第14話
町へと戻る途中の、軽トラックの中。助手席のレイラは開け放った窓に肘をかけ
頬杖を突いたまま
「あれは一体、なんだったんですかねぇ…。」と、聞いた。
「いやぁ…なんだったんだろうねぇ。」
クロサワもぼんやりとした感想しか出てこなかった。
人手が足りないから手伝ってほしいと言っただけである。それがどうしてあんな騒ぎに発展したのか、まるで心当たりがない。
海賊たちが揃って土下座したときなど、自分の顔は完全に引きつっていただろう。
「それで、本当にあいつらを使うつもりですか?」
反対とまでは言わないが、信用はしていない。レイラの声にはそんな意味が混じっていた。
どう説明したものか、クロサワ自身も特に信念に基づいた行動というわけではないのだ。彼らが悪いことをしていない、などとは口が裂けても言えるわけがない。
ただ、あの時見た涙が演技や、偽物であったとはとうてい思えないのだ。
「いきなり首錠を外したりはしないし、他の社員たちと同じ待遇というわけにはいかないけどさ。しばらく使ってみて、他にも色々やらせてみて…。後のことは、それからだなぁ。」
ひどく曖昧な計画だが、他にどうしようもないのでレイラも口は挟まなかった。
「責任を取るべき、というより、責任を押し付けられたあいつはどうなるんでしょうか。」
監視役として乗り込んでいた政府軍の中尉であり、一人だけ逃げようとした男は、今もスペース・デブリの独房に捕えられている。
クロサワ運輸から引き渡し要求などはしていない。彼らに捕えられること、それがあの男にとって最大の罰となるはずだ。どう考えても、ろくでもない末路が待っていることだろう。
同情などしていない。向こうで処分してくれるのであればそれはそれで結構だ。
前方からエンジン音が聞こえる。レイラが窓から身を乗り出すと、一台のバイクがこちらに向かってくるのが見えた。
深緑色のトレンチコートを広げ、マントのようにたなびかせている。恐らくは、そう見えるよう意識してやっているのだろう。
フルフェイスメットで顔は見えないが、この星でそんなヒーローごっこをする奴は今のところ一人しかいない。
軽トラックを止めると、バイクも傍に寄せて止まった。
男がヘルメットを取る。やはりスペース・デブリの艦長、カンザキだ。
「やあ、レイラさん。出たよ。」
「そう、良かったわね。私は三日目よ。」
「便秘の話じゃなくてだな…。」
カンザキは話の前に、大げさに腕を広げた。皆さまお立会い、とでも言いたいのだろうか。二人しかいない観客はあきれ顔だ。
「採油場からの急ぎの連絡だ。ついさっき石油が出たんだよ、ドバーッと。」
クロサワとレイラの顔がぱっと輝いた。右手を挙げると、レイラも笑顔で手を挙げて、ぱぁんと手を叩き合わせた。
その後、レイラは身を乗り出して「へい、へーい!」と叫びながら右手を挙げた。カンザキは一瞬、躊躇したが、ゆっくりと挙手をしてレイラと手を打ち鳴らす。
今まで見た中で一番テンションが高い。こんな奴だったっけ、と首をかしげる。
もっとも、2週間ほど艦内で一緒に過ごしていた程度の仲だ、知らない顔もあるだろう。
クロサワはぎゅっと拳を握った。
銀行から多額の借金をしたが惑星開拓は遅々として進まず、返済のめどは立たず利子ばかりが積み重なっていた。
給料の遅配など毎度のことであり、特に航路を封鎖されてからは本当にどうしようもなく、足元にロープなどが落ちていると、つい見入ってしまうような危険な精神状態であった。
そんな先の見えない日々に、ようやく光明が差したのである。
「これでようやく、給料を払ってやれる!」
燃料資源が手に入ったという夢のような報告に対して、どこまでも現実的な、庶民的な感想であった。
「ボーナスは?ボーナスは出るんですか!?」
「なんたって俺たちは、今や石油王だからな!出しちゃうか…ボーナス!いっそのこと石油も浴びちゃうか!」
それはどうなのだろう、と思いつつも、はしゃぐ二人を温かい目で見守っていたカンザキであった。
他人には理解できないような、並々ならぬ苦労があったのだろう。全てが報われた瞬間に水を差すわけにはいかない。野暮なツッコミはやめておこう。本当に石油風呂に入ろうとした時だけ全力で止めればいい。
前輪を固定し、後輪だけでぐるりと回る、コンパスのような動きで方向転換したカンザキは
「クロサワ社長、採油場に顔を出してやってください。みんな待っていますよ。」とだけ言うと、バイクを発進させ、矢のように去っていった。
クロサワは鼻息を荒くしてスピードを出そうとするが、車検も切れたおんぼろトラックは主人の思いなどいざ知らず、のろのろと走り出した。
