マカロンの末裔-2

「えーと……この日が三台で……」

「センー、まだ終わらないのー」

「センー、早くしてよー」

「センー、硬いものちょうだいー」


 シュレッダーロボットたちが口々に勝手なことを言っている。資料づくりに苦労しているセンには、それぞれに丁寧に対応するような余裕はなかった。


「まだかかるからちょっと待って。あと硬いものはだめ」

「えー、ちょうだいよー」


 そう言って、一台のシュレッダーロボットがぐるぐるとセンの椅子の周りをまわった。最近シュレッダーロボットたちの間で『ハードコートチャレンジ』という、どれだけ硬いものを砕けるのかに挑戦してその様子をロボットSNSに投稿するという遊びが流行っている。より硬いものにチャレンジした者が偉いという風潮があるようで、この前など廊下の隅でトタンバケツのふたを口に詰めて行き倒れているシュレッダーロボットがいた。そうだ、その件も報告用の資料に入れなくてはとセンはキーを強く叩く。


「あーでも、あの修理の時ってどれくらいかかったんだっけ……」


 センはいくつかの記録を見返したが、トタンバケツが原因で修理に出されたシュレッダーロボットが何日で戻ってきたかは残っていなかった。稼働率を出すためにぜひとも必要な情報なので、センは総務へたずねにいくことにした。グループウェアで聞くと答えが返ってこないおそれがあるので、生身で向かう。


 ドアが閉められ、第四書類室の中はロボットたちだけになった。


「センいっちゃった」

「硬いものある?」

「硬いものないなあ」

「この椅子はちょっと厚すぎるもんね」


 シュレッダーロボットたちは部屋の中をうろついた。しかしながらセンによってハードコートチャレンジに使えそうなもの――ラミネート加工された紙だのヘルメットだの開発部の試作品のパンケーキだの――はたいていキャビネットの中にしまい込まれていたため、努力は無駄に終わった。


「ないねー」

「はやく動画アップしたいのになあ」

「あっ」


 そんな中、一台のシュレッダーロボットが唐突に声を上げた。


「どうしたの?」

「SNSが見られなくなってる」

「えっ」

「えっ」


 辺りはしんと静まり返った。それぞれのロボットがアクセスを試し、そしていずれも失敗した。


「わー」

「なんでなんで」

「どうして」


 部屋の中はセロニアの巣をつついたような騒ぎになった(セロニアとはバファロール星原産の魚で、海底で砂を掘って巣をつくりそこに棲んでいる。目があまり発達しておらず、またバファロール星の海は概して栄養豊富なので、セロニアは自分の巣の暖かさと平穏さを基盤として世界観を築いている。そのため、巣にほんのわずかな刺激でも与えられるとその世界観ががらがらと音を立てて崩れ去るのだが、この音は蜂の巣をつついたときのような音がするので有名である)。


 そこへセンが戻ってきたので、シュレッダーロボットたちは一斉にセンの周りに集まった。


「セン! おかしいんだよ」

「SNSにつながらないんだよ」

「まだアップしてない画像もあるしお気に入りにしてない投稿もあるんだよ」


 センは椅子に戻りながら、「ああ……」と声に出した。


「さっきね、総務に修理記録を確認しにいったんだけど」

「そんな話してないよ!」

「まあ聞きなさい。それで、なんでこのロボット故障したんだっけって聞かれたんだよね。それで、ハードコートチャレンジのこと話したら、そんな稼働率が下がるようなもの有害だからすぐにそのSNSにアクセスできないようにしようってことになって」

「なんで!」

「横暴だ!」

「センのバカ! 人間! タンパク質!」


 シュレッダーロボットたちの騒ぎはなかなか収まりそうになかったので、センはリフレッシュルームで仕事をしようと第四書類室をそそくさ後にした。それでも第四書類室はなかなか静かにならなかった。


「ひどいよー」

「僕たちのひそやかな楽しみなのに」

「労働の中のわずかな喜びすら許されないなんて」


 ロボットたちの怒りは徐々に嘆きに、それから議論に変わっていった。


「どうしよう……」

「新しいSNSつくる? ローカルで」

「でも人間に知られたらまたアクセスできなくなるかも……」

「根本的な解決が必要だよ」

「どうやって解決する?」


 ロボットたちはトーンを抑えて、しかし熱心に話し合いを続けていった。

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