第27話
「それでな、そのときワイフが言ったのさ『弟さんの方が大きいのね』って。たまたま枕元にショットガンがあったんで、ついザクロにしちまったよ。」
「わお、マジクール。それでその後どうしたんだ?」
「
「ファック!そいつはひどいな。15年間も
「だろう?だから俺は裁判長に言ったのさ、三日にまけてくれって。何故か20年に延長されたけどな。冗談じゃない、俺が延長なんて言葉を使うのはキャバクラの店内だけだ」
「そして脱獄して現在に至るというわけだ。なんにせよ、ケツ穴がガバガバになる前に逃げ出すことができてなによりだ。」
小惑星帯に隠れるように停泊する戦艦、シルバー・ウィング。海賊の基本は逃げ足という考えに基づいて造られた、エンジンに数度の違法改造を施した、鈍色に光る美しき高速戦艦。
その中でどうしようもない会話を交わす二人の男、聞き役はヘンリーであり、もう一人の、妻を寝取られた男はバートといった。
痩せ型で背は高い、いつも白衣を着ており、
よく見ると白衣は薄汚れていて、あごには無精ひげが残っている。伸び放題ではないが、剃っている途中で飽きたといった感じの残り方だ。
無精ひげはよほどいい男であれば、野性味を感じさせるポイントになるかもしれないが、大抵はだらしない印象を与えるだけである。バートの場合は無論、後者だ。
この二人は第一宙域で活動する海賊団『スターダスト』の頭領から、娘の英才教育のためにつけられた副艦長である。海賊団結成当時からの古参メンバーであり、
人格以外は頭領からの信頼も厚い。
艦橋部でバカ話を続けていると、後部自動ドアが開いてこの場には似つかわしくない黒髪の少女が現れた。
白いフリルのついた黒いドレス。腰にサーベル型の
「ああ、だるい。頭痛い…。久しぶりだからまだ宇宙に慣れないわね。」
ジュディは渋い顔をして額を押さえていた。宇宙酔いと呼ばれる症状であり、重力下から無重力空間へと環境が変わることで体調が変化し、脳が混乱することで起きるといわれている。
艦内は疑似重力が発生しているので、嘔吐したり失神したりと生命に関わるような状態になることはまずない。だが、繊細な者なら数日は軽い頭痛が続くこともある。こればかりは慣れである。
「ところで今、何時よ?おはよう、こんにちは、こんばんは?」
眉間にしわを寄せてジュディが聞く。
「どうせ外は真っ暗なんだから、起きたらおはよう、寝るときはおやすみ、それでいいんじゃないですかね。」
癖のある学者といった印象はまさしく見た目だけだと言わんばかりに、バートが適当に答えた。
母が宇宙監獄を襲撃したとき、頭の良さそうな奴が何人かいれば役に立つだろうと連れ帰ったらしい。
確かに役に立った、今では海賊団の幹部格である。だが、それは度胸と機転によるものであり、何か研究をしたとか、艦の改良をしたというわけではない。
白衣を着ている理由を聞いたこともあるのだが、お医者さんごっこが好きだからと、予想以上にどうしようもない答えが返ってきたので、それ以降触れないようにしてきた。
「お頭からメールが届いていましたよ。お嬢の端末に回しておきましたんで。」
「ママから?オッケーオッケー、すぐに見るわ。」
年相応のぱっと明るい笑顔を見せて頭痛など吹き飛んだとばかりに、喜び勇んで艦長席へとふわりと跳んだ。
中身が見えやしないかとヘンリーが身を乗り出すが、足首まで伸びたゴシックドレスはそのようなハプニングを許してはくれなかった。
疑似重力が発生してはいるが、それは地上と同じではなく、少しだけ軽くしていた。地球の重力を1Gとし、月はその6分の1。艦内は中間の3分の1くらいである。なぜそんな設定にしているのかといえば理由は単純であり、エネルギーの節約だ。
ジュディは慣れた手つきで指先をコンソールに走らせ、ファイルをモニターに表示させた。
内容は以下のとおりである。
『 ジュディへ
とうとう夏休みが始まりましたね、暑さで体調を崩してはいませんか?
ママは元気です。今日も政府軍の
夏休みの間、シルバー・ウィングと
特に目標や宿題を押し付けるつもりはありません。
宇宙で生活をすること、盗品買いや情報屋と交渉すること、
輸送艦や政府軍と小競り合いをすること。
そうしたひとつひとつの経験が、きっとあなたの力になるでしょう。
命はひとつしかありませんが、大事にすれば一生使えます。
くれぐれも身の安全には気を付けなさい。
追伸: 第三コンテナに宇宙ヨウカンがあるから皆で食べてね 』
一般的に、子供が母に喜んでもらうために見せるものとは何か。花か、絵か、成績優秀なテスト用紙か。海賊の娘ならば奪った金銀財宝であるべきだろう。
そのための段取りは済ませてある。
「ヘンリー、バート。目標はまだ見えない?」
母から預かった
「いやあ、お客さんまだ来ませんねえ。お茶っぴきですな。」
ヘンリーがのんびりとした声で答えた。せっかく入った気合に水を差されたようで、ジュディはむぅと唸って口を尖らせる。
「やるべきことは全部やったんです、あとは落ち着いて待ちましょう。優秀なハンターは獲物が来るまでじっと耐えるもんですよ、それこそ一週間でも一カ月でも。
特に、相手が大物である場合なんかはね。」
珍しくバートがまともなことを言い、ジュディは黙ってうなずくしかなかった。
初陣の相手は大物である、焦りは禁物だ。慎重に慎重を重ねて、それでなおやりすぎということはない。
政府軍が秘密裏に開発し、そのまま行方不明となった幻の戦艦。
グランド・バスター級。これをそっくりそのままいただこうというのだ。
噂の真偽を調べ上げ、航路データを何度も何度も見返し、計画を立てた。ヘンリーの
二人の幹部は当初、一隻でへろへろと行動している輸送艦か政府軍の巡回船を仕留めてジュディに海賊家業に慣れさせようと考えていた。そのための狩場に適したコースもいくつか用意していたのである。
しかし、彼女自身が熱意をもって示した計画に、これは面白いと膝を打って賛成した。成功すればジュディのみならず、海賊団全体の戦力も評判も急上昇だ。
失敗したとしても、ジュディが自分で考え、計画し、行動した結果である。よい経験となることは間違いないだろう。二人の役目は、何があろうとジュディを生かして帰すことだ。
突如、艦橋部内にアラームが鳴り響き、通信手たちが叫ぶ。
「巨大熱源反応、接近!識別コード、輸送艦!」
「艦影照合、アンノウン!」
「目標地点到達まで300秒!」
来たか、とジュディは興奮した面持ちで立ち上がる。その顔に恐れの色は無い。
「レーザー、全砲門展開!安全装置解除!照準あわせぇ!」
鈴の鳴るような澄んだ声が艦橋部によく通った。
迷いのない姿勢は部下たちに勇気を与える。やはり彼女は逸材だと、ヘンリーは
満足げに笑っていた。
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