百年のワッフル-2

 センは手元のメモ用紙に、同じく手元のボールペンで自分でも意味のわからない図を描いていた。というのも今センは『こちらはメロンスター社ワッフルメーカーサポート窓口でございます。お待たせして申し訳ありません。ただいまサポート窓口が大変混み合っております。説明書やサポートサイトの情報も合わせてご利用ください。問題が解決せず、この窓口でのサポートをお望みの場合は、エージェントにつながるまで陽気な音楽をお楽しみください』という自動音声を聞いているのだった。この音声を聞くのも三回目だったし、その後に流れる音楽を聞くのも三回目だった。音楽は無駄に長く、無駄に陽気で、無駄に韻を踏んでおり、待たされている顧客のいらだちを掻き立てるのに最適だった。葬送行進曲のほうがまだましな効果をあげただろう。


 メモ用紙がいっぱいになり、次のページをめくって今度は一人マルバツゲームを始めたところで、やっと向こうでエージェントが応答した。


「お待たせいたしました、メロンスター社ワッフルメーカーサポート窓口でございます。本日のお問い合わせ内容をお伺いできますでしょうか?」


 はきはきとした声が言った。センはバツを書きかけていたペンを止め、口を開いた。


「あのですね。ワッフルメーカーが壊れたみたいなんですが」

「なるほど。壊れたといいますと、いつ、どのような現象が発生したのでしょうか? できるだけ詳しくお教えいただけますか?」

「いつもの通りパウダーと水をセットしてスイッチを押したんですが、だんだん中から変な音と焦げるにおいがしてきて、その後中から生焼けの生地が飛び出してきたんです。熱かったのなんのって、やけどするかと思いましたよ。それに髪にまだ生地がついてるし」

「なるほど。ちなみに、それはいつのお話かお伺いできますでしょうか?」

「今朝です」

「今朝の何時ころかおわかりになりますか? できるなら分単位でお願いいたします」


 エージェントは相変わらずはきはきした声で言った。サポート窓口に問い合わせるのなら、そのくらい把握しているのが世界の常識であるといった声だった。


「分……いや、そこまでは覚えてないんですが。でもそんなこと……」

「かしこまりました。それでは、そのワッフルメーカーのシリアル番号はおわかりになりますか? シリアル番号は保証書の二ページ目に記載されている十四桁の番号です」

「今手元にないからわかりませんよ」


 センは言いながらだんだんいらいらしてきた。センがほしいのは謝罪とワッフルメーカーがあんなことになった原因、それに髪についた生地の取り方だった。それなのに時刻だのシリアル番号だの迂遠なことばかりたずねられ、問題は一つも解決していない。


「そうですか、なるほど。誠に申し訳ございませんが、今回の事象の原因については、お客様のワッフルメーカーのシリアル番号をお伺いしてからでないと調査・回答することができません。お手数をおかけし恐縮ですが、シリアル番号をお調べの上、再度窓口に問い合わせていただけますでしょうか? なお、問い合わせはサポートサイト上からも可能ですので……」

「え、いや。ちょっと待って。そしたらもういいですよ、原因については。とりあえず、生地の取り方だけでも教えてください」


 何も進展が無いまま打ち切られそうになり、センはあわててたずねた。最悪、謝罪と原因はすっとばしてもいいから、今発生している問題についてはどうしても解決方法を得なければいけない。


「生地でございますか、かしこまりました。少々お待ちください」


 保留音が流れ始めた。今度は古いロックだった。センは落ち着こうとしてマルバツゲームにもどったが、バツをつける場所を間違えてしまい、結果マルの勝利を招いてしまった。マルよりバツを応援していたセンは、この敗北によってさらにストレスを感じ、線とマルとバツを塗りつぶして記録を改ざんした。


 センが次の試合の開始を宣言したとき、やっと保留音が止まった。


「お待たせいたしました。お調べいたしましたが、当部署ではすぐにお答えすることが難しいようです。そこで、担当部署にこの通話をおつなぎしてもよろしいでしょうか?」

「……その部署では、必ず、ぜったい、確実に、何の疑いもなく、この髪についた生地の取り方を教えてもらえるんですね?」

「はい、そのとおりでございます」

「……じゃあ、おねがいします」


 センはなるべく不機嫌な声を出すよう努力したが、エージェントにはあまり伝わらなかったようだった。まったく変わらないはきはきとした声で、「ありがとうございます、それでは転送いたしますので、少々お待ち下さい。お問い合わせいただきありがとうございました」と答えた。


 再度の保留音を聞きながら、センはボールペンでメモ用紙をとんとん叩いた。今度は保留音はそこまで長くなく、サビに行く前くらいで途切れた。


「あの、ワッフルの生地を……」

「こちらはメロンスター社ワッフルメーカー生地サポート窓口でございます。お待たせして申し訳ありません。ただいまサポート窓口が大変混み合っております。説明書やサポートサイトの情報も合わせてご利用ください。問題が解決せず、この窓口でのサポートをお望みの場合は、エージェントにつながるまで陽気な音楽をお楽しみください」


 無駄に長く、無駄に陽気で、無駄に韻を踏んでいる音楽が流れ出した。センは通話を切り、椅子から立ち上がった。組織図を調べるつもりだった。どこにあろうと、かならずサポートセンターを探し出してやる。

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