第28話

 スペース・デブリの航路は小惑星帯へと差し掛かった。重力場と、それによって集まる隕石によってレーダーの効果が極端に薄れる難所である。事故の多発地域であり、座礁ざしょうした輸送艦の残骸などもあちこちで見られる。


 初めに異変に気付いたのはスコットであった。巧みな操縦で障害物を避け、あるいはバリアを張って突破していたのだが、しばらくすると破片などによく当たるようになった。その程度でスペース・デブリの装甲が抜かれることはないのだが、彼のプライドは少々傷ついたようだ。


「おいおい、なんだこれ。レーダーがポンコツじゃないか。戦艦に保証書って付いてたか?」


「どうしたスコット、腕が落ちたか?」


 カンザキがからかうと、スコットは少しムキになっていった。


「そんなわけがあるか、レーダーがノイズまみれでまともに動かねえんだよ!田舎のテレビで見るアダルトチャンネルじゃあるまいに!金返せ!」


「小惑星帯でレーダーの効きが悪くなるのはいつものことだろう?」


「今回は一段と酷いんだよ。とにかく見てくれ。」


 画面をのぞき込むと、確かに挙動がおかしい。レーダーの範囲が極端に狭いのである。何度も通った路であるが、ここまで酷くなることは無かった。重力場と隕石群の他に、レーダーが阻害される要因があるというのだろうか。


 カンザキは嫌な予感がして考え込んだまま艦長席に戻り、各種安全装置を外した。真剣な表情で計器に目を走らせている。


 他のメンバーも彼の緊張感を感じ取ったのか、何が起こってもすぐに対応できる

体勢を取った。


 思い過ごしであればいいのだが…。実際、警戒したが何も起こらなかったというのはよくあることだ。


 突如アラームが鳴り響き、レーダーに注目していたレイラが悲鳴に近い声で叫ぶ。


「後方よりミサイル接近、着弾まで10秒!」


 発見が遅すぎる。例え小惑星帯といえど攻撃を受ければ60秒前には察知できるはずだ。やはり何らかの人為的な妨害を受けているのだろう。


「全方位バリア展開!最大出力!」


 カンザキが言い終わる前に、メイが素早くバリア発生装置を起動させる。準備をしていたからこその対応である。


 激しい衝撃。レイラは指先が白くなるほど強くひじ掛けを握りしめて、なんとか転げ落ちるのを耐えた。非常用赤ランプが何度か点滅し、また白い光を取り戻す。 以前、海賊船の攻撃を受けたときは軽い振動のみであった。であれば、ここまで揺れるのはどういうことか。

 強く収縮を繰り返す心臓を胸の上から押さえながら、素早く損害をチェックした。


「第4エンジン出力低下!他、機能に異常なし!」


 艦の後方はエンジンの出力部が密集した弱点である。スペース・デブリがいかに頑丈であろうとも、ここに食らえばひとたまりもなかったであろう。

 ダメージコントロールによって動力部を切り離せば、爆発に巻き込まれて全滅などということは無いが、まともに動くことはできなくなる。

 最悪、戦闘機で引っ張って近場の惑星に行かねばならない。


「スコット、最大船速で離脱だ!」


「あいよぉ!」


 見えない位置から攻撃を受けたときは、とにかく移動するに限る。損害こそ軽微ではあったがエンジンの一部に不具合が出たことが悔やまれた。

 第4エンジンの出力が落ちたということは、その対称位置にある第3エンジンも出力を絞らなければならない。一方だけが強ければその場でグルグルと回ってしまうことになる。事実上、2基のエンジンがパワーダウンしたのだ。


「敵艦、モニターに出るわ!」


 位置を変えることで妨害電波が弱まったのか、モニターに戦艦が大映しにされる。まるで使い込まれた刀のような色をした艦がスペースデブリを一刀両断にせんと迫ってきている。


「畜生、どこの薄ら馬鹿だ!尻穴に爆竹突っ込んで火を点けてやる!」


 吠えてはみたものの、まずは逃げなければならぬカンザキであった。小惑星帯脱出まであと3時間。




 一方のシルバー・ウィング艦内でもジュディは驚愕の面持ちで目を見開いていた。狙いもタイミングも完璧だったはずだ。妨害電波発生装置を、隕石や輸送艦の残骸に隠す形でばらまき、こちらの存在を消したつもりだった。

 なぜ、あのタイミングでバリアが張れたのか…。


「奇襲を防いですぐに逃げ出すあたり、向こうの艦長はよほどの切れ者か、筋金入りのチキン野郎かどっちでしょうね?判断力も臆病さも、宇宙で生き残るには重要な要素ではありますが。」


 ヘンリーが感想を述べながら、ちらとジュディを見る。まだ、終わっていませんよ。目がそういっていた。


「バリアを張ったとはいえ、後方にミサイルの直撃を食らって損害軽微とはね…。あれが幻の戦艦だという噂、ますますもって本物かしらね。」


 ジュディもまた、すぐに気を取り直す。部下たちが見ているのだ、最初の一撃が躱されたといって腐っているわけにはいかない。むしろ、あんな素晴らしい船がもうすぐ手に入るのだぞと、不敵な笑みで示してみせた。


「英雄が背中を刺されて死ぬ。歴史にも神話にもよくあることです。」


 艦長の心が折れていないことを確認し、どこか楽し気なヘンリーであった。


「全速前進、奴らを追い詰めるわ!それと同時に降伏勧告をするから、回線を開きなさい。」


「降伏勧告、ですか?」


 どうせ無駄だと言いかけて、ふと口を閉じた。あんな戦艦に乗っているのだからよほどの荒くれ豪傑集団だと決めつけていたが、実際に見たことはないのだ。勧告に意味があろうとなかろうと、相手を知っておくこと自体は悪くない。

 後方を取られた不利を悟って、艦を明け渡す可能性もゼロではないだろう。




 全速力で逃げながらも、相手を引き離せないでいた。今まで宇宙海賊だろうが政府軍だろうがスペース・デブリの快速についてこられた艦はなかったのだ。カンザキの心に焦りが生まれた。


 高速で移動しながらの攻撃などそうそう当たるものではない。ときおりミサイルやレーザーが追尾してくるが、それは難なく処理することができた。


 反撃をするためには一度、停止して旋回しなければならないが、横腹を晒した艦などいい的でしかない。バリアを張って強引に旋回するという手もあるが、先ほどのミサイルの威力を見る限り、相当なものだろう。集中砲火を食らえば貫かれる可能性が高い。


 引き剥がしてから旋回し、正面から戦うことがベストだ。それができないのであればどこかの自治領に逃げ込んで警備隊を巻き込んで海賊退治を手伝ってもらえばいい。


 不安材料は被弾した第4エンジンだ。出力を絞っているとはいえ、このまま使っていればいつ止まるか分かったものではない。

 速度がほぼ互角の相手に追われているのだ、エンジンが止まれば今度こそ至近距離からの攻撃をまともに受けることになる。


 戦艦、ミサイル、エンジン、小惑星帯、妨害電波。様々な単語が脳裏に浮かび、形作ろうとうごめいている。何か突破口があるはずだ、何か───…。


 カンザキが思考をフル回転させていると、レイラから敵の艦長が対話を求めていると報告があった。


「敵艦から通信ね…。いいさ、回線を開いてくれ。どんなたわ言でも聞くだけならタダだ。」


 ため息と共に言った。コーヒーを飲んでいる暇すらないようだ。

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