第15話
ひどく無機質な部屋であった。長テーブルと、椅子が数個。ガスコンロにヤカン。なにやらごちゃごちゃと書き込まれた、薄汚れたホワイトボード。
どう見ても工事現場の詰所といったところである。これを応接室と呼ぶのは詐欺ではなかろうかと考えたが、自分だって戦艦を輸送艦だと言い張っているのだ、そこを突くのはヤブ蛇というものだろう。
ここに来てから三杯目のコーヒーを口に運ぶ。インスタントでも構わない。産地はどこの惑星でなければならないとか、工場生産ではないオーガニック製品でなければ嫌だとか、そういったこだわりはない。ただ、コーヒーを飲むこと自体が好きなのだ。ミルクも砂糖もおおさじで入れる。
わざわざ呼び出しておいて話を切り出そうとしないカンザキに、クロサワはテーブルを挟んで渋い顔をしていた。
「あのさ、俺の経験上、改めて話があるって言われると大抵がろくな話じゃあないんだが……」
「まったくもって同感です。」
嫌ならみるな、嫌ならみるな! と、そう叫びながら恥部を押し付けてくる変質者。それがカンザキの辛い現実に対するイメージであった。目をつぶり、耳を塞いだところで目の前に迫るモノが消えるわけでもない。
同席したレイラも怪訝な顔で見ている。一体、何の話がしたいのか量りかねているのだろう。
「まずは、こちらをご覧ください。」
内ポケットから小瓶を取り出し、テーブルの真ん中に音を立てて置いた。ラベルこそウイスキーのものだが、中身は別物である。
「……なに? この液体?」
「申し訳ないが、勝手に解析させていただきました。広場のど真ん中で、欲求不満の人妻のごとく激しく吹いている液体は石油ではありません。さらに貴重なエネルギーです」
クロサワとレイラは興奮した様子で身を乗り出す。
「さらに貴重ってぇとあれか! 俺たちはお金持ちどころか、超お金持ちってことかい!?」
貧相な
テーブルをばんと強く叩き、バカ騒ぎを中断させ注目を集める。失礼極まりない態度であるという自覚はしていたが、ぬか喜びを続けさせることの方がよほど残酷であろう。
カンザキは沈鬱な声で話を続けた。
「正式名称はカリドゥス液、こいつを精製するとフラムマという液体燃料になります。主な用途は───……」
そこで一度、言葉を区切る。もったいぶっているわけではない、言葉を紡ぐには勇気が必要だった。
不安げな顔をしたレイラと視線が合う。すまない、と心の中で謝罪した。
「ミサイルの推進剤や、宇宙戦闘機の燃料です」
「そんな、まさかそれって……」
レイラの表情が信じられないといったふうに凍りつく。ここまで言った以上、止めることはできない。何もかも吐き出すように、一気に説明を続けた。
「こいつは貴重だ。あまりにも危険で、貴重にすぎる軍需物資だ。こんなものが掘り出せるとわかったら、海賊が周囲をうろついて嫌がらせをするだけじゃあ済まないんだ。穏便に接収しようだなんて考えない、それこそ強引な手段を使ってでも奪い取ろうとするだろう」
クロサワの顔がみるみる蒼ざめる。レイラは口元を抑えて吐き気をこらえているようだ。
叶ったばかりの夢は潰えた。自分が今、ハンマーを振るって粉々にしているのだ。それでもなお、投げ出すわけにはいかない。それが上に立つ者の責任だ。カンザキは大きく息を吸い込み、己を鼓舞して話を進める。
「宇宙開拓法第二条、こいつがきついな。惑星を所有するには自治も行わなければならない。迫ってくる海賊や反政府ゲリラ、あるいはそいつらを雇った政府軍か。無理に開拓を進めればそういうのと自力で戦わなけりゃあならない。今度は直接降下してきて、住民は皆殺しにされるだろう。この星の存在が大規模な戦争の引き金にもなりかねない」
住民という単語に反応して、クロサワの顔がピクリと動く。ずっと一緒に苦楽を共にしてきた社員と、その家族たちの生活を守るためにがむしゃらに働いてきたのだ。どれだけ理不尽でも納得がいかなくても、意地を張ることすら許されない。
「要するに、手弁当下げて開拓やっているような貧乏人の手に負えるような話じゃない。さっさと政府に売り渡せ……。そういう話なのね?」
「ああ、そうだ。」
レイラは俯いていた。膝の上で強く握った手に、滴がひとつ、ふたつと落ちる。
その震える肩を抱く資格も無い。カンザキは心を押し殺して事務的に答えるしかなかった。
突如、クロサワがパイプ椅子を跳ね飛ばして立ち上がり、激昂した。
