キャンディーアップルよさらば-7
「セン、何してるんですか」
ころころとTY-ROUがやってきた。その時のセンは、第四書類室の入口近くの床に発泡スチロールを置き、その上に売れ残りのりんご飴を刺して並べていた。
「ああ……防御力を上げてるんだよ」
べとべとするりんご飴を入り口近くに置くことで、総務課の人間が入ってくるのを防止する効果があるのではとセンは考えていた。実際効果があるかどうかは定かでないし、あるかどうかで賭けをするのならブックメーカーがつける倍率は『ない』が1.1くらいかなとは思っていたが、どうせりんご飴は余っているのだ。金がないこともあり、センは朝も昼も夜も売れ残りを食事代わりに食べているのだが、そろそろヒトが一生のうちで食べても健康に問題のないりんご飴量を越えたのではないかと考えていた。
センは壁に投影してある時計を見た。あと十分ほどで総務課の人間がやってきて、りんご飴トラップが効かなかった場合、ダースロー五型の存在について尋ねてくるだろう。今朝から存在証拠を抹消しようと試していたのだが、はかばかしい効果を上げなかった。備品管理システムに侵入できないかやってみたのだが、途中で端末上で行うピンポンゲームが始まった。センは頑張ってカーソルをあっちやこっちへ動かしたのだが、ハイスコアを取ることはできず、結局侵入はできなかった。というのも、メロンスター社の業務管理システムにはたいていこの手のセキュリティ対策が仕込まれており、ピンポンゲームだの地雷除去ゲームだのブロック崩しゲームだのでハイスコアをとらないと管理者権限でログインできないようになっている。もともと管理者権限を与えられている社員はこれらのゲームに精通しているため、彼らのハイスコアを超えるのは至難の業なのである。センも努力はしたのだが、ピンポン玉が発射された0.02秒後にはこちらの陣地に打ち込まれるため、ヒトの反射神経では辛いものがあった。
センは床に直接座り込んだ。このごろの疲れに精神的なストレスも加わって、もうほとんど破れかぶれな気持ちになった。来るなら来い。それでどんな処分がくだろうと構わない、と心のなかで言ってみて、やっぱり構うなと思い直した。例えば給料が減らされたら相当構う。何しろ毎日ブルーローンの従業員が夜遅くセンの家へやってきて、「今日はこれだけですか、もっと営業努力をしないと」と言いながら金を取っていくのだ。そのにやけた顔を見ると、センは二つの口に目一杯りんご飴を突っ込み床に打ちつけたい欲にかられた。
それでもこれ以上できることも無く、センは指回しでぼんやり遊んでいた。十分が過ぎ、そしてもう十分過ぎ、おまけにもう十分が過ぎた。
(おかしいな)
さすがに変だと思い、センは立ち上がってスカートの後ろをはたいた。総務課がうっかり第四書類室の備品チェックを忘れてしまったのかと思ったが、すぐに自分がそんなに運がいいわけがないと考えた。
センはりんご飴トラップに気をつけつつ廊下に出た。地上階に出ると、社員が大挙して外へ外へと出ていっている。
「どうしたんですか」
センは近くの社員にたずねてみた。
「放送を聞いてないのか。流星の一つが社屋に激突しそうなんだって」
「えっ。やった」
「うまく当たらないかな。一週間くらいは修復にかかるよきっと」
イエーイ、とセンも外に出ようとしたが、ふと気づいて第四書類室まで急いで戻った。そして自分でりんご飴トラップに引っかかり、服のあちこちをべとべとにしながらTY-ROUを小脇に抱えて玄関まで走った。
しかし人の波で進みが悪く、社屋からそれほど離れていないところでアナウンスが流れた。
『再計算の結果、流星の衝突は避けられる見込みです。皆さんそれぞれの職場に戻ってください。この放送が聞こえなかったという言い訳は認められません』
ああー、とあちこちでため息が聞こえた。外に出た社員たちはのろのろと踵を返し、できるだけゆっくりと社屋へ戻っていく。センもがっかりし、隣の社員に話しかけた。
「ぬか喜びでしたね」
「ほんとうに。それにこの流星っていうのも小石くらいのほんとにちっちゃいやつみたいですよ。それで計算にずれが生じたみたいですけどね」
「それじゃ衝突したところで、社屋にはダメージもそれほどなさそうですね」
「一般住宅ならともかく、うちの建物じゃあねえ。ほら」と、その社員は携帯端末に表示してある流星衝突シミュレーターの画面を見せてきた。落下予想地点とされているのは、メロンスター社社屋からずいぶん離れた地点だった。バツじるしのついたその地点の住所まで表示されている。
「えーと。ヌモロー三十二番通りの七」
センは首をかしげた。何だか聞いたことのある住所だ。それが自分の家の住所であることに気づくには、それから1.5秒の時間を要した。
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