い肌の、鍛え上げられた体の偉丈夫である。LLサイズの軍服が張り裂けんばかりに盛り上がっていた。


「やあハラード。見事にしてやられたよ。」

 と、シャイビヤは苦笑いして見せた。


 彼にとって唯一といっていい気のおけない友人であった。ハラードの階級こそ大佐であるが、准将であるシャイビヤとは砕けた口調で話している。


 余人を交えぬときはそうして欲しいと、シャイビヤから頼んだのだ。


 ハラードは頭頂部の薄くなった、赤茶けた髪をぼりぼりとかきむしると、急に真面目くさった顔をして


「金のことなどどうでもよろしい。大金が動くことで注目を集めるのがなあ…。」


「察知されたと思うか?」


 名こそ出さなかったが、二人の脳裏に敵対する派閥の男が思い浮かぶ。


「知ったか、あるいはこれから知るか。隠し通すことは無理だろうな。なんといったって四六時中、お前さんの足元を見つめるのが趣味って奴だ。」


 ハラードはモニターを覗き込み、タッチパネルを操作して画面をスクロールさせる。資源惑星の画像と並んだ数字を見て、ひゅうと口笛を吹きならした。


「宝の山とはよく言ったもんだ。多少、目立つことは覚悟のうえで艦隊を駐留させるべきだな。」


「さもないと、中将の犬が噛みついてくるか?」


「ああ、躾のなっていない飼い犬どもだ。奴らの餌場にしてやる義理は無い。」


 新たにウィンドウを開くと、そこには海賊たちの資料が現れる。


「今さら言っても詮無いことではあるが、航路を封鎖したのは下策だったな。これがなければ、自治領側もそう強気に出ることはなかっただろう。半額くらいで大人しくさせることもできたはずだ。」


「それこそ結果論だ。あの時点では資源が豊富らしいから確保しておこう、くらいの認識しかなかったんだ。それなら向こうだって手放す気は起こさんだろうし、こちらから突く必要があった。カリドゥス液が噴出するなんざ、誰も彼もがびっくりだ。」


「我ながら阿漕あこぎな真似をしたものだな…。」


 暗い声を出すシャイビヤの肩を、ハラードはばんばんと叩いて

「正義が常に勝つとは限らないが、正義を成す者が俯いている必要は無い!」


「なんだそれ、聞いたことのない格言だが。誰の言葉だ?」


 不思議そうな顔をするシャイビヤに、ハラードはふふん、といたずらっぽい笑顔を向けた。


 ふと、ハラードが何かに気づいたように、あっと呟いて顔を上げる。


「そうだ、ここに来た目的を忘れていた。海賊がらみの話で思い出したんだが、例の中尉殿が凱旋なされたぞ。手錠、目隠し、猿ぐつわという格好で、管理局の駐車場で発見された。ご丁寧に私物はビニール袋に入れて傍に置いてあったよ。私物と言っても、財布とか身分証とか、熱線銃くらいのものだが。」


 後になれば楽しかったと言える、来客との会談。資源惑星を手に入れたという喜び。そして今、友が訪ねてきてくれたという、そんな幸せに水をかけられたようで、シャイビヤの表情から笑みが消えた。


 食事の最中に害虫が出てきたような気分だ。


「あいつはどうしている、入院か監禁でもしているのか?」


「そうしようかと思ったんだけどなあ。あいつが今すぐ局長殿に面会してお伝えしたいことがありますって喚くもんだから、どうしたもんかと聞きに来たわけだ。」


「自治領で長いこと監禁されていたのだろう? 挨拶など、しばらく休んでからでも

いいだろうに。」


「痩せてへろへろになった姿を見せて、こんなに頑張りましたって言いたいんだろうさ。」


 もしそうだとしたら、浅はかな打算としか言いようがない。命令遂行の為に必死に戦ったというのであれば、自分もその姿に感じ入るかもしれない。


 だが、海賊たちの統率もできず、一人で逃げ出して捕えられ、醜態を晒した後では恥の上塗りというものだ。


「わかった、通してくれ。」

 ため息と一緒に吐き出すように言った。


「それと私物の入った袋はどうした?」


「一応、持って来たんだがな。さすがに熱線銃を局長室に持ち込むわけにはいかんだろうから外の秘書殿に預けてあるぞ。」


「貴様なら構わんさ。」


「ありがとよ。だが親しき仲にも礼儀あり、だ。最低限の一線は引いておかないとな。じゃ、許可は貰ったってことで、アホを呼ぶのと一緒に袋も持ってくるぞ。」


「頼む。」


 互いに無言でうなずくと、ハラードは部屋を出て、秘書に内線電話を借りたようだ。防音効果がしっかりとしているので外の声は聞こえない。




 元々、会いたくなどはなかった。そして実際に対面したことでシャイビヤは顔をしかめてますます不機嫌になった。


 髪はぼさぼさに散らばっており、髭もまばらに汚い伸びかたをしている。吐しゃ物がかかったのか、首元はかすかに変色しており、軍服全体からすえた臭いが漂っていた。頬が痩せこけ、目だけが誇らしげに爛々と輝いている。


