第23話

 第三宙域では政府軍の慣例として、少佐に昇進すると同時に艦長としての権限が与えられる。


 ランベイルに支給されたのは中古の巡洋艦クルーザーであり、航海から帰るたびにどこかしら不具合が出るようなおんぼろ船であった。


 当初は文句ばかり言っていたものの、海賊退治や闇商人を相手に何度も実戦をこなしてきたことで、今ではすっかり愛着が湧いていた。

 古いのではない、歴戦の戦士なのだ。


 実績のある艦と、経験を積んだ部下たち。それらはランベイルの誇りであり、自慢であった。


 彼らは今、巡回任務を終えて首都星へ戻るところである。海賊船を拿捕して手柄にしようと意気ごんでいたのだが、あいにくと遭遇することは無かった。

 第三宙域が平和なわけがないので、やはり運が悪かったということだろう。


 少々不満気に帰路に就くなか、民間船と航路がぶつかった。しばらく待ってもコースを変更する様子がないのでこちらから警告を送ってやったのだが、いまだ返信も動きもない。


「これだから嫌なんだ、のろまな民間船は…。」


 誰に聞かせるわけでもなく、不満が口を突いて出る。

 軍艦とコースが重なった場合、民間船がすみやかに移動するのがマナーというものだ。譲り合いの精神がないから広大な宇宙で衝突事故が絶えないのだと、いまだ姿の見えぬ輸送艦に苛立ちが募る。


 ボルヴィス曹長が小走りでやってきて、ランベイルの前で背筋のピンと伸びた敬礼を披露した。

 副艦長は他にいるのだが、ランベイルは相談役として叩き上げの下士官を好み、なにかと傍に置いていた。星の数より飯の数、だ。


 ランベイルが無言でうなずくと、ボルヴィスは手に持ったメモをちらと見てから報告を始めた。


「少佐、前方の輸送艦ですが速度は落としたようですが、進路の変更はしておりません。」


「は?」


 一体、どういうことだろうか。速度を落としたということは、コースが重なっていることは気が付いているはずだし、こちらの通信も受け取ったということだろう。だが、速度などよりコースを変えなければ意味は無い。ただ衝突までの時間が延びるだけだ。


 苛立ちで今にも叫びだしそうな上官を前に、ボルヴィスはむしろ楽し気にいった。


「よいではありませんか。相手が何を考えていようがそんなことはどうでも。」


「…何か、考えがあるらしいな。」


「三度警告を与えて反応がない、あるいは指示に従わない場合、海賊とみなして攻撃することができます。首都星に戻って休暇を取る前にひと稼ぎ。そんなのも悪くないでしょう?」


「いいね、素敵な休暇になりそうだ。ボーナスしだいで部屋にこもって安酒かっくらうか、洒落た店に行けるか、休暇にそれくらいの違いが出るな。」


 先ほどとまでとは打って変わった上機嫌である。つまらない見回りの最後に運が回ってきたようだ。


「何を運んでいるかは知らないが、武器か麻薬がベストだな。手柄にもなる。いや、警告に従わないということは後ろ暗いことがあるからか?その可能性は高いな、ふふ…。」


 皮算用を始めたランベイルの耳に、通信手の報告が入る。


「少佐、民間船の映像、モニターに出ます。」


「もうそんな距離か。どんなマヌケが乗っている船なのか、じっくり見てやろうじゃないか。」

 と、意地の悪い笑みを浮かべた。どうやって搾り取ってやろうかとそんなことを考えている顔だ。


 しかし、自称輸送艦の姿がモニターに大写しになると、ランベイルの表情は口を半開きにしたまま硬直し、艦橋部の空気も凍り付いた。

 しばしの沈黙。誰も現状を理解できないでいた。


 深緑色の巨体、ずらりと並んだミサイル発射孔、見るからに分厚そうな装甲はこちらのミサイルなどたやすく弾きそうだ ────…


「輸送艦じゃねぇ!!」


 沈黙に耐えかねたランベイルがデスクに拳を叩きつけたのを皮切りに、艦橋部内に動揺が走り始めた。任務中だというのに、ひそひそと不安げな囁き声が聞こえる。

 ランベイルは焦燥に駆られてあたりを見回すが、それで動揺が収まるわけでもなく、解決の手段が転がっているわけでもない。


「識別信号は確かに輸送艦のものなんですが…。」


「冷静になれ、冷静にだ。あれは何だ、新型か?見たことも聞いたこともないぞ。」


「データベースに、該当項目はありません!」


 できる範囲であがいてみても、新たな情報は全て『わかりません』だ。

 ただ焦りだけが積もり積もって口の中がからからに乾く。


 見かねたボルヴィスが僭越ながら、と断りを入れてから

「どうします、少佐。コースを変更なさいますか…?」といった。


 常識的な判断であり、この艦の乗組員すべてが待ち望んだ言葉であった。相手はただ道を譲ろうとしないだけで、交戦の意思を示しているわけではないのである。


 森に熊が出たから迂回しようというのを、誰が恥だと思うだろうか。


 しかし、相手は人間である。目もついていれば、口もある。

 ランベイルは部下の進言を正しいと認めつつ、否定せねばならなかった。


「馬鹿を言うな。軍艦が民間船に道を譲ったと中央に知られれば、俺たちはいい笑いものだ!」


 軍は、民間人に舐められるわけにはいかない。恐れられてこその抑止力だ。

 そうした考えが蔓延しているからこそ、面子を重んじる。目の前に迫る軍艦の脅威とは別に、名を汚すわけにはいかないということも死活問題なのである。


 ここで退けばランベイルの軍人生活、その先が閉ざされることはもちろん、この巡洋艦の乗組員全てが、臆病者の艦に乗っていた奴というレッテルを張られてしまうのだ。


「こちらも減速しろ、ただしコースはこのままだ!もう一度通信文を送れ、相手の出方を見るぞ!」


 気を取り直し、毅然として指示を出した。部下たちはどこかほっとした様子で作業に取り掛かる。迫る不安を前に、ただ待っているほどの苦痛は他に無い。やるべきことはあったほうがいい、部下も自分もだ。


 正面の大型モニターを睨みつける。忌々しい大型戦艦の姿と、別枠で航路図が表示されており、そこには予測される進路が矢印で示されていた。赤と青の矢印が、半分重なるような形で衝突を表している


 やはり今回の航海はろくでもないものだった。悪魔は爆弾をラッピングして送ってくるものだと、ランベイルはしみじみと感じていた。

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