第24話
政府軍の
そろそろだろうかと考えながら、コーヒーメーカーの中で暴れる気泡を眺めていると、レイラが通信文が来たと報告した。
「『巡回任務中である、道を譲られたし』だってさ。さっきよりは多少ましな文面ね。どうする?」
「そうか…。」
何か遠くを見る様な目で、モニターを見ていた。
「無視だ。」
「え?」
「ストリップ劇場でババアが出てきたとき、君はどうする?華麗にスルーだ。誰だってそうする、よほどの特殊性癖の持ち主でなければな。少なくとも私は逃げる。そういうわけで放っておけ。」
「いや、私はそんなところ行かないけど…。」
相手は喧嘩を売ってきたのである。それを謝罪するわけでもなく、道を譲るわけでもなく、何もなかったかのように振舞われてはたまったものではない。
ヴァージルが専用のカップを片手に艦長席に歩み寄り、断りもせずにコーヒーを注いだ。カンザキもそれを咎めるそぶりもない。勝手に持って行ってよい、そういった習慣らしい。
「連中、当てが外れてさぞかし落胆したことだろうよ。」
砂糖を少しだけ入れたコーヒーをすすりながらヴァージルがいった。その鋭い視線はモニターに映る巡洋艦に注がれている。
「ああ、実にお気の毒だ。お悔やみの言葉でも送ってやろうか。」
珍しいことに、ヴァージルはマフラーを口元から外して首にかけている。コーヒーを飲んでいるのだから当然といえば当然だが、人前で素顔を晒してはいけないとか、そういうものではなかったのかとレイラは軽く驚いていた。
二人の会話の内容が気になったのか、レイラは身を乗り出して
「ねえ、当てが外れたってどうういうこと?」と聞いた。
宇宙の習慣にも、スペース・デブリのクルーに対しても興味が尽きぬレイラであった。
軍に関わる話だからか、説明好きのカンザキより、ヴァージルが先に口を開いた。
「軍の航海法では、敵艦を拿捕した場合その積み荷の一部を乗組員の物としてよいとなっていてな、貧乏軍人の貴重な収入源だ。」
「あのアホどもが治安維持にやる気を出す、まではよかったんだけどねえ…。」
「それ故、民間船に難癖をつけて海賊船に仕立て上げるといった事件も続出している。」
政府軍にしてみれば、警告に従わない輸送艦など鴨がネギを背負ってきたようなものだったはずだ。それが本当に民間船だろうと、偽装した海賊船だろうと。
蓋を開けてみれば、中古の巡洋艦など
カンザキにおちょくられる政府軍に対して、レイラはかすかに同情していたのだが、ヴァージルの話を聞いてそんな
もう、どうにでもなってしまえといった気分である。
話が一区切りしたところで、メイが元気よく飛び出してきた。
「はい、はい!艦長質問!私、そろそろミサイルをぶっ放したいのだけど、よろしくありますか!?」
カンザキは、何を言っているんだこいつは、といった顔をしている。レイラは思った、自分も同じような顔をしているのだろうと。
「よろしいわけがあるか。軍艦に向けて発砲すれば、私たちはその場で宇宙のお尋ね者だ。」
レイラは、ウォンテッド、デッドオアアライヴという文字に挟まれて、不敵に笑うカンザキの張り紙を思い浮かべた。あまりにも似合いすぎていることが逆に笑えない。
「それじゃあ私は、この溜まりに溜まった情動をどうしろと?もう、三カ月もミサイルを撃っていないのよ!?」
「この前、海賊相手にレーザー撃ったろ?それで我慢しなさい。」
「やめてよ!ションベンだけしていればウンコの必要は無いだろ、みたいな言い方!」
「ミサイルは撃たなきゃ死ぬようなものじゃないだろう。」
「男はいいわよね、誰もが股間に発射台を備えているんだから。女はそれがないから実弾を発射することでしかエクスタシーを得られないのよ!」
「やかましい、トイレで豆でもいじってろ!」