 戦場で伝令がなりふり構わず駆け込んできたというのであればわかるのだが、

ここは首都星であり、管理局である。着替える時間も顔を洗う時間も充分にあったはずだ。やはり、この姿は苦労をしたのだというアピールのためだろうか。


 うんざりとした声で、傍に立つハラードに語りかける。音声遮断フィールドを張っているので中尉には聞こえない。


「おい、着替えて来いくらい言わなかったのか?」


「忠告くらいはしたんだけどなあ。局長に一刻も早く、早くの一点張りで。なんかこっちも道理を説くのが面倒になってさあ…。」


 面倒になった、とはひどい言いぐさではあるが、中尉はハラードの部下ではない。いつでも切り捨てられる人間をシャイビヤが適当に選んだのである。

 シャイビヤとしても上司としての管理責任を問われても困るのだが、ハラードを責めるわけにもいかなかった。

 苦虫をかみつぶしたような顔で、音声遮断をオフにする。


「まあ、なんだ。よく帰ってきてくれた。」


「はっ!恥ずかしながら卑劣な罠にかかり虜囚の身となったところをお救いいただき、まことにありがとうございます!」


 彼の頭の中では、身柄返還の為に交渉の場が設けられたことになっているのだろう。条件の中に入ってはいたので、特に否定もしなかった。


 それから中尉のワンマンステージが始まった。立て板に水とばかりに自らの武勇伝と海賊の無能さ、自治領の卑怯な振る舞いについて語りだした。


 人の愚かさに限界は無いのだと、シャイビヤは驚きを隠せなかった。ハラードも目を丸くして、中尉とシャイビヤを交互に見ている。


 航路を封鎖するのが目的なのだから、輸送艦を襲うのは任務のうちである。だが、それを軍の秘密倉庫に運び込んでいたとはどういうことだ。そしてその件を誇らしげに語っているのは?


 海賊たちの監視と、管理局との連絡という役目において最も重要なことは、軍とのかかわりを極力隠すことである。それをわざわざ証拠を残すような真似をして、小銭を稼いできましたと自慢しているのだ。


 ありえない事なので今まで気づかなかったが、この男は汚れた軍服を纏っている。つまり、この格好のまま海賊船に乗り込んでいたということだ。


 わけのわからない戦艦が現れたというのは予想外のことだ、それは彼の責任ではない。だが、海賊の一味のふりをして逃げ出すなり、最後まで口を閉ざすなりしていれば、自治領に弱みを見せることもなかったはずだ。


 准将と大佐が揃って自分に注視しているのを、話に興味を持ってもらえたものと解釈した中尉の弁舌はますます滑らかになった。


「局長の命を受けたこの私に暴行を加えることは、軍の威光と、局長の名に傷をつけるも同然です!すぐに艦隊を派遣し、自治領の連中に思い知らせてやりましょう!」


 鼻息を荒くして聖戦だとばかりに意気込む中尉を、シャイビヤは生ごみでも見るかのような目で眺めていた。


 なにからなにまで、なにを言っているのか。何故この阿呆あほうが監禁されたからといって、自分の名誉が傷つけられたのだと思わねばならないのか。いつから中尉がそんな重要人物になって、シャイビヤとそんな関係になったのか。


 軍人が暴行を受けたから報復行動を起こすなど、論外である。海賊船に乗り込んでいたのは軍の関係者であってはならないのだ。この男は任務の本質をまるで理解していない。


 多少、頭が悪いほうが扱いやすいし切り捨てやすいだろうと考えていたが、予想を上回る愚かさだった。


 未だ止まらぬ中尉のスピーチを手を振って遮り、デスクの上の袋から熱戦銃を取り出した。


「君の熱線銃を返しておこう。それとあの連中のことだ、何か細工をしているかもしれん。確かめてみるといい。」


「はっ!ありがとうございます!あの卑劣な連中ならやりかねんことであります!」


 仰々しく敬礼し、本日何度目かもわからない卑劣という単語を強調してから、熱線銃を手に取り、グリップを握った。

 それと同時に、シャイビヤは流れるような動きで引き出しを滑らせ、自らの熱線銃を取り出し中尉に照準を合わせる。


「え…?」


 舞い上がっていたのか、上官の勧めだから何の疑いも無く従ったのか。局長室で銃を握るということが、いかなる意味を持つのか理解できていなかったようだ。


「中尉は錯乱し、銃を抜いて襲い掛かってきた。陳腐なシナリオだが、そういうことだ。」


 一閃、中尉の喉を的確に貫き、水面に顔を出した鯉のようにぱくぱくと口を動かしながら仰向けにどうと倒れた。穴の開いた喉から言葉の代わりにねっとりとした血がごぼごぼと泡を立てて溢れだす。


 信じられない、何が起こったかわからないといった顔をしている中尉には目もくれず、シャイビヤは自分の熱線銃を眺めていた。


 おしゃべりを黙らせる、便利な道具だ。

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