キャンディーアップルよさらば-8

 流星騒ぎで街のあちこちが混乱しており、センが家に着いたのは普段より二十分も遅れてのことだった。家の前の通りは警察によってKEEP OUTの封鎖テープが張り巡らされており、センは家と家の隙間の道をぬって自宅についた。


 ぜいぜい言いながらセンは家の鍵を開け、あたふたと服だの身分証明書だのこの前おみやげにもらったスノードームだのをバッグに詰め込んだ。もっと貴重品を優先して入れるべきなのかと思ったが、この家の中で一番の貴重品は小学生のころに修学旅行に行った先で買った青いぬいぐるみである。これは旅行先だったエルカヒロ星のお土産屋で買ったのだが、ケイ素型生物に有害な成分が入っているとして発売後間もなく回収され、今ではコレクターアイテムとして高値がついている。しかしセンの肩くらいまでの大きさがあるので避難のときに持ち歩くには向かないし、センの修学旅行の思い出はほとんどこのぬいぐるみを持ち歩くのに苦労した記憶で占められていた。


「センー、早く出ないと流星がふってきてぺちゃんこになっちゃいますよ」と、TY-ROUが隣でころころしながら言った。

「わかってるよ」


 ともかくも荷物を詰めたバッグを背負い、TY-ROUを持つと、センは家庭管理用人工知能に避難場所を問い合わせた。提案されたルートを携帯端末に転送し、その画面を見ながらセンはばたばたと玄関を出て、「次の交差点を右折です」などと言うナビゲーションに従って走った。


「その門を入ります」


 センは息を切らしながら指示に従って進んだ。幅の広い階段を上り、大きな扉を押し開ける。


「道なりに進んでください」


 親切なことに『順路』と書かれた指示板があったので、センは声と指示板の通りに歩いた。そろそろ足もよろよろとしてくる。


「あ、今日は臨時休館なんです。外に出てください」


 そんなセンの前に立ちふさがったのは、一体の警備ロボットだった。口がよく回らないセンが戸惑ってあたりを見回すと、壁に貼ってあるポスターには『南地区博物館』と書いてある。よく見もしなかったが、なぜだか博物館を通るルートを人工知能が選択したらしい。


「警備ロボットの間をくぐり抜けて進んでください」


 ナビは無茶振りをしてくる。センは少し考えた後、バッグから非常食にともってきたりんご飴を取り出してロボットのセンサー部分に投げつけた。狙いあやまたず、センサーをふさがれたロボットは「ここはどこー」と言いながら壁にがんがんぶつかっている。


 センがさらに先に進むと、そこには大きくスペースを取った展示があった。


「大砲に弾をこめ、砲塔の旋回と砲の俯仰の操作を行ってください」


 センはベルトパーテーションを乗り越え、展示されている大砲のそばに近寄った。携帯端末は親切なことに弾のこめ方と操作方法、合わせるべき角度を動画にして見せてくれている。宇宙船に乗る時の非常時の脱出方法の動画のようだ。センはバッグを傍らに置き、動画を見ながら準備をした。


「発射カウントダウンを行います。五十、四十九、四十八、四十七……」


 センは携帯端末を下に置き、拉縄を手にした。大砲の照準は斜め上を向いているのだが、そこには自分の目が確かならきちんと天井がはられている。しかしここまで指示に従ってきてしまったのだから、縄を引こうが引くまいがそれほど大した違いでもあるまい。


「ゼロ!」


 センは勢い良く縄を引いた。轟音とともに天井に穴が開く。そしてその開いた穴から青い空と、それをバックにオレンジ色の火を纏って落ちてくる流星が見えた。一秒後、その流星は空中で爆発し、破片があちらこちらに飛び散った。

 ひゅうううと空気をつんざく音がし、続いて衝撃音が響いた。地面がビリビリと振動し、前が見えなくなるくらい大量の埃が落ちてくる。TY-ROUが震えているので、上にハンカチをかけてやった。


 少し経って視界がやっと晴れたころ、センはそろそろ博物館の外へ出てみた。博物館の裏手にある倉庫の壁がひどく崩れ、まだ煙が少し上がっている。先ほどの流星の破片が衝突したのだろう。


 倉庫の中には、おそろしくたくさんのありとあらゆるごたごたが詰まっていた。見る人が見ればちがうのかもしれないが、センにはすべて一緒くたにごたごたとして見える。流星のかけらかなにかあるだろうか、とセンは倉庫へ近づいた。


「あれー」


 TY-ROUがころころと奥のほうに寄っていった。ごたごたの奥、壁にそった場所に、更衣室のロッカーのような機械がでんと置いてあった。



「えーと。ゴミ箱が二個、あとシュレッダーロボットはこれですね。一、二、三……はい。で、TY-ROUが……はい。あと、ダースロー五型が一台……」

「はい、ここです」


 センはそう言って、部屋の隅に設置してあるダースロー五型を示した。


「はい。えーと、これらのシュレッダーロボットの裁断能力は維持されていますか?」

「もちろん」


 それを聞いて、総務課の社員は一枚紙をダースロー五型に入れた。それでもセンは焦らなかった。博物館の倉庫から一時的に借りてきたダースロー五型の裁断能力については、センは既に試していた。台車に乗せて博物館から会社に戻る途中、ブルーローンの前を通りかかった。流星騒動の混乱で、社員はだれも中にいなかった。センはダースロー五型のカタログの説明文を思い出し、あの諸悪の根源のラミネート加工された紙を取り出して、ダースロー五型の性能が宣伝文句通りであることを確かめたのだった。今入れられた一枚の紙も、ダースロー五型にとってはなんでもなかった。


 今日この後ダースロー五型を博物館に返したら、公園に行こうとセンは考えた。店員ではなく客の方に戻って、流れる星を見ながらぐだぐだに酔っぱらおうと考えると、世の中捨てたものではないなという気分になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る