興奮で胸が高鳴る。心臓に疾患でもあれば止まってしまいそうなところだが、医者から注意されているのは肥満と肝機能低下だけだ。
やがて採油場に近づき、そびえ立つボウリングマシンが見えてきた。スペース・デブリが運んできたその機械は、積み重なる借金の象徴のように思えたものだが、今では神々しさすら感じられた。
歓声に沸き立つ採油場で、スコットはめまぐるしく動き回っていた。
採掘用のボウリングマシンを運んできたはいいものの、資源惑星に住む者のなかに組み立て方や動かし方を知っている者は誰一人としていなかった。
結局、スペース・デブリの格納庫から工作用重機を引っ張り出し、スコットが中心となって組み立て、油田を掘ることとなった。
スコットとて採油場で働いた経験があるわけではない。戦艦や戦闘機の整備を担当しており、機械全般には強い。採掘についてもマニュアルを読みながら手探りでなんとかやってきた。
機械が止まったの、調子が悪いのと呼び出されるたびに
「くそっ、しょうがねぇな!」と言って飛び出していく。
言葉とは裏腹に、丸眼鏡の奥に不快感は出ていない。人から頼られるということが嫌いではない性分なのだろう。
お祭り騒ぎの採油場を、少し離れたところからメイとヴァージルが眺めていた。
やがて、バイクに乗ったカンザキも戻ってくる。
ヴァージルはちらと横目でカンザキを見ると
「石油の掘り出しまで手伝ってやるとは、面倒見のいいことだ。」といった。
「ま、いいじゃないの。運ぶだけ運んで後は知らねえじゃ、ちょっと味気ないだろう。まるでやるだけやって、すぐにパンツをはく女のように。」
軽口を叩くバカ二人をよそに、メイは生身の左目にうるんで恍惚とした色を浮かべ、喜ぶ開拓者たちを見つめていた。
「いいわね、人の夢が叶う瞬間に立ち会えるのって。」
その言葉に、カンザキも満足げにうなずいた。
「そうだな、誰かの役に立てるのはいいもんだ。自分がここにいてもいいという
証明のように思える。」
三人はしばらく、何か眩しいものでも見るかのように、採油場を黙って眺めていた。
ふと気が付いたように、ヴァージルが聞いた。
「あれが石油だと、誰が言い出したんだ?」
カンザキとメイはぽかんと口を開けて、まず質問の意味を考えることから
始めなければならなかった。
「誰って…。地面を掘って、どす黒い液体が噴き出してくれば、石油に決まって…。」
言いながら、カンザキの声は次第に小さくなっていった。
あの液体が噴き出すところは見ていた。吸っていると頭がくらくらしてくるような濃厚な匂いは、間違いなく油特有のものだ。普段からガスだの燃料だのを扱っているのだ、間違えようがない。
液体には粘りがあった。少なくともただの泥水ということはないはずだ。
状況証拠は揃っている。だが、石油だと断言できる材料がないのも確かだ。
胸の奥に、もやもやとした不安が広がってくる。
「スペース・デブリの端末で解析してみよう。ちょっと油を分けてもらってくる。」
返事も聞かずにバイクに飛び乗り発進させた。強烈な加速で前輪が持ち上がり、
バランスを崩しそうになるのをなんとか耐える。
自分は今、余計なことをしようとしているのかもしれない。それでも、この不安を放置するわけにはいかなかった。
30分ほど未来に仲間たちから囲まれて、お前はバカだの心配性だのと言われているのを、頭をかいて誤魔化していることだろう。
それでいい、そうに決まっている。
艦内には様々な施設が用意してあり、その中の一つ、解析室でカンザキは茫然と座っていた。照明も点けず、ただモニターの青白い光だけが疲れた顔を照らしていた。
「艦長、明かりくらい点けなさいよ。」
振り向くと、紅白の服が視界に入る。そこにはメイが立っていた。ドアが開いたことにも気が付かなかったのか。カンザキは重くなった頭を何度か振った。
「その様子だと、悪い結果が出たみたいね。」
「悪い?いやいや、そんなことはないよ、最高さ。」
ため息をついて、シートに身を沈める。
「新妻が初めて黒い下着をはいてきてくれたような、嬉しさと戸惑いでいっぱいさ。でも、その嫁さんが実はヤクザの娘だったみたいな、今ちょうどそんな気分。」
「なるほど、さっぱりわからないわ。」
カンザキが指さす先のモニターをのぞき込むと、メイは、ああ、とだけ呟いた。
「どうしたもんかね、これ?」
「どうって言われてもね…。相手を大事に想うなら、腹をくくってご挨拶に行くしかないでしょう?」
先ほどのたとえ話を絡めた言葉に、何も反論ができない。
殺風景な天井を見上げて、頭をかいた。当たった予想はそれだけだ。
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