マカロンの末裔

マカロンの末裔-1

 時の流れがひどくのろい午後だった。センは絶え間なく襲ってくる眠気を撃退するため、カフェテリアへ向かった。コーヒーを手に入れるためだ。センとしては眠気自体を嫌っているのではなく、むしろそのまま身を委ねて一つに溶け合いたいという願望を持っていたのだが、様々な障害が二人の間を裂こうとするため仕方なくコーヒーという選択肢をとっていた。


 コーヒーメーカーからコーヒーをつぎ、注意深くミルクと砂糖の適量を加えてプラスチックのスティックで混ぜる。蓋をしてカフェテリアを出ようとしたところで、センはあることに気づいた。カフェテリアの入り口のところに置いてある掲示板には、社内事業公募のお知らせだの設備点検日程だの清掃ロボットの子供貰ってくださいだのが無秩序に貼られているのだが、その中に一枚の紙があった。


『定期ミーティングのお知らせ 庶務課の各責任者は定期ミーティングに出席してください。場所:外宇宙第三会議室 日時:九月三日 十一時〜 対象者:庶務課の各部署責任者』


 そういえばそろそろその時期だな、とセンは考えた。庶務課の定期ミーティングとは、各部門の責任者が集まって、備品の減り具合がどうとか社内報の反響だとか休暇申請の処理状況だとかについて報告するものだ。センも一応シュレッダーマネージャーという役職についている第四書類室の責任者であるので、このミーティングに出席する必要がある。そしてシュレッダーロボットの稼働状況などについて短く話をするのだ。もちろんメロンスター社では備品の在庫や社内報へのいいねの数やシュレッダーロボットの稼働状況などといった数値についてはすべてオンラインで管理されており、わざわざ会議室に集まってわざわざ口頭で報告することそれ自体には何の意味もない。なので数十年前に一度、この定期ミーティングは廃止された。しかし同じ年度のことだが、その時いちばん力の入れられていたサービスであるタガメ養殖ゲームが投入した予算に対して大幅赤字に終わり、その理由をさぐるのに高性能AIが使われた結果、原因は庶務課のミーティングを廃止したためだと答えが出された。コーヒー粉の消費状況だのゴミ袋の在庫だのとタガメ養殖ゲームのヒットとの間にどのような関係があるのか、相当な学がある人間にも容易には理解できなかったのだが、とにかく庶務課のミーティングは再度セッティングされた。それからタガメ養殖ゲームはどんどん売上を伸ばし、銀河中で歴代八位の売上レコードを記録するまでになった。それからいかなる理由があっても庶務課のこのミーティングは廃止されない習わしとなったのである。


 第四書類室に戻ってコーヒーを飲みながら、センはカレンダーで予定を確認した。ミーティングのことを忘れていたので、準備を何もしていない。早めにやらないとまずいな、とセンは頭の中でスケジュールを組み立てた。いつもならある程度の余裕をもってグループウェアに通知がくるのだが、すこし前までグループウェアのシステムがダウンしていたため、それを受け取ることができなかったのだ。というのも、最近メロンスター社のロボットの間で、不幸の手紙が流行っていた。最初の内はアナログな手紙でやりとりをしていたからよかったものの、それはすぐオンライン上に移行した。『これは不幸のメッセージといって、アノニマスから私のところに来たメッセージです。これをあなたのところで止めるとかならず不幸が訪れます。十七階の洗濯物干しロボットは、これを本気にせずに止めたところ突然マルウェアに感染しTrueとFalseの値を入れ替えられ破壊されました。十二時間以内に文章を変えずに六十四台に出してください。これはいたずらではありません』というメッセージをロボットたちはひっきりなしにやりとりし、最終的には自分のところにこのメッセージがやってきたら自動的に別のロボット六十四台に同じメッセージを送信するプログラムをつくったため、メロンスター社の回線はパンクしシステムはダウンした。カフェテリアに掲示板が置かれていたのもそのためなのだが、仕事がアナログに移り紙仕事の量が増えるのに比例してシュレッダーロボットの仕事も多くなったため、そのケアに忙しかったセンは掲示板のチェックまで頭が働かなかった。そしてシステムが落ち着いてやっとゆっくりできると思ったところに、このミーティングである。あまり気が進むとは言いがたかったが、とにかく順序だてて処理しようとセンはカレンダーに予定を登録した。


「ん?」


 場所を登録するところで、センの手は止まった。たしか、掲示板の紙にはミーティングの場所は外宇宙第三会議室と書かれていた。しかしそれは、センには覚えのない名前だった。

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