カンザキが助けを求めるように振り向いたが、レイラは気づかぬふりで視線を逸らした。女だけどもメイの意見は1ミリたりとも理解できない。これでどう擁護しろというのか。
「艦の性能はこちらが遙かに上だが、立場上、攻撃することもできない。チキンレースであることに変わりはないか。」
周囲の雑音など耳に入らないとばかりに、ヴァージルが現状を確認する。
「だが私たちは使えるが、向こうには使えないカードがある。この差はでかいぜ。」
「使えるカード?」
「テーブルをひっくり返す権利さ。飽きたらやめればいいし、本格的にぶつかりそうになったら避ければいい。それで損なう名誉などありはしない。むしろ私たちは善良なお届け物屋さんだからね、無事故と無災害こそ誇りとすべきだ、うん。」
わざとらしくうなずくカンザキであった。
「ぜん…りょう…?」
レイラが首をかしげるのも無理はない。現在進行形で政府軍に喧嘩を売っているのである。
「ふ、ふ…。コール、としか言えないへぼポーカーに負ける道理があるものか。」
一方、政府軍の艦内は緊張に包まれていた。ランベイルが5分と経たずに、まだかと問い、通信手がいまだ返答ありません、と答えるといったやり取りを何度も繰り返していた。
緊張に耐えかねた兵士が
「少佐!もう撃たせてください!レーザー撃たせてください!」
と、訴えるが、もとよりそんなことを承知できるわけがない。新型の戦艦にこちらから攻撃の口実を与えるわけにはいかないのだ。厳しく叱責すれば黙るのだが、
その兵士はやはり落ち着かぬ様子であたりを見回している。
ランベイルはボルヴィスと目が合うと、少し安心したように息をついた。落ち着くために必要なことは、比較的落ち着いた人間と話をすることだ。
ちなみに、士官学校から経験を積むためと押し付けられた副艦長は、勝手に攻撃命令を出そうとした罪で独房に入れられている。
「相手は撃った瞬間、政府軍全体を敵に回すことになります。撃てるはずがありません。ですが、そろそろ兵たちのストレスが限界です。」
「戦艦にプレッシャーをかけ続けられればそうなるだろうな。私だって今すぐミサイルを撃ちこみたくなる衝動に駆られるよ。」
対空銃座を除く、ミサイルやレーザー砲といった主力武器は、艦長か副館長が火器管制のロックを外さなければ使うことはできない。兵がどれだけ恐慌状態に陥ろうとも、勝手に戦端を開く心配はないのだ。
だが、自分はどうか?この重圧に耐えかねて、最悪の形でもいいから均衡を崩してしまいたいという衝動を、誰が抑えてくれるというのか。
耐えるしかない、それが艦長だ。
「とにかく、もう一度通信を送るぞ。」
「次で三度目です。もし、これで動かなかったら───…。」
「海賊とみなさねばならない、か。だがいつまでも膠着状態というわけにもいかん、道を譲るように伝えろ。最後通牒であるとか、そういうのは抜いてな。」
二度目の通信文よりもさらに物腰柔らかく、しかし政府軍としての威厳を損なわぬよう気を使った文章をなんとかひねり出し、これでもし反応が無かったらと怯えながら送信ボタンを押した。
ただ、待つ。
またしても無視されるのだろうかと諦めかけたとき、通信を受けたことを示す電子音が鳴った。待っていられないとばかりに通信手の席に駆け寄り、内容を確認したボルヴィスが振り返る。
その顔は、驚愕と落胆に満ちていた。
「ばかめ、だそうです…。」
「………。」
士官はいかなる時も取り乱してはならない。指揮するものが動揺すれば、それは兵たちの心理に
ランベイルもまた、その教えに忠実に従ってきた。部下たちにとって誇れる良き艦長であるために。
だが今は、それらを全てかなぐり捨ててでも叫ばずにはいられなかった。
「畜生めッ!」
喉も潰れよとばかりの咆哮が、艦橋部にむなしく響き渡る。
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