キャンディーアップルよさらば-6
太陽系という辺境の星系が銀河文明の一員に加わってからこのかた、地球という星はなんとも冴えない歴史を辿ってきた。特筆すべき産物も無く、学術的に新しい発見をもたらすことも無く、珍しい風景――直径三万キロにおよぶ巨大な渦潮とか冬になると一週間ほどキラキラと輝き丸だの四角だの星だのの形をした実をつける針葉樹の森とか――があるわけでもない。どこにでもあるような田舎の遅れた惑星という位置づけで、地球のもともとの文化はすさまじい勢いで銀河一般のそれに侵食されていった。あちこちに巨大ショッピングセンターが建造され(何しろ物流に超光速ラインを使うのだから従来のロジスティクスなど足元にも及ばなかった)、銀河じゅうでつくられた映画やゲームや音楽やウフェワウニなどがおしよせてきた(ウフェワウニというのは地球以外で広く親しまれている娯楽の一種で、特定の種類の植物の種をひとつかみ、サプリメントの空き瓶をいくつか、うさぎのようにふわふわとしてかわいらしい生物のぬいぐるみ、ほとんどのページは一度も目を通されずに終わるくらい厚い本を数冊、それと位相空間を何種類か使うことによって行われるのだが、位相の使い方がなかなか難しく、地球ではもっぱらかわいらしい生き物を本を積み重ねた上に乗せてそこに植物を生やし、その前に空き瓶を置いて道行く人に鑑賞料を貰うという使われ方をしていた)。
数百年すると、地球の住民はそのほとんどがもっと都会の星系を目指して生まれ故郷を後にしていき、今の地球はその面積のほとんどがゴミステーションとなっている。元の地球人も銀河じゅうにちりぢりばらばらになった今、地球の名残を留めるものは一つしかなかった。
「あつい」
センは首にかけたタオルで汗を拭いながら、串にさしたりんごに飴をからめた。全体に飴が行き渡ったら台に立てて、飴が固まるのを待つ。調理の手順はそれだけなのだが、飴を保温しつづけているのと、もともとの日差しの強さもあって、屋台の屋根の下でもひどく暑かった。
センはここ数日、会社が終わるとこの公園にやってきてりんご飴の屋台を出していた。これが趣味というわけではなく、ブルーローンの従業員にここで働くように強要されたのである。退社後に公園に来て屋台を出し、深夜にそれを片付けて家に帰り、翌朝は常のとおり会社へ行き、退社後にはまた、というスケジュールになっていた。
このりんご飴屋台の売上はなかなかのものだった。というのも、地球人は料理がうまいと銀河中で信じられているために(これはステレオタイプというものの例に反してある程度当たっていた。なぜなら地球以外の惑星で生まれた知的生命体はたいていひたひたとなみなみの区別がつかないし、弱火と中火と強火の加減についてもそれを見分けることより他にもっとやるべきことがあると考えているからである)、地球人の料理店はよくはやるからだ。とはいえ地球人は料理以外の分野では暗算で変位レトラクトも出せないような知性が足りない田舎者として見下されており、セン自身もそれいやさにバファロール星の戸籍をとっているのだが、地球人丸出しの見た目はどうにも変えようがなかった。それに屋台の売上がいくら上がろうと、その全ては借金返済のためにブルーローンに持って行かれてしまうため、どうにもやる気につながらなかった。しかも隣の屋台が、小さい傘のついた青色の酒を売っているため、気づくと視線がそちらにいってしまうのだった。
夜がふけていくと、流れる星が空にいくつも見えた。まだピークではないが、だんだん量が増えてきている。本当ならぶらぶら散歩しながら酒を飲み、定かでない星の数を数えているはずだったのに、この状況はどういうことだろう。センはりんご飴の代金を手提げ金庫にしまいながらため息をついた。
翌朝、センはぎりぎり遅刻をまぬがれて自分の机についたが、椅子に座るとそれきり立ち上がるのが大儀になった。連日の屋台出しで身体が疲れていて何もする気が起きず、目の前でシュレッダーロボットたちが繰り広げているどの紙がいちばん砕き心地がいいかという会話をぼんやりと聞いていた。すると内線が鳴ったので、センは受話器を持ち上げた。
「もしもし、第四書類室? こちらは総務課なんですが、まだシュレッダーロボットが来てないんです」
センはシュレッダーロボットたちを見回した。総務課フロア担当のシュレッダーロボットは他のロボットとの議論が昂じてセンの机の上の書類を勝手に砕き比べていた。書類を引っ張り出した後(幸いカフェテリアの営業時間変更についてのお知らせだった)、シュレッダーロボットの後ろを叩き、総務課フロアに向かわせた後それを報告すると、内線の相手はまだ言うことがあるようだった。
「別件で、備品等紛失届がそちらから出されていないようですが、問題ないですよね?」
「あ」
センは受話器を持ったまま、別の手で額をおさえた。借金とりんご飴屋台のおかげで、ダースロー五型のことを綺麗さっぱり忘れていた。もちろんダースロー五型は見つかっていない。疲れていたセンは、小言の十個や二十個は覚悟して、備品等紛失届を出すことにしようかと考えた。
「えーと。そういえば出し忘れていたような気がするので、後で持っていくようにします」
「ああ、受付はもう昨日で締め切りました。さきほどのは単なる確認です。ではそういうことで」
応答のない受話器を持ったまま、センはぺしゃりと机の上につっぷした。
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