第21話
いまだ正式名称の無い資源惑星。スペース・デブリはその衛星軌道上に留まり、4人のクルーは正面モニターに映る惑星を眺めていた。
カンザキはコーヒーの香りを楽しみながら、艦長席にゆったりと背を預けている。管理局から離れたことで、ようやく精神的な疲れも取れたところだ
「それでクロサワ運輸はこれからどうなるんだ、また運送屋に戻るのか?」
ボウリングマシンの設置やらなにやらで積極的に関わったおかげか、普段は他人に無関心なスコットがいった。
「解散だそうだ。惑星売却の資金を借金の返済や後始末に充てて、残った金は全部山分け。住民約8000人にそれぞれ30万クレジット、気前よくポイだってさ。」
「おいおいおい、クロサワの大将、やることが適当というか大胆というか、とにかくすげえな。」
「一生遊んで暮らせるほどではないが、夢を見たあとのおつりとしては充分だろう。」
モニターに目を向けながら、ヴァージルがいった。相変わらずマフラーで口元を隠しているが、3人の仲間は彼が笑っているのだと理解していた。
「こうして、お姫様は王子様から金をふんだくって幸せに暮らしました。めでたしめでたしってわけね。」
メイの軽口に、カンザキが笑ってうなずく。
「出番の終わった役者はさっさと降りないと、舞台がつかえちまうぜ。名残惜しいが出発しようか。まだ仕事も残っているわけだしな。」
首を回して、背後の出入り口を見やる。
艦橋部のずっと後ろ、貨物室には液体燃料の元となるカリドゥス液のコンテナがぎっしりと詰まっているのだ。
石油と勘違いしたまま貯め込んでいたものを、交渉成立のお礼として譲り受けたのだった。どうせ持っていても政府軍に接収されるものなので、どうせなら、ということらしい。
巨大戦艦の居住区と格納庫を可能な限り削り、貨物室に改造してあるのである。輸送戦艦の名はあながち冗談とも言い難い。
そんな貨物室に詰まったカリドゥス液を売り捌けばどれだけの利益となるか。
カンザキはモニターに映る惑星を見ながら、コーヒーカップを目線の高さまで持ち上げた。
「あばよ、名も知らぬ惑星。いい仕事させてもらったぜ。」
「ええ?帰ったあ!?」
クロサワ運輸が応接室と言い張る質素な小屋の中で、レイラは素っ頓狂な声をあげた。
第三宙域の首都星から自治領へと戻り、社長に報告を済ませ管理局からの入金を確認すると、疲れが一気に襲ってきたのか丸一日ぐっすりと眠っていた。
着替えもせずにベッドに倒れ込んだので、スーツもタイトスカートも所々にしわができている。目を覚ますと慌てて顔だけ洗って、社長の元へ転がり込むと、既にスペース・デブリは出発したとのことだった。
「引き止めはしたんだけどね。ほら、管理局から調査団が派遣されるっていうのに、不法所持の戦艦とかあったらまずいじゃない?俺たちの役目は終わった、とか言って出て行っちゃったよ。」
いかにも、あの男の言いそうな台詞である。
「あのバカ、お礼くらいまともに言わせなさいよ──…」
思えばまだ、朝食も摂っていなかった。空腹を紛らわすためにコーヒーでも淹れようと、ポットに水を入れてスイッチを入れた。ここで、私のもよろしく、砂糖とミルクありで、などと声がかからないのがなんとなく物足りない。
「みんな、バラバラになっちゃいますね…。」
コーヒーカップを両手で包み込み、寂し気に呟いた。
「このまま政府に雇われて開拓を続ける人、もらったお金で新たに商売を始める人、それぞれですが。…社長はこれから、どうされますか?」
「俺かい?あー、特に何がどうってわけでもないけど。しばらく観光でもしながら考えるかなあ。のんびり温泉巡りとかいいな。俺ももう結構な歳だし、これが最後の仕事でいいかなって。」
「社長、まだ50歳ですよね?隠居暮らしにはちょっと早くないですか?」
「そうなんだけどさ、一から何かを始めるっていうのはちょっとね。」
結局、宙ぶらりんは私だけか。やるべきことは全て終わった。それはいいのだが、足元にぽっかりと穴が開いたような気分である。
そんなレイラの様子を見てか、クロサワは優しく微笑んだ。
「深く考えないで自分のやりたいようにやればいいじゃないか。」
「その、やりたいことが見つからないんですよ。」
