第17話

 第三宙域首都星、レークス。クロサワ運輸の保有する資源惑星から遠く、はるか遠くに位置するこの星は、資源惑星から通常航行で一カ月。スペース・デブリの快速をもってして三週間はかかる。


 首都星へ向かう艦の中、レイラはひとり煩悶を繰り広げていた。


 特に海賊に遭遇するでもなく、磁気嵐にぶつかるわけでもない順調な旅であった。要するに暇だったのである。しかし、先に不安を抱えたままの休暇ほど心休まらぬものはない。


 彼らならば法の垣根を超えて資源惑星を高値で売るくらいやってのけるだろうという確信はした。だが、それにしても三週間は長すぎた。


 やがて心の隅に追いやった不安は増殖し、浸食してゆく。

 カンザキに向かって大声で、あなたを信じる、とまで言った手前、今さら実際のところはどうなんだと詰問するわけにもいかず、ただ焦燥し悶々と時間が過ぎ去るのを待つばかりであった。


  向かい風の中、大声を出す必要があったとはいえ、そんなことを叫んだのも今となっては赤面の種である。

 できれば戦艦に乗り込んだときのテンションで交渉に臨みたかったのだが、距離の問題はいかんともしがたい。




 さて、不法所持の戦艦で首都星に乗り込むわけにもいかず、乗り込んだとしても多額の税金がかかる。戦艦は通常航路から少し離れた小惑星群に隠し、小型艇に乗り換えることとした。


「ここらへん駐車禁止じゃないだろうな。」


 スコットの操艦は一見荒っぽいようだが実に見事なもので、目的地に着くと静かに、そしてピタリと止まった。普段から、エンジンの付いているものならチェーンソーから戦艦までなんでもござれ、と豪語しているだけのことはある。


 小型艇にちょっとした荷物を積み込み、カンザキとレイラが乗り込む。他の三人は留守番である。


 ヴァージルも護衛として連れて行こうという話も出たが、なんといっても首都星である。軍の特務に在籍していたころの上官にばったり出会いでもすれば気まずいどころではない。書類上、彼は死人なのである。


「エンジン回転数上昇。」

「酸素濃度、20%。正常。」

「気圧チェック、良し。」

「システムオールグリーン。」


 レイラも少しずつ慣れてきたのか、メモを片手にちらちらと見ながらだが計器をチェックし読み上げる。システムにもレイラの手順にも問題がないことを確認すると、カンザキはうなずいて


「コントロール、発艦するぞ。ハッチを開けてくれ。」


「了解。減圧完了後、解放するわ。」


 ごうん、と大きな音を立てて内部ハッチが上下に分かれる。続いて、重い鉄塊のような外部ハッチがゆっくりと倒される。

 目の前には漆黒の闇と、瞬きを繰り返す星々。強化ガラス一枚を隔てて宇宙が広がっているのだ。小型艇なればこそ、感動と緊張が改めて身に染みる。


 正面モニターに小さくウィンドウが開き、手を振るというよりは右手の指をぴょこぴょこと動かしているメイが現れた。

 左手でヘッドセットのマイクを掴んで囁く姿に、女から見ても一瞬、どきりとするような艶がある。


「それじゃ艦長、お土産よろぴく。」


「管理局まんじゅうとか、政府軍まんじゅうとか、貰っても困るだろう?」


「まんじゅうから離れなさいよ。」


「じゃあ、せんべいだ。」


 二人はモニター越しに顔を見合わせ、くっくと笑い出した。


 その様子を傍目で見ながら、レイラはぼんやりと考えていた。

 こんな美女に、少なくとも右目を隠しているあいだは眉目秀麗と評していい女にお願いなどされれば、大抵の男は宝石でもマンションでも買い与えたくなるのではなかろうか。

 それをまんじゅうひとつで軽くいなす艦長との関係は何なのか。


 少しズレたキザ野郎だが、率先して力になってくれる艦長。底抜けに明るい巨乳巫女で、何かと面倒見のいいメイ。見た目が怪しすぎる整備操縦のエキスパート、スコット。無口で力強い、何かと常識外れの元軍人、ヴァージル。