「ここまできて、そりゃあないだろう! これでみんな惑星が豊かになるって、生きていけるって喜んでいたんだ! なんとかならねえのかカンザキさん!?」
普段は気弱で温厚な男である。頭も悪くない、今の状況は正しく理解しているだろう。それでも、叫ばずにはいられなかった。
一発くらい殴られてもいい。そう考えていたが、クロサワの拳は長テーブルに叩きつけられただけだった。
放置していたコーヒーを飲む。ひどく冷めていた。
その日の夜。すっかりたまり場と化したスペース・デブリの艦橋部にカンザキ、メイ、ヴァージルの三人が集まっていた。
スコットだけは採油場で動き回っている。その整備、運転技術を買われボウリングマシンやフォークリフトのみならず、採油と全く関係のない車やエアコンの修理にまで駆り出されているようだ。
ひとまず三人で情報を共有することにし、カンザキがクロサワたちとの会談の様子を説明した。
「なるほど、軍事用のエネルギー資源か。イナゴを自ら呼び寄せるようなものだな」
軍に所属していたヴァージルの言葉には重みがあった。政府軍はそんなひどいことはしないよ、などと言って欲しかったわけではないが、まさかのイナゴ呼ばわりである。
カンザキは艦長席を限界まで倒して天井を眺めていた。白い天井に敵と味方、この一件で知り合った様々な人の顔が浮かんで消える。
「私たちの役目はここまでだ……とは言っても、なんかスッキリしないんだよなぁ」
「……気に入らない?」
上目遣いでメイが尋ねる。クロサワとの会談から帰ってきて、憔悴したカンザキをずっと気遣っていた。そんな彼女に対し、カンザキは無理にでも笑って見せる。
「気に入らない、か。要するにそういうことだよな、気に入らないのさ。政府軍が一人勝ちするのも、皆の夢を壊すのも、レイラさんを悲しませたことも」
そのとき自動ドアが開き、スコットのだみ声が艦橋部に響く。
「ファーック! どうしようもない機械オンチどもめ! 電圧、絶縁を測れとまでは言わないがせめて電源が入っているかどうかくらい確認しろ! 非常停止スイッチが入っていたら動かないんだよバーカ! シリンダーにまんこがあったら今ごろ汁まみれだ!」
空気を読まない
「すいません、なんか外しました。状況を説明してください」
一連の流れについて改めて説明すると、スコットは目を丸くして驚いていた。外ではまだお祭り騒ぎが続いており、ライトで照らしながら液体燃料を貯め込んでいるのである。
クロサワたちはまだ、社員に液体燃料のことを話していないのだろう。本人もまだ気持ちの整理がついていないのかもしれない。それを誰が責められようか。
「話はわかった。それじゃあ惑星を売るしかないんじゃあないかい?」
物事を何でも単純かつ簡潔に考えようとするスコットらしい意見である。
「結局はそういうことなんだろうけどさ。一度、開拓すると言っておきながら改めて売ろうとすると二束三文で買いたたかれるんだよ。宇宙開拓法を考えた奴、すげえ性格悪いぜ。世間に何の恨みがあるってんだ」
「でもさ、資源が出るとわかる前と後じゃあ状況が違うだろ。そこら辺を前に出して交渉すれば高値で売れるんじゃないか?」
どこまでも前向きなスコットの言葉であった。
カンザキはあごに指をあてて、何か打開策が無いかと考え始める。そうだ、政府の言いなりになる必要はない。交渉のカードはこちらにもあるはずだ。誰も彼もが欲しがっているというのは、むしろ武器になるのではないか───……?
「悪くない。だが、こちらから頭を下げて、どうか買ってくださいなんて態度じゃだめだ」
「政府軍との交渉なんて、相手の胸ぐらを掴んで脅すくらいがちょうどいい。そのための何か、あと一手が必要だな」
ヴァージルも話に加わり、カンザキの頭の中でパズルのピースが一つ一つ組み合わさっていく。もうひとつ、何かが足りない。交渉を成立させるための、肝心な欠片が。
「なあんだ、それなら解決済みじゃないの」
メイが場違いなまでに明るく笑っている。男三人の注目をひとしきり浴びてから、スイッチが切り替わるようにふっと笑みが消えた。隠れた右目が静かに唸りをあげる。
「売ろうぜ、倉庫で飼っている豚をよ」
彼女もまた、スペース・デブリの一員である。
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