「本当に?遠慮とか常識とか、そういうのは全部取っ払って考えて、素直にやりたいことを考えてごらん。本当に無いか?」
この人にはかなわない。普段、頼りなさそうに見えてやはり開拓民のリーダーだったのだなとしみじみと感じるレイラであった。
「…受け入れて、もらえるでしょうか?」
「ああ、きっとね。傍から見ていると、本当に仲のいい友人といった感じだった。
この星の後始末とかは全部任せてもらっていいから追いかけてみなよ。小型艇も使っていいから。」
「さすがにそれは…。」
「遠慮なんかするもんじゃない。若者の背を押すのが老人の役目だ。それと…。」
クロサワは照れくさそうに笑った。そういった仕草がまるで似合わないが、だからこそのクロサワ社長なのだと、妙な納得をしていた。
「俺も少し、格好つけたくなってね。」
「男の人って、本当にそういうの好きですよね。」
「彼ほど突き抜けてはいないさ。」
バイクに乗って、トレンチコートをマントのようにたなびかせていた姿を思い出し、ぷっと噴き出した。少しずれてはいるが、レイラたちにとってのヒーローには違いない。
それからしばらく、二人は談笑していた。今は全ての不安が取り除かれたのだ、
苦労も恐怖も、笑い話だ。
クロサワはスペース・デブリのクルーの話を好んで聞き、レイラも喜んで語った。何がツボにはまったのか、局長とのやりとりのくだりで、クロサワは腹を抱えて笑っていた。
やはりクロサワも管理局に対してはなにかと思うところがあったのだろう。
第二宙域へ話を持っていくと言った時の、局長はどんな顔をしていたのかと聞き、
ゴギブリでも見る様な目でしたよ、と答えると、一段と激しく笑った。
虎の威を借りる狐、という言葉があるが、虎の顔も名前も連絡先も知らないのだ。第二宙域の管理局長はさぞかし迷惑だろう。それを脅しに使うカンザキは良くも悪くもただ者ではない。
時系列順に語った彼らの武勇伝、あるいは珍道中は終わりを告げ、現在へとたどり着いた。
しばしの沈黙。そしてレイラは毅然として立ち上がり、お辞儀をした。
「社長、行ってきます!」
真っすぐ、力強い足取りで、部屋を出る。振り返ることは無かった。
一人残されたクロサワは、淡い甘美さと
まだ温かいポットを使ってインスタントコーヒーを淹れる。砂糖を少し多めに入れよう、それがきっと、今の気分にはぴったりだ。
スペース・デブリが拠点として使っている自治領の一つ、惑星プルウィア。
積み荷を全て売り捌き、全員に休暇とボーナスを渡して数日後、カンザキはお気に入りのバーへと呼び出された。
メイとは特に用事がなくとも一緒に飲みに行く仲である。呼ばれるのは一向に構わないのだが、今回は就職希望者の面接をしてほしいとのことだった。
「できれば大佐とスコットにも同席して欲しかったんだけどね。」
「ふぅん、あいつらどこ行った?」
「キャベツ畑を耕しに…。」
遠回しな表現だが、カンザキは即座に理解した。そうだろう、あいつらに休暇とボーナスを与えたらそうなるだろう。
あの二人のことはそれ以上追及せず、就職希望者とやらの話をすることにした。
「艦橋にこれ以上、馬鹿を収納するスペースは無いぞ。」
カンザキは憮然としていった。非合法の運び屋であり、閉鎖された空間で共同生活を送ることになるのである。人手が足りないことで多少の不便はあるとしても、
信頼できない
それはメイも同様のはずである。だが、彼女はむしろ推薦する立場でぜひ会ってほしいと頼んできた。
不思議そうな顔をするカンザキに、メイは巾着袋から取り出したものを見せる。深緑色のリボンネクタイだ。
「これ、いいと思わない?」
いつの間にそんなものを発注していたのか。カンザキは全て得心が行ったとばかりにうなずいた。
「ああ、とても似合いそうだ。」
バーのドアが開き、一人の女性客が入ってきた。グラスを磨いていたマスターが気だるげに顔をあげて声をかける。
「いらっしゃい、注文は?」
女が奥に座るカンザキとメイを見つけると、腰に手を当てて得意げに笑った。
二人はグラスを持ち上げてそれに返す。
「最高の船乗り、それが私の注文よ。」
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