 何の接点も無さそうな男女四人が集まって、最新式の戦艦をおもちゃのごとく振り回しているのはどういうことなのか。


 考えたとところで何もわからない。ただ、ひとつだけ思いついたことがある。こんなにも興味を持つのは、この連中のことが好きになりかけているということなのだろう。

 レイラの口の端にうっすらと笑みが浮かんだ。


 軽く上下に振られるような衝撃。甘い思考を中断して前方を見やると、外部ハッチが完全に開いたようだ。




 首都星の宇宙港でレンタカーに乗り換え、トランクに荷物、もとい中尉を放り込む。拘束され、猿ぐつわを噛まされた中尉を見下ろし、ふんと鼻を鳴らせて、カンザキはトランクを閉めた。

 そのまま何事もなかったように惑星管理局へ車を向かわせる。


 50階建て、高いものになると100階建てにもなろうという超高層ビルが乱立する光景をレイラは目を丸くして眺めていた。

 簡易住宅がひしめきあう資源惑星はもとより、生まれ育った自治領とも比べようがない発展ぶりだ。


「政府の連中は税金が地面から湧いて出てくるとでも思っているらしいな。」


 一方のカンザキは、これらの景色を豪華と思うよりも、無駄なものと考えているようだ。その口調には軽蔑の色すら混じっている。


「建物が偉そうなだけだ。中に住んでいる人間が偉いわけじゃないぞ。」


「少なくとも、これから会いに行く人は偉いと思うけど?宇宙連邦政府軍、准将。

第三宙域惑星管理局、局長。肩書だけで名刺がすごいことになっていそうね。名前を入れるスペースあるのかしら?」


「ついでにひとつ追加しておいてくれ、”こそ泥”ってな。」


 宇宙港を抜け高速道路に出ると、まだ相当な距離があるはずなのに管理局の威容を誇る姿が見える。

 直線で繋がる管理局と道路は、まるで城と城下町といった具合だ。

 自分たちはこれから、あの城に挑むのかと思えばレイラの背に冷たいものが流れる。


「今回の交渉、局長自身が出てくるのかしら?それとも代理の部下が?」


「さあてねぇ…。あちらさんが資源惑星の価値をどれだけ理解しているかだな。

大根を売りに来たわけじゃないんだ、手すきの奴を呼びつけてちょっとお金払っといて、とはいかんだろう。」


「まあ、ね。」


「資源惑星には8000人以上も住んでいるんだ。哀しいかな、中には管理局のスパイもいるだろうな。最初から犬だったのか、後から餌付けされたかは知らんが。ただ資源が豊富なだけでなく、軍事用液体燃料が埋蔵されているということは知られていると考えた方がいい。」


「だからこそ ───…。」


「そう、だからこそだ。価値を理解しているからこそ今回の交渉、いや商談は局長自身が出てくる可能性が高い。資源惑星をタダ同然で手に入れる絵図が出来上がって王手チェックメイトをかけたんだ、やはり詰めは己自身でやりたいだろう。最後の最後で他人に任せて、すいませんあいつら怒って帰っちゃいました、では話にならない。」


「………。」


「出てくるよ、局長は。」


 その顔に笑みが浮かぶ。困難に挑むことにやりがいを感じているようでもあり、

確たる自信を持った男性的な笑いである。

 造形が崩れているわけではないが、美形と呼ぶには程遠い。クルーの一人、ヴァージルのように野性美に溢れているわけでもない。

 どちらかといえば平凡とも思える顔である。だが、確固たる意志をもって行動する男には一種の魅力が備わるものだ。


 レイラは横目で見ながら、この男はやはりスペース・デブリのリーダーなのだなと納得をしていた。


 カンザキがコートのポケットに手を突っ込む。何事かと見ていると、にゅっと出てきたのは缶コーヒーだ。しかも二本。本当にこのポケットには何が入っているのだろうかと、レイラは呆れた顔をしている。


「飲むかい?いらなきゃ両方私が飲むが。」


 そう提案されて、初めて喉が渇いていることに気が付いた。いただくわ、と言って缶を受け取ると、なぜか冷たい。まさかポケットに保冷材まで入っているのだろうか。


 缶の縁に唇を当て、ひとくち喉に流し込む。甘く、冷たい感触が逸る心を鎮めてくれるように思えた。

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